深迷怪ザリガニ事典・あ行



あ(亜)
「亜科」「亜属」「亜種」など、それぞれの生物学的な分類カテゴリーにおいて「完全に断定できるほど明確には分けられないが、かなりハッキリとした違いを見分けることができる」場合に使われる分類手段。学術的にみた場合、こうしたパターンが用いられる状況を考えてみると「全体的にみて、ほぼ間違いなく分けられるという見解が得られているが、それを確定させるに足るための論文や証明ができていない」ケースと「学術界内で未だ完全にはオーソライズされていないが、そうした各々の学説を明快に説明するため」の便宜的手段としてのケースに大分される。従って、状況としては非常に不安定なものであり、何か新しい発見や学説の提唱などがあると、内容が一気に様変わりしてしまうことも珍しくない。アクアリストの場合、ちょっとでもそういう情報を手にすると、何でもかんでも「別」にしたがる悪しき傾向があるので、往々にして実態と異なる認識をしてしまいがちであることに注意したいところだ。
ザリガニの場合、この分類手段の影響が最も色濃く出ているのがキャンバリダエ科で、特にプロキャンバルス属には、2005年現在、16もの亜属が提唱されているほどである。
ちなみに、フロリダ・ブルーを例にとると、輸入開始当初に用いられていたpaeninsulanus種は、アメザリ(clarkii種)と同じScapulicambarus亜属だが、現在同定されているalleni種は、全く違うLeconticambarus亜属に割り振られており、むしろ同亜属であるmilleri種の方が近縁だ・・・ということになるから不思議だ。また、現地ではアメザリと合わせて養殖されているホワイトリバー・クレイフィッシュ(Procambarus actus actus)は、これまた全く異なるOrtmannicus亜属に割り振られており、これまた非常に興味深い。


あいじょうのきょうきゃく(愛情の胸脚)
メス個体の第5胸脚の異名。産卵後、卵が腹肢にしっかり付着するころになると、メス親はこの胸脚を使って、甲斐甲斐しくクリーニングをするようになる。このクリーニングによって、死卵や汚れ、カビなどが取り除かれるので、卵の成育にとって必要不可欠な「愛情」となるわけだ。そういう意味で、第5胸脚が欠損したメス個体を繁殖に用いる際には、充分な注意が必要だということになる。


あきこ(秋仔)
アメリカザリガニ(または広義のキャンバリダエ科)飼育の現場において、主に9〜11月ごろに孵化する稚ザリ、あるいはその繁殖活動自体を指す通称。時期的に見て、アメリカザリガニの基本生態に則った繁殖サイクルであり、親個体への負担も少ないことから、繁殖自体も春繁殖に比べれば一般的に容易であるとされている。ただし、親個体は夏場の高温期を乗り越える必要があるので、繁殖活動に至る前にコンディションを崩したり想定外の欠損や脱皮を行なってしまい、繁殖自体が行なえなくなるというリスクもあるため、経験の浅いキーパーの場合、意図的に避けるケースもある。
また、時期的に見て、稚ザリは充分な体力がつく前に越冬を迎えなければならないので、体力のある個体を育てられる反面、越冬飼育の技術が充分でないと冬の間に稚ザリたちを壊滅させてしまうこともあるので、不安のある場合には若干の加温(15〜18度程度)を行ないながら冬の時期を乗り越えさせる方法もなくはない。また、遅めに採れた秋仔を無加温越冬にて育てる場合、その成長度合いによっては翌年の繁殖には種親として用いることができないケースもあるので、キーパー個々の目的やスタンスによって適切な方法を選択する必要があろう。


あくあせいふ(アクアセイフ)
テトラ社が発売している水質調整剤。主として水中の重金属を中和し、魚体表面の粘膜を保護するためのものなので、ザリ飼育に直接関係するものではないが、マロンなどといった水質に対する要求度の高い種を飼育する際には何かと便利。コントラ・コロラインやハイポなどといった塩素中和剤よりも重要視するキーパーも多く、数十本の水槽で飼育しているキーパーになると、1リットルの業務用ポリパックを平然と買っていたりする。


あじつけ(味付け)
反応の悪い餌を与える際、餌に対する反応を高めるため、何か別のものを混ぜたり、ふりかけたり浸したりしてから与える作業のこと。決して塩・味噌・醤油などで味付けし、美味しくするのではない(笑)。一般的には、反応の鈍い人工飼料をPSBに浸してから与えるなどの方法がこれに当たる。人工飼料になかなか餌付かない個体に対して用いることが多いが、すべてのケースで上手く行くとは限らないので注意が必要。また、平成10年ごろまで、サナギ油に浸すことで反応を劇的に上げる裏技が用いられていたが、水を傷めやすいことや、保存料その他の化学物質が含まれていない上質なサナギ油を購入することは難しい(当時、大半のキーパーは、釣具店で販売されている釣り用のサナギ油を用いていた)ことから、現在ではほとんど用いられていない。餌の良し悪しを個体の反応だけでしか判断できないキーパーの場合、ことさらこういう部分での工夫をしがちで、それを飼育技術の向上という判断をしがちだが、観賞魚用飼料の現状を考えれば、必ずしも、反応の良い餌が高品質の望ましい餌であるとは言い切れない一面もあるので、この部分にこだわり過ぎるのは逆に問題があることも留意しておきたい。

