繁殖講座 第9講
稚ザリ期の餌管理
ザリガニは、他の一般的な水中甲殻類と異なり、直接発生の形態をとっています。ですから、独り歩きが始まるころには、餌も基本的には親と同じものを食べると考えて構いません(いわゆる「自前の栄養」は、2度の脱皮で使い切っているはずです)。もちろん、それで問題ないのですが、より良好な成長を助けるために、いくつかの工夫をした方がよいでしょう。
表記の目安とするために、稚ザリのおおよそのサイズを写真で表しておきます。
独り歩き直後の稚ザリ(孵化後約2週間)
1.5cm程度の稚ザリ(孵化後約1カ月半)
4cm程度の稚ザリ(孵化後約6カ月)
いつから投餌を始めるべきか
前述の通り、稚ザリは、卵から孵化した時点ですと、餌を食べません。これは、卵の時点から持っていた自前の栄養分によっているからですが、独り歩き開始の前に行う2度の脱皮で、ほぼ完全に使い果たしてしまいます。ですから、「餌をとらねばならないから独り歩きを始める」という見方も、あながちデタラメとは言い切れないことでしょう。そういう意味で、稚ザリに対する投餌開始のタイミングは、「独り歩きを始めた個体が確認できたころ」という感覚でよいと思います。稚ザリの場合、投餌せずに放置すると、一気に数を減らしてしまいますから、充分な注意と観察が必要不可欠でしょう。
で、その稚ザリ用餌についてですが、「高栄養で、運びやすい(食べやすい)」という点に気を配ることが第一です。この場合、成体用の餌を砕いて与えるのが一番手っ取り早い方法ですが、ここでは、これ以外の餌について考えてみましょう。なお、成体用飼料をそのまま与えても、当然食べてはくれますが、一つの餌に多くの稚ザリが群がることになるため、無用のトラブルが発生しやすくなります。また、弱い個体には餌が行き渡らない可能性もあります。そういう意味で、「砕く」という作業は、キーパーに課せられた必要最低限の作業であると考えねばなりません。
フレーク状、微粒状配合飼料
ザリガニ飼育において、フレーク状の餌は、基本的に適さないといわれており、それ自体には私も賛成です。しかし、稚ザリ初期においては、その「軽さ」を見逃すことはできません。確かに、水面上に残ったり、水中を浮遊したりといった問題は発生しますが、水草やウール濾材が投入されていますから、稚ザリは比較的容易に水面近くまで行くことができ、また、これらが良きストッパー(餌が引っかかる・・・という意味)になりますから、成体飼育よりは問題になりにくいようです。現在は、フレークフードも様々なものが発売されていますが、バランスよく栄養を供給するという点で、テトラミンなどの「総合タイプ」のものが無難です。
一方、微粒状飼料についてですが、同じくテトラ社の「プランクトン・フード」に代表されるもので、稚ザリにとって「運びやすい」サイズであることがポイント。グッピー・テトラなど、小型魚向け専用飼料でも代用できます。主に稚魚用として開発されているだけあり、高栄養なものであることも好条件です。
これらの餌は、独り歩き直後から2〜3センチサイズに成長するまでの期間に有効で、これを過ぎると、だんだん反応が鈍ってきます(というより、より大きな餌を求めるようになります)。ですから、実際に使う期間は極めて短いのが実状でしょう。徳用サイズなどを購入してしまうと、結局は余してしまいます。次の繁殖までとっておくと、当然餌は劣化してしまいますから、使い回しは絶対に避け、使いきれる小さなサイズのものを購入することが大切です。
顆粒状飼料
体長が1センチを越えるころになりますと、稚ザリたちも、そろそろフレーク状や微粒状の飼料では飽きたらなくなってきます。そのころから登場するのが、ひと回り大きい「顆粒状飼料」でしょう。ディスカス用飼料などが好例ですが、非常に使いでのあるのは「らんちゅうの餌」。らんちゅう飼育に適した餌として開発されているだけあって、沈降性である上に高蛋白質の餌で、成育にパワーを要する稚ザリには非常に適しています。価格も、さほど高いものではないので、ぜひお薦めしたい餌です。
これらの餌は、ある程度の成体も食べられますから、与え方に気をつけないと「親がぜ〜んぶ食べちゃった」などということが起こりかねません。従って、投餌方法には工夫が必要で、あらかじめ親に餌を与えてから、広範囲にばらまくようにしてやりましょう。
