色抜け(フェイド)系個体



撮影 佐倉ザリガニ研究所

   佐倉ザリ研の独自データによる  この体色個体の特徴   
   観賞魚界における発見(報告)年と発見地域   平成4(1992)年・埼玉県  
主な発見(棲息)状態 個体群型
棲息地により大きく異なる
突然変異型
固定度(形質の安定度)
棲息地により大きく異なる
流通量及び頻度
戻し交配の難易度 容易 困難





 広く「色抜け」系とカテゴライズされるグループの中で、白ヒゲ系以外の棲息地から採取されるもの、あるいは白ヒゲ個体群と棲息が重なっているような地点であっても、いわゆる「白ヒゲ」の資質を持たない状態で色抜けの現象を起こしている個体のグループが、この「フェイド(色抜け)」系個体という括りになります。
 このグループの個体についての「定義」は、共通項目のところでも触れました通り「状況や環境に応じて発生した個々独自の理由により、何らかの形で体色の発現機能が不完全な状態になっている個体」だ・・・ということになりますが、内的要因という要素だけで考えても、こうした現象が起こる可能性は、その確率論はさておき、現在、アメリカザリガニの棲息している場所であれば、およそすべての場所で起こる可能性があることになります。そして、これに外的要因という要素まで考えれば、その可能性は、かなりのものになることでしょう。実際、現在も、かなり様々な地点から様々な報告が上がってきており、これは、今後も増え続けて行くであろうことは想像に難くありません。
 このような経緯を持つ彼らですので、どのタイミングをもって「観賞魚界における初報告」とするかは判断に苦しむところですが、今までに得ている情報を元にしつつ、様々なルートにおいて経緯の聞き取りと裏打ちを行なった結果、平成4年の秋、埼玉県三郷市で捕獲された個体から採った仔が、都内の問屋に「ニューブルー(青個体)」というインボイスで2度ほど出荷されていた・・・という記録が最も古いものでしたので、今回、とりあえずここでは、このタイミングをもって「初報告」ということにします。
 現在のように一般のキーパーにも認知されるようになったのは、平成22年に入ってから、愛知と埼玉の3つの業者さんが、それぞれネットと実販で展開するようになったためで、特に前者のリリースした個体は、ネット上を中心に急激に広まり、白ヒゲ白化個体(ゴースト)を含む新たなムーブメントの素地となったことは記憶に新しいところです。
 現在までのところ、初報告(発見)地である埼玉県の他に、東から順に茨城、千葉、東京、神奈川、静岡、新潟、愛知、和歌山、滋賀、大阪、岡山、広島など、東日本から西日本にかけて満遍なく報告されており、そのうち茨城、埼玉、神奈川、愛知、大阪などでは継続的に捕獲可能な棲息地が存在しています。観賞魚界では、その流通ルート(出元)によりグラデーション、クリア、レインボー、フェイドなどの名称で出回っていますが、これらはむしろ、個体の資質的特徴を示す名称というよりも、「どういうルートでこの個体が市場に流れてきているか?」という要素で捉えた方がよいでしょう。一見、全く同じような個体でも、ネット系の個体に「クリア」という名前のものが圧倒的に多く、実販系の個体に「グラデーション」「フェイド」などの名前が多く用いられているのも、こうした理由によるものです。
 また、これはザリガニ自体には直接関係しないものですが、フェイド系の名称が1つに定まらない理由の1つに「出元同士の派閥や人間関係」が挙げられます。観賞魚という小さい業界の中でも、実に複雑な人間模様が織りなされているようで、ルート同士の関係をきちんと尊重したいという意識以外にも、自らリリースする個体の価値を上げたい場合や、自らが後続的位置にいることを潔しとしない人々からすれば、どうしても「同じ名前など使ってたまるか!」的な意識が働いてしまうようです。こうした現象は、何もザリガニの分野に限ったことではなく、古くはアロワナやディスカス、最近でいえばシュリンプ系など、ほぼ同じような素性の個体であっても、半ばこじつけ的に新名称を冠したがる動きが出ていることでもご理解いただけることでしょう。同じような個体を後から見つけたり作り出したりした場合はもちろんのことですが、そうした個体が以前から存在していたという事実すら知らずに動き出してしまい、後になって引っ込みがつかなくなってしまった場合など、その理由は様々だと思います。ただ、いずれにしてもキーパー側の混乱に拍車を掛ける結果になっていることは間違いないワケですから、非常に残念なことであると言わざるを得ません。こうしたことは、私たちキーパーがザリガニと向き合う上では全く関係ない、それこそ「どうでもいい」ことであると同時に、私たち自身が、そうした思惑や名称に惑わされない「冷静な視点」を持っておくことの大切さを強く感じさせる事例でもあるといえましょう。いずれにしても、特にこのグループの場合は「名称と特性や資質とはほとんど関連性を持たないに等しい」と考えておくぐらいで、ちょうどよいのではないでしょうか。
 名称の問題はひとまず置いておき、個体の体色的特性に関する部分ですが、こちらは採取(棲息)地によって全く異なるといっても過言ではないほど多種多様です。実際に捕獲し、飼育をさせたり繁殖させたりすることで徐々に見えてくる部分もありましょうが、限りなく内的要因によるものであろうと思われるケース、外的要因が強く影響していると思われるケース、そして、それらが複合的に絡み合って発生しているであろうと思われるケースなど、それこそ「要因はその地点によって異なる」と言ってもおかしくないだろうと思います。実際、各地の棲息ポイントを回り、何度も水に入りながらその環境を見比べてみると、体色に関して「これ」と特定できるような共通要因は、なかなか見つかりません。こういう書き方をしますと「いや、お前が知らないだけで、確固たる規則性は存在するし、それは自らの水槽でも実証済みだ」という声も聞こえてきそうですが、それはたまたま、その方の知る個体群の個体に対して見つけ得ただけのことであり、たまたま、目の前の個体でのみ確かめられた・・・という事実にしかならないようにも思えます。これだけ多彩な状況が起こり得ている現状を総合的に判断すると、そうした一事例のみでもって、すべての事例についてこれを当てはめて行くのは、極めて短絡的な発想であるといわざるを得ません。逆に、こうした現実を考えれば、少なくともその1つの個体群に関してみる限りにおいては、そうした部分を1つ1つ丹念に見つけ、突き詰めて行くアプローチが有効である・・・といえましょう。非常に面倒かつ時間の掛かるアプローチではありますが、がっぷり四つでじっくりと向き合って行くこうした取り組みも、フェイド系ならではの楽しい魅力の1つです。




