色抜け系(広義のフェイデッド系)個体
撮影 佐倉ザリガニ研究所
〜経緯や特性などに関する共通要素〜
キーパーの間で、色抜け系のグループがアメリカザリガニの体色バリエーションとして徐々に認知されるようになってきたのは平成22年前半ごろからであり、そういう状況から見ると、このグループは「新参」の部類に入る・・・と思われがちです。ただ、(個人で活動しているトリコさんを含めた)採取業者さんや商業ブリーダーなどの間でその存在が知られていたのは非常に古く、実際にストック場や採取活動の現場などでは、20年以上前からチラホラ目にすることができました。しかし、棲息地ごとの体色発現傾向に関して、その隔たりが大き過ぎたこと(そのため、出荷する側が均一品質の出荷商品としてのロットを揃えられないこと)や、ほとんどの棲息地の個体が、その個体自体のみならず(特に繁殖時における)体色維持が極めて不安定である・・・という、商品として致命的な要素を持っていたのです。そのため、ある種のイレギュラー個体として処理され、長いこと「面白みはあるものの、商品にならないハンパもの」という、今では考えられないほど低劣な評価を与えられてきたグループであったといえましょう。従って、仮に捕獲されても、それが実際に観賞用の商品として出荷されることはほとんどなく、大半が商業ブリーダーなどの手に委ねられたまま「様子見」の状態でストックされ続け、いつの間にか消えて行く・・・という状況だったのです。餌用個体(大型魚向けの、いわゆる「餌ザリ」)の捕獲も同時に行なっていたトリコさんの中には、選別の段階でこうした個体をハネてしまい、餌用として出荷し続けていたところもあるというのは、今となっては笑うに笑えない有名な裏話です。
ショップや通販などで生体を購入されていらっしゃる方であればおわかりの通り、実際「体色」に興味を持ち、それ自体を大きな価値として個体を求める顧客に対し、それが不安定であったり、あるいはその経緯が充分に掴みきれない個体を出すことは、それ自体が非常に危うい「クレーム要因」となるものです。匿名でのネット取引など、ビジネス面での継続的な信頼関係を築かなくてもよい・・・という立場であれば、出荷した個体に関するリスクや責任を気にする必要もないでしょうが、採取や個体販売などによって自らの生計を立てているプロの場合、卸であろうと小売りであろうと関係なく、一度でも「クレームの出るような商品を出した」ということになってしまうと、顧客や取引相手との信頼関係を大きく損ない、ひいてはそれが自分の生活の破綻を招くことになります。
実販店や大手の業者さんなどが、こうしたグループの個体を長年取り扱ってこなかったことや、ネットなどで話題になっているにも関わらず、今なお慎重姿勢を崩さないところがあるという点に対し、一部のキーパーの方々からは、そうした姿勢を低く見下すような声を耳にすることもありますが、そうした考えは、必ずしも適切に業界の現状を見極めているとは思えません。「売れるものだったら誰しも売りたいし、本当によいものであるなら、お客さんに少しでも喜んでいただけるよう努力したい」という想いは、どんな業者さんでも必ずお持ちになっているものです。しかし、そうしたプロの立場の人々からすれば、その商品が持つスター性(商品価値としての可能性)に対して、これほどリスクの高い商品はなかったのです。実際の採取現場や、そうした方々と密接なお付き合いを持っている方々の多くがこれらの存在を知っていながら、長年に渡り商品として表舞台に出てくる機会が極端に少なかったのは、こうした厳然たる理由があったからだといえましょう。まさに「生き物を扱うプロならではの苦悩」だったのではないでしょうか?