(用例)「こないだ買った餌は反応鈍かったけど、味付けしたらすぐに餌付いてくれたよ」


あすたしだえか(アスタシダエ科)
ザリガニ分類上の1科で、日本語で訳すと「ザリガニ科」ということになる。主にヨーロッパ系、アメリカ西海岸のザリガニがこれに属する。日本では、タンカイ・ウチダザリガニが該当する。派手さはないが重厚なイメージのザリが多いので、「渋好み」のキーパーがメイン種としているようだ。


あなあきりゅうぼく(穴あき流木)
主としてアマゾン川河口付近で採取されるという、穴ぼこだらけの観賞魚用輸入流木。本来、ザリの棲息地に存在しているものではないが、独り歩き開始直後から1〜2カ月間は格好のシェルターとして使えることもあり、キーパーからは重宝がられているようだ。ただ、他の流木よりも値段が高い上に、食料として用いる場合の反応はイマイチなので、あくまでも「稚ザリ用シェルター」として使うことが多い。アク抜きは、他材質の流木よりも短時間で可能なものが主流。


いけいさいせい(異形再生)
欠損した部分が再生する際、元のものとは違ったものが再生してくるという現象。奇形による変形個体とは異なる。ザリガニの場合、眼柄部が欠損した時に、その部分から触覚が再生してくるケースが有名。非常に珍しいことではあるが、こうした個体が出てくるとギョッとしてしまう。もちろん、飼育上の問題は全くなく、繁殖に使った場合は、きちんとした仔が出てくるので、こうした部分の心配はない。


いしゅこんいく(異種混育)
1つの水槽に、複数種の個体を収容する飼育形態。かび病の免疫有無などの点で感染の危険性があるため、キーパー間では「禁じ手」とされている。ショップでも、そういう形でストックしているケースが多く見られるが、こういう場合は、いくら値段が安く、いい個体であっても、購入を控えるのが賢明。水槽内にプラケースを沈めて、異種個体同士が接触しないような形のストックをしていても、感染の危険性に変わりはない。


いちびんおくり(1便送り=「初便送り」とも言う)
ザリガニが初輸入される時、最初の便で入ってくる個体をあえて見逃すという、業界事情通の裏ワザ。これは、第1便で入る個体が、どちらかというと「商品サンプル」的な要素を持ったものであること、輸入量が少数であること、そして、実際に個体を見た上で導入準備に入りたいことなどといった思惑が絡んでいるためで、確かに、今までの例では、圧倒的に第2便以降の個体の方が丈夫であることが多い。ただ、ザリの場合、必ず第2便が入ってくるという確証はないため、そうやって「通」ぶっているうち、自分だけが導入し漏れてしまうという笑えない状況が発生してしまうことも多い。


いんぼいす・ねーむ(インボイス・ネーム)
原義は「納品名」で、納品書の品目に書かれる商品名のことを指すが、観賞魚界では、輸入時につけられていた名前、または広く「販売名」を指す場合が多い。ザリガニの場合、これが実際の種名や英名などと一致することは非常に少ない上に、想像できないほどの珍妙な名前を付けられてしまうことが多い。また、同じ名前で別種の個体が流通することも多く、往々にして混乱の元となっている。ある程度の経験を積んだキーパーは、大概においてこの名前を信用していないし、また、これによって辛酸をなめた経験を持っているようだ。


えさぬき(餌抜き)
餌を受けつけない個体に対し、食欲を取り戻すために、一定期間、投餌を中止すること。個体の大きさや状況によっても違うが、3日〜1週間程度は平気で抜いてしまうことが少なくない。他個体と同居している際には共食いの危険性が増し、病気などに起因する場合は一気に衰弱させてしまうことになるため、相応の経験と勘が要求される技法でもある。


えさへんしょく(餌変色)
個体に供給する餌の栄養成分を意図的に偏らせることで、個体の体色を変えること。またはそうしてできた変色個体。通常、餌中のビタミンA(カロチノイド)成分を完全に抜いた餌、またはその成分が全く含まれていない餌だけを与えて飼育して行くと、徐々に体色の褪化が起こり始め、最終的には白色となる。神奈川県相模原市の「相模原市立 相模川ふれあい科学館」の研究チームがアメリカザリガニを用いて実験を行い、この事実を確かめた。JCCでも、一部のメンバーがアメザリ・ヤビー・レッドクロウなどで追実験を行い、いずれも同じ状況になっている。基本的には栄養障害に起因する病的現象などで、通常の白色個体、またはアルビノ個体とは全く性質を異にする。脱皮障害や突然死が起きやすく、繁殖も事実上不可能。