主なカラーバリエーション


 このグループの中で、代表的なバリエーションをいくつかご紹介しましょう。なお、ほぼ無限であるといってもよい体色構成に対し、これらに派生する細かい分類まですべて網羅するのは事実上不可能ですので、自らの調査や信頼できるプロの業者さんからの情報を元に、あくまでも棲息地ごとに特徴がハッキリしていて、しかも一定以上の流通が見られているバリエーションの中から、主なものだけを取り上げさせていただくことをご了承下さい。




埼玉県産ワイルド個体

色抜けのバリエーションとしては最も古くから知られていた体色の個体。埼玉県産だが、いわゆる「青色個体」の棲息地とは全く異なる場所で採取でき、なおかつ青色個体と掛け合わせても、元の青体色は受け継がれないので、関連性はゼロであるといってよい。一般的には「パープルグラデ」の名称が冠されることが多いが、採取業者によっては、後述の青系色抜けと一緒くたにして流通させている場合もあるので注意が必要。成長するに従って、上部に鮮やかな紫色が揚がってくるのが、このグループ最大の魅力だ。「クリア」という名称で流通している愛知県産の個体の中にも、このような体色を見せる個体が出てくるが、これらの個体と異なり、埼玉県産の個体の多くは、第2触角の青色が強く揚がらないという傾向も見られるようだ。




ブリード個体

「パープルグラデ」の評価が高いということで、より紫色を強くするべく、あるブリーダーが上記の埼玉県産ワイルドを用いて選抜交配の方法でブリードした個体。ご本人曰く「3代目の段階で、かなり固まった」とのことだが、写真で比較してもわかる通り、果たして本当にそうなっているかどうかは極めて微妙。胸脚部の橙色が若干強くなり、頭胸甲頂部の色味が若干紫がかった以外、さほど大きな差が出ているようには見えない。安定的に個体を生産できるようになったという点は評価できるが、見方を変えれば、このグループの体色を司る要因が、それだけ不安定なものだということを如実に語っているようにも思える。




愛知県産ワイルド個体

一般的に「フェイド系といえば、これ!」といわれるのが、この体色の個体であろう。それは、これらが主にネット上を中心に流通したからで、出元の業者により「クリア」または「レインボー」などの名称が付けられている。そうでない個体も数多く確認されているので、絶対的な特徴とまでは言い切れないが、このバリエーションの個体は、採取地域に限らず、傾向として第2触角に綺麗な薄青色が乗ってくることが多く、元々の赤紫系体色と相俟って非常に魅力的である。
なお、こうした体色の個体事例は日本に限ったことでなく、欧米諸国でも比較的頻繁に報告されており、そうした個体には、主として「レッドパープル」の名称が当てられることが多い。友人のクリス・ルクハウプ氏が2008年に再版させた「Suesswasserkrebse aus aller Welt」改訂版でも、表紙にこれと似た「レッドパープル」個体の写真が使われているので、興味がある方は探してみるとよいだろう。




