繁殖講座 第10講
稚ザリ期の水槽管理
独り歩きが始まって数週間もすると、キーパーの心に「無事成功!」という言葉が浮かんできます。事実、これからは日を追うごとに個体も大きくなって、また「ザリらしく」なってきますから、その感触も、ますます大きく伝わってくることでしょう。
しかし、ここは「意外なミス」の多いところでもあります。一歩間違えると、前日まであれだけ元気だった稚ザリたちが、無惨な姿になってしまうこともなくはありません。その時のショックは・・・申し上げる必要もありますまい。
繁殖講座の最終講は、ズバリ、そんな悲劇を防ぐための様々な要素について、触れてみたいと思います。
換水のタイミング
いくら気をつけているとはいえ、もともと高水温の稚ザリ水槽は、他水槽と比較しても、水質悪化は早く進みます。しかも、約1カ月間にわたって差し水のみで耐えてきた水のこと。当然、換水が必要になってきますが、ここのポイントは、非常に難しいものがあるといえましょう。早すぎると稚ザリにダメージを与え、遅すぎると水の汚れに稚ザリが耐えきれなくなります。いくら、ヤビーが強健だといっても、稚ザリは、まだまだ充分な体力や適応能力を持っていないものです。種に限らず、最も「経験」を要求されるのが、この部分かも知れません。
孵化直後から独り歩き開始までは、換水自体を控えるべきですが、独り歩き開始後も、体長が1センチ程度になるまでは、弱めの換水でしのぐ方がよいでしょう。換水量を全体量の1/4以内に抑え、注水流が個体に直接当たらないよう、ゆっくり注水して行きます。稚ザリは各自ころ合いを見計らって脱皮していますから、水槽内は「常に脱皮直後の個体がいる」と考えるべきで、そこに強水流で注水することが無謀であることなど、最早申すまでもありません。エイの水合わせほどの気づかいは不要ですが、できるだけ優しく換えてやりましょう。
水質変化もそうですが、水温変化も急激な場合は厳しく、(これも厳密な温度合わせは必要ありませんが)換水前より5度以上は上下しないよう、新たに加える水の温度に気を配る必要はあります。井戸水などなどを使う場合には地水の水温を、水道水を使う場合には、その時々の水温をチェックしておくようにするとよいでしょう。あまりに急激な水温変化が発生しますと、稚ザリたちはショック状態を起こしてフラフラになり(一般的に「踊る」ともいいます)、数時間で弊死する場合があります。
稚ザリと強制脱皮
さて、これは意外なことかも知れませんが、稚ザリにとっては、意図的な水質変化が、うまく成長を助けることがあるとされています。キーパー間でよく語られる「強制脱皮」というものです。強制脱皮は、状況に応じて成体に対しても行うことがある「荒療治」のひとつで、決してお薦めできるものではないのですが、盛んに脱皮を繰り返す稚ザリについては、成体と比較してハッキリと結果が見えるとされています。当然、独り歩き直後の個体にはできませんので、独り歩き開始から最低でも1カ月、体長も2センチ程度の状態まで育ってからにしましょう。
方法は、換水前後の水温が5〜7度くらい下がるような形で、一遍に全量を換えてしまいます。事前に餌を与えておき、捕食完了を見計らってから取り掛かる・・・という方法をとる人もいますが、これは「絶対条件」ではありませんので、条件さえよければ、そのまま取り掛かってもよいでしょう。ただし、換水直後の投餌だけは避けるようにします。個体からすれば、充分なショック状態下にあるわけで、とても餌に手を伸ばせる状態ではありませんから・・・。その後、慎重に観察を続けると、数日のうちに続々と脱皮を始めます。うまく行った時などは、底層が稚ザリの脱皮殻だらけになることもあります。そのまま様子を見ながら、徐々に投餌を開始するようにしましょう。