個体採取に関する情報(棲息地情報)に関しても同じことで、冷たい水に浸かりながら生き物を採ってくる側から見れば、実際、値のつかないものをいくら採って来ても財布は膨らまぬ・・・ということもあり、他色のめぼしい個体や魚、水棲昆虫などが採れない棲息地の中は、存在が確認されながら、そのまま放置された場所もあるほどでした。まさに採取のプロならではの発想・・・といってしまえばそれまでですが、このグループを取り巻くこうした経緯にこそ、このグループの持つ最大の特徴があり、また、私たちが飼育や繁殖に取り組む上で踏まえなければならないポイントがある・・・といっても過言ではありません。
さて、このグループの個体について、もし何らかの「定義」を与えるのだとするならば、それは「状況や環境に応じて発生した個々独自の理由により、何らかの形で体色の発現機能が不完全な状態になっている個体」だ・・・ということになりましょう。ですから、一見、同じ体色の個体だからといって、すべてが同じような発色パターンで成長するとは限らず、また、交配結果がすべての組み合わせで一致することもありません。これは極端に言えば、同じ棲息地で捕獲された個体同士であっても、そうした状況が起こり得る可能性があるワケです。繁殖などに取り組んでいる方々の中には、往々にして「固定率」などの言葉が飛び出し、その優劣をもって個体の価値を評するような表現を耳にすることもありますが、特にこのグループの場合、それが実態を伴っていないケースも少なくはないでしょうし、また、仮に見掛け上、そうなっていたとしても、それが他の方の水槽の同色個体や、あるいはその方が育てた仔に対して例外なく当てはまり、しかも恒常的に継続して行くか・・・という部分については、相当に割り引いて考える必要があるといえましょう。これこそが、プロの間で、長年「見た目は確かに魅力的だが、不安定だというリスクが高い以上、売り物にならない」という判断が下されてきた何よりの理由なのです。
なお、それぞれのグループごとの特性や情報などに関しては、それぞれ個別に解説ページを設けましたので、そちらをご覧下さい。
確かに、フェイド系であれば赤紫から青白、茶系から黄土色まで、ゴースト(白化)系であれば赤白青3色の取り合わせなど、絶妙なカラーバリエーションを有していることは充分魅力的ですが、前項でも触れてある通り、その当該個体の体色維持ですら不完全な状況にあるワケですから、親個体の体色が繁殖時に100%コントロールできるかどうかという部分に関しても、極めて微妙な状態にあります。しかも、これらのグループの場合、フェイド系であれゴースト系であれ、捕獲段階ではそれぞれ別の体色であっても、キーパーごとに設定している同じ飼育環境(飼育水の水質や水温も含む)で繁殖を繰り返しているうちに、棲息地(採取地)によっては、その体色傾向が徐々に1つの方向へと収斂して行ってしまう・・・という傾向も見られる特徴があります。これは即ち「こうした体色変異が100%内的要因であるとは限らない」ということを意味しているといえましょう。
元々、複数の内的要因によって発現しているであろうことが想定される上に、こうした傾向まで持ち得ていることを考えると、好みの色を仕立て上げることを目指す場合、「そうした体色の親個体を集めて、それらを掛け合わせ続ければよい」という、ある種の「選抜交配」的な手段が、必ずしもすべてのケースで通用するとは限りません。もちろん、こうしたこと自体、すべてがムダ・・・というワケではありませんが、こうした作業に加えて、水温、水質といった基本セッティングまでも含めた底床や飼育システムの比較セッティングを見極め、準備しておく必要はあるはずです。インターネット経由中心の情報ネットワークしか持ち得ていない場合には難しいこともありましょうが、もし、きちんとした業界関係者の方や、採取をしている方などとの充分な信頼関係が構築できるようであれば、そうした人的ネットワークを存分に駆使して、実際に棲息地や繁殖現場などへ連れて行ってもらい、その環境をきちんと調べ、確かめてみることも非常に意義あることだといえましょう。水槽を眺めながら、あれこれ苦吟することも無意味ではありませんが、やはり「現場」に出向くことは大切です。あらゆるネットワークを活用し、少しでも多くの場所に、少しでも多くの回数で通い、その棲息地にどっぷりと浸かった上で、様々な情報を得るようにしましょう。確かに、私たちキーパーが相手にするのは「ザリガニ」ですが、こうした部分をしっかり見つめ、一歩一歩極めて行くためには、時として、人間同士の確かな信頼関係や社会性も大きくモノをいうはずです。
同じ棲息地の個体を何度か繁殖させ、それを繰り返してみて、体色が傾向的に収斂して行かない状況であるならば、少なくともその個体群が抱える外的要因は少ないことが想像されますので、そうなればそこで初めて「選抜交配が有効かも知れない」・・・ということになります。逆に、脱皮や繁殖を経ることで、どうしても収斂傾向が見られる場合には、むしろそうした要因が大きいのではないかと考えねばなりません。その場合、基本的なセッティングの部分から差を設け、比較して行く作業を行なう方を優先すべきだ・・・ということになりましょう。なお、繁殖によって全く想定外の体色を発現し、しかもそれが継続しない場合には、大元の個体の体色自体が、ある種の特殊要因による一時的なものである可能性についても考える必要があります。元々、これらのグループは、そういう状況の個体までも含んで渾然一体となっていることを理解しておく必要はあるかも知れません。繁殖や維持に取り組む場合、「まず、その体色の素性を知る」・・・これが、このグループの繁殖に取り組むための第一段階なのです。
なお、このグループの繁殖を考える場合、基本的に他色個体との掛け戻しなどは想定せずに行なうのが一般的です(ゴーストの場合のみ、同系統の白ヒゲ個体を相手に使ってみて経過を観察する方法があります)。もちろん、ある種のインスピレーションによって他色個体と掛け合わせてみるという技法が100%無効であるワケではありませんが、その個体が持つ素性や体色発現経緯を充分に把握せぬままに取り組むことで起こるリスクの方が、はるかに高いといわざるを得ません。もし、どうしても他色個体との掛け戻しなどを行ないたいと考える場合には、最低でも3代掛けくらいは行なった上で、その個体の素性や発現特性などを把握することが鉄則であると同時に、不測の事態に備えて掛け戻しをしない個体をバックアップ用として残しておくことを強くお薦めします。一般的な選抜交配維持という方法を用いるべきかどうかは、そこまで至ってからの話だ・・・ということになりましょう。
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