千葉県産ワイルド個体

ネット上で色抜け個体が少しずつ話題にのぼり始めたころ、大手業者と契約し、外房地区を中心に活動されている採取業者さんが「こんなのなら、採れるところを知っている」ということで、山武郡大網白里町(現大網白里市)の棲息地から採取し、「レインボー」の名称で何度か出荷した個体。基本的には愛知県産の個体と似通った特徴を持つが、頭胸甲側部の色抜け具合と、同じく頭胸甲頂部の色揚がりが濃くなることが若干の相違点といえる。実際の棲息地を見る限り、一般的な棲息地と比較して特に目立った違いは見受けられなかったが、地理的な要素で愛知県の棲息地との共通点もあるので、もしかしたらそうした部分に解明の鍵が隠されているのかも知れない。




神奈川県産ワイルド個体

体色的な部分だけで見れば、「頭胸甲側部に濃淡ができ、個体によっては腹節に青色が乗る」・・・という典型的なフェイド系の出で立ちをしており、同様の体色を身にまとった個体は、神奈川以西の静岡、愛知、大阪、さらには岡山などでも確認の報告がある。そういう意味では特に改めて紹介する必要もないのだろうが、この個体を捕獲した棲息地は、千葉や愛知、岡山にある同色個体の棲息地と異なり、かなり内陸部にあって、しかも隔離された環境にあり、しかも、そこでは大半の個体がこうした傾向の体色をしている点が不思議だ。実際、この棲息地を最初に発見したのは、日淡系ではなく水棲昆虫系を守備範囲とする採取業者さんで、そうした点から見ても、いかに他の棲息地と環境的に相違しているかが想像できよう。繁殖にあたっては、とりあえず体色面の資質は受け継ぐものの、水槽飼育下では、いわゆる「青化け」を起こしやすいという報告もある。




ブリード個体

上記の神奈川県産ワイルド個体の棲息地から揚がった個体を種親にして採った仔のうち、成体になった段階で青化けを起こしてしまった個体がこれだ。トーンとしては親個体の形質を受け継いでいるものの、パッと見の体色は全く異なった雰囲気となっている。神奈川県産の個体のみならず、「フェイド」「クリア」などの名称で流通している個体の中には、こうした現象が比較的多く起こっているので、これ自体も彼らの特性として認識しておけばよいだろう。どちらが好みかはキーパーごとの価値観に任せることとして、全体的に収斂してしまう傾向が見られる場合は、その種親の特性に加えて、水槽の基本セッティングという要素に関しても検討してよいはずだ。




茨城県産ワイルド個体

利根川に近い茨城県南部の棲息地から出てくる個体。一般的には青系色抜けのグループにカテゴライズされることが多い。フェイド系個体の棲息地ではよくある話だが、彼らの棲息している同じ水路でも、この体色の個体が揚がるのはホンの1キロ弱ということで、その範囲を過ぎると、上流、下流ともに全くの通常色個体になってしまうのが不思議である。なお、出現確率は稚ザリの段階で約5%弱(20匹で1匹揚がるかどうか)といったところで、色合いが目立つからか、成体での捕獲はほとんどないようだ。一般的なフェイド系個体に比べると派手さはないが、独特の錆色と、腹節の上下コントラストは素晴らしい。ブリーダーによると、しっかり色を揃えれば、仔へも比較的しっかりと体色が受け継がれる・・・というコメントも聞かれるが、元々、非常に矮小な棲息エリアの中で代を繋いでいる状況を考えれば、充分にあり得る話だ。




ブリード個体

上記の茨城県棲息地から採取された個体を種親にブリードされた個体。独特の錆色やコントラストが受け継がれている点は評価できる。ただ、すべての個体が上記のワイルド個体のような体色になるかどうかは疑問で、この写真の個体のように、青や赤の色が上手に乗り切れないまま育ってしまう個体も少なくないようだ。