さて、この強制脱皮ですが、他の項目でもたびたび触れています通り、学術上何の裏付けもない、いわば「民間療法」のようなものです。ですから、水質や水温の変化度合いやその許容範囲などについては、統一的なデータが存在しません。その数値は、それぞれのキーパーにおいて微妙に異なる点も不思議ですが、当然、許容範囲を超えた刺激を与えれば、個体は死んでしまいます。安易にお薦めできないのは、こうした理由によるものです。各キーパーも、自分で得た感覚を元に、個体に重大な影響を及ぼさないギリギリの線で負荷をかけ、脱皮させているようです。
強制脱皮は、決して「しなければならない」ものではありませんので、少しでも不安があるようでしたら、止めておく方が賢明でしょう。また、日ごろからそれぞれの個体の脱皮タイミングと、その時々の水温変化などをデータ化しておくことが、自分なりの「線引き」ができるようになる第一歩であるといえます。
水温の適正化
孵化後2カ月近く経過すると、個体もだいぶ大きくなってきます。共食いもますます熾烈になる時期ですが、このころになると、各個体の優劣もハッキリと出始めてきますので、いよいよ種親候補の選り抜き作業にかかることになります。選り抜き作業については、既に述べてありますので、ここでは、この時期の飼育全般について述べることにしましょう。
まず、この時期にやっておきたいのが、表題にもある「水温の適正化」です。季節に合わせた繁殖をした場合、ちょうどこの時期は9〜10月ごろになりますから、無加温水槽の水温は、そろそろ20度を切り始めるころかと思います。稚ザリ水槽だけが高水温である状態のはずですが、他の水槽との水温ギャップが大きくなり過ぎないうちに、水温を戻さなければなりません。これは、個体の共食いを抑制させるだけでなく、越冬を考える際には非常に重要で、この時期を逸すると、冬の間、常に加温せねばならないこととなります。基本的には、他水槽が18度(温度格差10度)を割り込む前に取り掛かるべきでしょう。
具体的な方法についてですが、いきなりヒーターを外すのは不適当で、やはり、少しずつ温度設定を下げて行くべきだと思います。このころには、個体にも相応の体力が備わっているものですから、1日2〜3度ペースの降下で問題ないでしょう。連日、少量の換水を繰り返して行くことで、水温を徐々に下げるという方法もあります。いずれにせよ、常温まで下げた段階でヒーターを取り外し、あとは外気温の変化に任せるようにすれば問題ありません。ヤビーの場合、孵化直後でもなければ、まず「低温が原因による弊死」はありませんので、秋仔でもなければ、そのまま冬越しさせて構わないだろうと考えます。秋仔の場合は、まだ低水温に耐えるパワーがありませんので、ヒーターは取り外さない方が無難でしょう。
なお、冬場を加温状態で飼育を続ける場合ですが、それでも水温は低めにセットした方がよいようです。確かに「高水温下」環境の方が、個体の成長も早く、いいように思えますが、個体にある程度の「季節感」を与えておくことは、後々の水温変化や繁殖にとって、非常に大きな影響を及ぼします。季節外れの不可解な脱皮や産卵などは、こうした「経験」を積ませていない個体に多く、当然、いらぬトラブルの元になりましょう。春仔であれば18度前後、秋仔でも20度程度で充分だと思います。
アメザリの場合、よくキーパー間で語り合われるものの中に「種親として使うなら秋仔がよい」という考え方があります。アメザリ繁殖においては、よほどの場合を除いてヒーターなどによる水温調整をしませんから、当然、秋仔は、春仔に対して成長スピードが遅くなるのですが、こういう時期に「育て急ぎ」をせず、じっくりと育てた個体の方が、成体になってからの「強さ」が違う・・・ということを意味するのでしょう。基本的には私も同感で、佐倉におけるヤビーの繁殖も、実際の加温期間は、当初よりもぐっと短い、2カ月弱の期間になっています。
あとは、じっくりと観察を続けながら、多くの「素晴らしい個体」を作って欲しいと思います。自分で手掛けた繁殖個体が立派に成長するのも、キーパーにとっては非常にうれしいことではありますが、やがて、それらの個体が、よき「お母さん」になり、自分の生まれた同じ水槽で、稚ザリたちと戯れる姿は、キーパーにとって、これ以上にない「いい絵」になるはずだろうと、私は確信しております。