冷凍餌・生き餌
冷凍餌にも、様々な種類のものがありますが、どれも非常に反応がよく、高栄養な餌です。水質の悪化を避けるため、与えすぎだけには充分に気をつけなければなりませんが、赤虫・ダフニア・ブラインシュリンプなど、配合飼料と合わせ、ローテーションを組んで与えてやるとよいでしょう。
問題は生き餌で、通常、メダカや餌金魚、川虫などを使うことが多いのですが、稚ザリ自体に充分な捕獲能力がない上に、稚ザリ自体が小さいため、ともすると「餌に食べられてしまう」という、とんでもない現象が発生します。これらの投入は、最低でも4〜5センチになるまでは控えた方が賢明です。私の友人には、どうしても全体食を与えたいという考えから、メダカや金魚を砕いて与えている人がいますが、「何もそこまでしなくたって・・・」というのが、個人的な見解です。
なお、イトメは、非常に栄養価も高く、いい餌であるはずですが、個人的に好きな餌ではないため、佐倉では幼体・成体とも使っていません。
水草など
稚ザリは、まだ流木をかじるほどのパワーはありません。となると、流木に代わる「常用食」を準備すべきだということになりますが、その代表は、やはり水草です。しかも、実際に食べやすいサイズのものとなると、カボンバ・アナカリスということになりましょうか? これらは、価格も手ごろで入手しやすく、常時供給できる点が有利です。カボンバに比べると、アナカリスの方は、浮上性が若干高いようなので、注意する必要はありますが、どちらを使うかは、キーパーの好みで問題ないでしょう。
ただ、これらの水草の場合、価格が安い分だけ、仕入れルートが不明瞭で、ショップでも杜撰な管理をされていることが多く、見るからに「相当汚い水のところから採ってきたな・・・」という感じのものがあります。あまり神経質になる必要はありませんが、念のために軽く水洗いをしてから投入した方がよいでしょう。
もし、この部分がどうしても気になる場合、お薦めできるのがウィローモスです。前述の2種と比較して単価の高い点が問題ですが、自宅などで他の熱帯魚などを飼育している場合は、そこで活着しているものから適当に間引いて使うことができ、非常に重宝します。稚ザリにとっても食べやすく、シェルターにも代用できる点は大きな魅力でしょう。究極の例としては、ある友人のケースなのですが、「繁殖を見込んで、あらかじめウィローモスを活着させた流木を作っておく」というもの。ここまでできれば、最早何も言うことはありません(あまりに面倒なので、私自身、やっていませんが・・・)。
水草を投入させる際には、以下の点について充分な注意が必要です。
一つは「投入量」。これは、初めてチャレンジするキーパーが陥りやすい失敗例です。「個体にとって充分な自然環境を」という配慮から、大量の水草を買い込んできて投入し、翌朝、全滅している稚ザリを前に呆然と立ち尽くす・・・というパターンが一般的で、明らかに酸欠によるものです。根は落とされているとはいえ、水草は立派に呼吸していますから、えてしてこういう状況は発生するもので、エラを空気にさらす直接呼吸能力に乏しい稚ザリの場合、なおさら危険です。また、水草の腐敗に伴う水質悪化も、その量が多ければそれだけ急激に進行しますので、決して侮れません。通常の60センチ水槽であれば、2〜3セット(5〜6本が束ねられているものを1セットと計算)で充分でしょう。
もう一つは「調理」。これも、彼らへの「深い愛情」が引き起こす悲劇の一つです。確かに、稚ザリはあらゆる能力が不充分ではありますが、だからといって、水草や青菜を茹でて与えることは薦められません。これは、成体でも同じことがいえるのですが、茹でた状態の水草や青菜は、生草よりも急激に腐敗し、水質をみるみる悪化させてしまいます。水質の悪化には特に弱い稚ザリにとって、これはかなり厳しい負担となりましょう。愛情も、ここまでくると行き過ぎですから、気をつける必要があります。基本的に、投入時の調理は不要であると考えて構いません。
稚ザリが丈夫に育つためには、とにかく「栄養価の高い餌を充分に与える」ことが大切です。一般的な熱帯魚でもそうですが、この時期に育て渋りますと、あとになってから影響の出る場合があります。満遍なく、バランスの合った投餌体制を組んでおくことが大切です。