千葉県産ワイルド個体

上の茨城県産個体から見ると、利根川を挟んで反対側、直線距離にすれば10キロに満たない距離に位置する棲息地から採取される青系の色抜け個体。紫、青、緑、黄、そしてオレンジと流れるようなグラデーション体色を身にまとうこともあってか、「ブルークリーム」などという大仰な名称が付けられることもあるが、基本的には茨城県産の個体と同じ要因でもってこうした体色になったであろうということは充分に推察できる。茨城県産の個体と決定的に異なるのは、写真でもわかる通り、触角が白色であることだ。これだけの特徴を見れば「白ヒゲ個体群のバリエーションか?」という想像も働くが、現地を調査する限り、全く白ヒゲ個体は揚がって来ておらず、また、胸脚のスパインにも白ヒゲ独特の形質が現れていないことから、いわゆる白ヒゲの変化要因とは全く異なるものと思われる。ワイルドでの出現確率は極めて低い(数百匹に1匹というレベル)。




愛知県産ワイルド個体

一般的に「オレンジグラデ」と称されることの多い個体。触角も含め青系の色乗りは一切見られず、明るい茶色からオレンジへのグラデーションを見せるのが普通だ。様々な色合いを見せてくれるフェイド系各個体の中にあっては、若干地味である印象も否めないものの、現時点で採取できているのは愛知県と大阪府、岡山県の一部地域のみであり、個体を調達できる採取業者も極めて限られている。出現確率も常時1%未満とのことなので、もし見つけることができたら、大切にしたい。




愛知県産ワイルド個体

フェイド系の中での人気の高い「ブルーグラデ」と称されるもののうち、最も典型的な体色の個体がこれだ。体色的に見て、上記の「オレンジグラデ」とは完全に異なる印象を受けるものの、全く同じ棲息地から揚がってくる個体であるという点が興味深い。この両者、地色こそ違うものの、よく見比べてみると色の抜け方やトーン構成は全く同じであり、ほぼ同じ要因によって褪色を起こしているだろうことは容易に推察できよう。一般的に「ブルーグラデ」と称される個体自体は、比較的多くの場所で見られるが、抜け色が黄色系ではなく、白色系になる個体を採取できる地点は少ない。また、自然下では体色的に目立つこともあってか、採取は稚ザリにほぼ限定される点など、ゴーストに共通する部分もある。




ブリード個体

愛知県産と岡山県産の青系色抜け個体を種親に、最近評価が高まりつつある白爪化を目指して作出されたブリード個体。こうした白爪の個体は、2代目の段階で2割近く出てきたそうで、作出者は「ブルーグラデ・ホワイトクロウ」と名付けているそうだが、舌を噛みそうな長い名称でビックリといったところであろう。ただ、2代掛け程度で「固定」云々を語るには、特にこのグループの場合、少々早計であるかも知れない。また、上記の愛知県産ワイルド個体を見てもわかる通り、抜け色が白色であるとすれば、いわゆる「ホワイトクロウ」化させることも、さほど大変なことでもないように思える。




埼玉県産ワイルド個体

色抜け系に興味を持つキーパーの間で「爪桃」が話題となった埼玉県産のワイルド個体。第1胸脚や腹節など、一時的にこうした色合いになる個体は比較的多く見られるものの、成体の特徴としてこうした体色を見せてくれる個体が採れる棲息地は少ないといえよう。ただ、ただでさえ出現確率が少ない(爪桃に育つ個体は0.1%未満)の上に、成体で採れることはまずあり得ないため、実際に採取できたとしても、このような資質を持っているかどうかを実際に確認できるまでには、応分の時間が必要だ。なお、この個体を元親に、現在何人かのブリーダーによって、従来の「桜色」とは異なる色味の「ピンク色個体」作出が進められている。写真を見てもわかる通り、現時点における全体の体色構成から考えると、必ずしも容易な道のりであるとは思えないが、元々の桜色個体ですら、5年もの歳月を掛けて固定されたことを考えると、決して「夢物語」とは断言できない部分もあろう。じっくりと吉報を待ちたいところだ。




神奈川県産ワイルド個体

上記の神奈川県産ワイルド個体と同じ棲息地から、2011年4月に1個体だけ揚がってきた、いわゆる「透明殻」のオス個体。捕獲時は2センチに満たない稚ザリであったが、業者さんのストックルームで2度ほど脱皮し、この撮影サイズ(約5センチ)まで育ってきた。とりあえず撮影だけはさせていただきつつ、ある程度の値段はつくだろうと予想していたが、正直、あまりにもビックリするような値段で、あるブリーダーの元に引き取られて行った。後に聞くところによると、その後も体色的には変化がない・・・とのことである。となれば「仔を採って、さらに殖やして」・・・という話に進みそうだが、2012年秋のシーズンが終わった段階で、採れた仔から同じ資質を持った個体は出てきていないとのことである。グラデーションのトーンは、ここから揚がってくる色抜け個体とほぼ同じなので、そういう意味では興味深いが、透明殻という要素だけは、イレギュラーなものであったと考えるのが自然なようだ。



もどる