底床を用意しよう
流木が順調に仕立て上がれば、いよいよ水槽に投入し、水を張る工程へと入って行くのですが、水槽を構成する要素として、もう1つ、忘れてはいけないものがあります。それが「底床」ですね。ザリガニは、決してベアタンクで飼育できないわけではありませんし、底床の汚れに伴う悪影響を最小限に食い止めるためには、ベアタンクの方がよいという主張も確かにあります。しかし、常態化した歩行時のスリップが胸脚に細かな擦れ傷などのダメージを与え、バーンスポットなどを誘発する危険性があるともいわれていますし、人工芝などの素材で対応した場合、コケなどが生えることによって、収容個体がそれを齧ってしまい、収拾がつかなくなる・・・という事例も報告されています。そこで、あくまで飼育開始後の充分な底床クリーニングを行なうことを前提に、今回はオーソドックスな底床を採用して行くことにしましょう。
まずは、使う底床材を購入してきます。今回は、オーソドックスな大磯砂を用意しました。これなら、たいていのショップで購入できますものね! 大磯砂というのは、元々、神奈川県の大磯海岸近辺で採取されていた黒緑褐色系の砂利材を指しますが、現在、大磯海岸は採取禁止となっており、現在流通しているものは、そのほとんどが東南アジアなどの海岸より採取されてきたものです(そのため、メーカーによって「南国砂」「フィリピン砂」「黒光砂」などの名称で販売されているものもあります)。
この砂利は、メーカーによって呼び方は異なりますが、粒の大きさによって、大きく「7厘(細目)、1分(中目)、2分(粗目)」という分け方をするのが一般的です。ザリガニの場合は、稚ザリなどの活動に支障が出ないということで、基本的に7厘(細目)を使う方がよいでしょう。
なお、一部のメーカーによっては3厘(極細目)の製品があり、あるいは、ほとんど砂状のような製品も発売されています。こうした商品は、より平坦な底床という点で非常に好都合であったり、一部では「ザリガニは脱皮後、砂を平衡胞に取り込んで平衡感覚を得る必要があるため、水槽で使う底床は細かければ細かいほどよい」という説明や推奨がなされることもありますが、それは完全に誤りです。
確かに、ザリガニは、脱皮後、触角の付け根あたりに、せっせと砂を取り込むという動作をします。非常にコミカルで、また、かわいらしいシーンでもあるので、記憶に残っている方も多いことでしょう。これは、脱皮によって失ってしまった平衡石を、第1触角基部から眼柄部付近にある平衡胞の中に補うためで、そのためにも砂があった方がよい・・・というのは、生物学的に見ても決して間違いではありません。しかし、平衡胞の内部で直ちにその役割を果たせるようなサイズの砂粒というのは、我々が一般的にイメージしているものよりも、はるかに小さなものです。また、すべてのサイズのザリガニで、その条件を満たせる粒サイズのものを飼育に足る形で製品化することは、事実上不可能であるといえましょう。
さらに、もし万が一、脱皮後にそうした粒が得られなかったとしても、ザリガニは、自らの分泌物で結石を作り、それを平衡石としてきちんと平衡感覚検知機能を実行させることが可能なのです。このようなザリガニの基本的な体構造を理解していれば「細かい砂粒がなければ、脱皮後のザリガニは平衡感覚を得ることができない。だから、飼育の際には細かい砂粒が絶対に必要」という説明が完全に的外れであることは、簡単にご理解いただけることでしょう。
むしろ、ザリガニ飼育の場合、底床の粒を細かくし過ぎることによって底床の内部に汚れがたまってしまい、換水時などに充分な除去ができないために底床の状態が悪化してしまうことによる、胸脚部などへの甲殻病罹患リスクの方がはるかに深刻です。常に、底床に接して生きて行かねばならないザリガニの場合、この底床の汚れは、あらゆる甲殻病の原因ともなるものです。常に底床を清潔に保てるかどうかが、飼育成果を大きく左右するといっても過言ではありません。そういう意味で、大磯砂であれば、換水時に糞や汚れを吸い出すことのできる7厘(細目)サイズが、小さくできる粒の細かさの限界であると考えてよいでしょう。
大磯砂を洗うために、袋から取り出しましょう。ゴシゴシ洗う必要があるので、バケツなどにザーッと落として行きます。
この時に取り出すのは、使う水槽の大きさに合わせてだいたい底面全体が隠れる程度(底面から1〜2cmくらい)の量にとどめておくのがポイントです。観賞魚の飼育では、一般的に、敷く底砂が厚ければ厚いほど水槽内のレイアウトがしやすくなるため、心持ち厚めに敷きたがる傾向があり、また「ブルドージングは個体のストレス解消のために必須だから、ザリガニ飼育においては底砂を厚めに敷いた方がよい」という説明がされることもありますが、上の項目でも触れた通り底床をいかに清潔に保てるかが、ザリガニ飼育を順調に行なうために欠かすことのできない必須条件です。仮に、ブルドージングなどで自分の居場所を作らせるという要素が満たされていたとしても、その底砂が汚れてしまっていては、何の意味もないといえるでしょう。
ザリガニの特性上、ブルドージングによる待避スペース作りを必要以上に重視する考え方をとるケースも、確かにゼロではありません。しかし、個体の待避スペースは、塩ビ管や流木などでいくらでも作ることができるものです。また、そこまでのリスクを冒してまで成立させなければならない要素でないことも、間違いありません。個体の健康を維持するという点で、あくまで底床の基本遵守点に対し忠実に用意を進めて行くことが大切です。
水を注いだら、お米をとぐ要領で洗浄して行きます。買ってきたばかりで、一度も使っていないものであっても、写真のようにビックリするほど汚れやホコリが出てくるものですよね? これは、砂利本来の汚れももちろんのことですが、採取後の輸送になどによって削れてしまった、素材の微細粉も、かなり含まれています。一見、大したことのない微細粉のようにも思えますし、単に水の濁りさえ我慢すれば問題ないようにも思えますが、これらは生化学的に分解除去できない分、濾過材(特に生物濾過素材)へ与える負担は非常に大きくなってしまいます。確かに、どんなに洗っても、それで完全に除去できるか・・・というと難しい部分はありますが、裏を返せば、丹念に洗うことでかなりの量を除去できるわけですから、ここで手を抜く必要性はありません。
なお、洗浄にあたって洗剤を使わないのはもちろんのことですが、最近少しずつ見られるようになった処理剤系統の薬剤を用いるのも、飼育する相手がザリガニという点で考えれば、あまり得策ではないどころか、かなりリスクの高い方法であるといえましょう。多くのザリガニは、化学薬品系の素材に関しセンシティヴであるといわれています。とにかく水で、しっかりとすすぎながら洗って行く方法が一番です。
何度も何度も洗って、手を入れて掻き回しても水が全く濁らなくなりました。細かいゴミやホコリなどの汚れがとりあえず問題ないレベルまで除去できた証拠です。最後の何回かは高温のお湯を用いて、消毒を兼ねた洗浄を行なうようにします。特に、以前、別の生物の飼育に使っていたとか、キャンバリダエ科諸種の飼育に使っていたものを別の種に転用させようと考える場合などは、充分に洗って汚れを落とした上で一度新聞紙などに広げて乾燥させ、数日間日光に当ててから、再度、熱湯で洗って仕上げるなどの念を入れた方が万全でしょう。
ここまで来れば、もう大丈夫! さぁ、水槽へ敷きましょう。