えびがに(エビガニ、海老蟹)
アメザリに対する俗称の1つ。語源は、まさにその姿形の如し・・・といったところか? 比較的高齢の方々に対しては、「ザリガニ」というよりも「エビガニ」といった方がよく通じる。30〜40歳代の人々に通じる「マッカチン」と双璧をなし、しかも年齢層で比較的しっかりセパレートされているのが面白い。フィールド調査をするようになると、非常によく使う用語。


えりぬき(選り抜き=「よりぬき」「ぬき」とも言う)
自分の水槽で繁殖させた個体の中から、自分好みの個体を選別し、隔離収容して行くこと。累代繁殖用・体色固定用など、何を目的にするかによって選別基準は大きく異なる上に、キーパーそれぞれの着眼点も異なることから、同じペアの仔でも、選び方は他種多彩。自分が選り抜いた個体が思い通りの資質を発現しなかった際には、どうしようもない言い訳を考えてしまうのが、キーパーの悲しい性(苦笑)。


えんとうけいろざい(円筒形濾材)
繁殖時などに、稚ザリ同士のトラブルを回避するために投入するもので、濾過目的ではなく、小型シェルターとして用いる点がポイント。水槽内の見栄えが悪い上に、ある程度稚ザリが育った後に取り出す際、非常に面倒な作業になってしまうという難点もあるが、頻繁に脱皮を行う稚ザリ期には非常に効果の高い方法の一つであるといえよう。なお、親個体と同居中の水槽に投入した場合、親個体が歩きづらくなるためか、これを嫌うケースもある。親個体が脱皮する際に支障をきたす危険性もあるので、全体にばらまく形での投入は避け、特定の箇所にまとめて投入するようにしておきたい。


えんびかん(塩ビ管)
ザリのシェルターとして最も多く使われている塩化ビニール素材のパイプ。ホームセンターなどで入手できる灰色のものが一般的。水槽内のレイアウトにまで気を配るキーパーにとってみれば、完全な「邪道」アイテムではあるが、安い上に加工が楽なため、個体にピッタリ合ったシェルターを提供できるという要素は捨てがたい魅力であろう。安さが手伝ってか、全く気をつかわずに投入しているケースも多いが、個体のサイズに応じて使うサイズを工夫しないと、中の個体が全然使ってくれない・・・という悲しい結果になることもある。また、本来が「隠れ家用」であるという性質を考えても、投入場所を間違えた場合、見向きもされないという状況が発生するので、意外と気をつかう必要のあるアイテムであるといえよう。


おおいそすな(大磯砂)
ザリ飼育での定番底材。水質に大きな影響を与えないことから重宝される。一般的に、0.5〜1号といった細目の砂を使うキーパーが多いが、目が細かければ細かいほど、汚れが蓄積しやすく、爬行性を持ったザリの場合、底床の汚れは致命的な障害を引き起こす原因となるので、あえて粗めのものを使うキーパーもいる。


おぼべるじん(オボベルジン)
甲殻類の色素胞を形成する物質の1つ。主としてウミザリガニ科のHomarus gammarus(ヨーロピアン・オマールロブスター)の卵に見られる緑青系色素で、養殖業界では、以前からクルマエビ養殖における個体色彩度向上のために用いられてきた。ホルモン剤などのような強制的色揚げ効果を意図されて利用されるものではなく、また、この物質自体が非常に高価なものであるため、養殖飼料の世界でも配合されている製品は極めて限られている。
甲殻類における青、紫、緑などの色素胞については、アスタキサンチンとプロテイン(タンパク質)の結合によるカロテノプロテイン群が有名で、このうち、青色系の色素を示すクルスタシアニンなどの物質は実際に養殖飼料、観賞用飼料としても広く知られているが、このオボベルジンは、厳密にいうとカロテノプロテインではなく、アスタキサンチンとリポプロテイン(タンパク質で覆われた脂肪酸)との結合によるカロテノイド・リポプロテインコンプレックス(Carotenoid lipoprotein complex)にカテゴライズされている。
ザリガニ飼育の世界では、本来、青色揚げだけでなく、濃色化の切り札的な役割として配合された物質で、日本淡水開発の「CF Starスーパープレミアム」に微量ながら初めて配合され、クーナック育成時のみならず、ブルーマロンやブラックマロンなどの飼育で活用されていた。その後、青色や黒色系エビのキーパーにも着目されるようになり、その配合は「NTK Star青系」などに引き継がれて行った。生育という点だけで考えれば特に必要不可欠なものでもないが、青にせよ黒にせよ、体色という点に重きを置く場合、コスト面以外では非常に使い勝手がよい。どちらかといえば、ブリーダーに需要の高いものだといえよう。


おやぶん(親分)
ショップなどで、水槽の中に複数の個体が収容されている時、手頃なシェルターや流木下など、最もいい(ザリの生態上最も自然な)ポジションに陣取っている個体。その水槽内では最も強い個体であることを意味するので、キーパーが個体を購入する際の選別ポイントとなる。

(用例)「こないだ買ったザリは親分だったやつだから、すぐ水槽に馴染んだよ」



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