繁殖講座 第8講

孵化と稚ザリの扱い



 繁殖もいよいよ大詰め。卵の孵化が始まります。「安定期」ということで、多少気を抜いていた我々キーパーも、もう一度気を引き締め直して、新しい生命を迎えたいものです。
 さて、同じ「新しい生命」でも、卵の時と稚ザリの時とでは、ケアの仕方が多少違ってきます。まずは、孵化直後のケアについて考えてみましょう。



稚ザリが孵化した!

 産卵を始めてから数十日、卵の孵化が始まりました。今までは辛うじて卵の姿しか確認できなかったメス親の腹節内部には、かわいらしい稚ザリがいっぱいしがみついています。キーパーである我々が、まず最初の喜びを感じる瞬間ですね! さて、この時期、キーパーには、やっておくべき作業と、やってはいけない作業があります。これらをしっかり理解しながら、稚ザリの独り歩きを待ちましょう。
 まず、やっておくべき作業についてですが、これは
「水温を徐々に上げて行く」という作業です。種によって孵化時の適正水温には差がありますが、ヤビーの場合は、だいたい20〜25度といったところですので、これを1日1度の見当で、だいたい28度程度まで引き上げて行きます。一度に引き上げてしまうのは非常に危険で、あくまでも「1日1度」ペースを遵守しましょう。「28度に至る前に稚ザリが独り歩きを始めてしまった」というようならば、それでも別に構いません。とにかくゆっくりと水温を引き上げ、個体の新陳代謝能力アップに伴う成長促進を目指します。
 この際、「何なら、卵の時から高水温にしておけばいいじゃないか?」というふうに考えてしまいがちですが、正直、これはお薦めできません。これについては、前講で御説明した通りです。
 一方、やってはいけない作業ですが、これは
メス個体への刺激と換水作業。いずれも、生まれたばかりの稚ザリに大きなダメージを与えます。「卵の状況を確認するため」といえば、確かに聞こえはよいのですが、メス個体からすれば「余計なお世話」以外の何物でもなく、最悪のケースでは、落卵(ないしは脱皮前個体の落下)や稚ザリの捕食などがあり得ます。中には、交尾後から流木の陰に隠れ、一切姿を見せないメス個体もいますが、それならそれで任せるしかありません。水温上昇については、独り歩きが始まってから行っても、問題はないからです。
 一方、換水作業についてですが、これは「繁殖全体を通して、どこまで水質を維持できるか?」という点が大きなポイント。繁殖水槽の水量や抱卵中の投餌など、事前のセッティングさえきちんとしておけば、この時期に「どうしても換水しなければならない」という状況を防ぐことができます。とにかく、孵化直後の急激な水質変化は、稚ザリにとって非常に厳しいダメージとなりますから、
換えるとすれば、本当に少量ずつ、時間をおいて繰り返す形をとります。


独り歩きに備えて

 孵化したザリは、その後2度の脱皮を行い、晴れて独り歩きを始めます。水槽の底砂上をチョコチョコと歩き回る稚ザリの姿は、経験したキーパーでないとわからない「至福の喜び」を感じる瞬間ですね。この姿を一度でも見てしまうと、もう辞められない・・・。キーパーとは、因果なものです。
 ただ、ここで喜んでばかりもいられません。水温の上昇作業に合わせ、もう一つ、やっておかなければならないことがあります。そう、
「水槽の模様替え」です。
 抱卵期間中の水槽は、いわば「メス親にとって最も居心地のいい環境」にセットされていました。これを「稚ザリにとって最も居心地のいい環境」に変えるのが、今回の仕事です。そして、そのために考えるべきことは
「いかに複雑にし、いかに表面積(歩行面積)を増やすか」ということでしょう。これから約半年の間は、一部の選り抜き個体を除くと、相当な高密度下による飼育は避けられません。当然、それによるストレスや危険も小さいものではなく、幾分かでもそういうマイナスを解消させることは、キーパーに課せられた「義務」だといえます。
 さて、そのためのセッティングですが、最も代表的かつ有効なものが、
流木とネットでしょう。流木は、形状自体が非常に複雑なもので、穴あきタイプのものなどが適当です。しかも、下手にレイアウトするよりも、無造作に放り込んでおくぐらいの方が効果的で、彼らはそういう状況の中から、順次適当な「居場所」を見つけて行きます。流木については、もちろんアク抜きをした方がよいのでしょうが、アク抜き剤を使ったりするのは好ましくありません。繁殖を始めようとする段階で、バケツなどを使い、水に漬け込んでおけばよいでしょう。種にもよりますが、ヤビーやアメザリなどといった強い種の場合、飼育水がある程度黄ばむくらいならば、ほとんど影響はありません。
 次に、ネットについてですが、これは、いわゆる「水草代用」と考えていただければよいでしょう。確かに、稚ザリ水槽にとって水草は必需品で(餌の項目にて詳述)すが、あまりの多量投入は、酸欠の原因になったり、水質悪化の引き金になったり・・・というマイナス面が出てしまいます。そこで「代用品」の登場ということになるわけです。
 現地養殖施設では、こういう場合、「オニオンバッグ(玉ねぎの出荷用網)」を使うのが一般的です。しかし、それはあくまでも相応規模の養殖池でのこと。水槽にそのまま応用するには、多少の無理もありましょう。そこで、現在最も一般的に使われるのが、いわゆる「ウール濾材」。テトラ社の「エーハイフィックス」などがこれに当たります。これを適当な量だけ準備し、軽くほぐしてそのまま水中に放り込めばOK! 元々が濾材ですので、水に与える影響がない点は、我々にとって非常に安心できる要素ですね。気をつけなければならないのが、投入密度の問題で、あまりにも多すぎると、親ザリがこれに引っかかり、死んでしまいます。水流によって回転してしまう状況でもなければ、ネットは必ずしも底層に接地しなければならないわけではありません。親ザリも、しばらく同居させるわけですから、
必要最低限の行動範囲を確保してあげるようにしましょう。
 ただ、中には水槽の「見栄え」がどうしても気になってしまう方もいらっしゃるようで、「エーハイフィックスはどうしても使いたくない」という声も、時折耳にします。そういう場合に役立つのが、これまた濾材の一種「リング・パイプ型濾材」です。シポラックスやエーハイメックなどがこれに当たります。稚ザリのサイズに合わせて、底層にばらまいておく方式をとりますが、見栄えのいい反面、面倒なのが、成長に合わせて投入したものをチェンジしなければならない点と、終了後は、いちいち回収しなければならない点。これさえ我慢できれば、いい方法ではあります。これも、整然と並べるよりは、ある程度雑多に放り込む方がよいようです。基本的には、各1〜2カ月見当で、エーハイメック→シポラックス→塩ビ管とスイッチして行きます。
 これらの設置が完了すれば、まずはひと安心です。




 種類や個体の大きさによっても、その数はだいぶ異なりますが、たいていは「ン百匹」の稚ザリが水槽内にひしめき合うものです。多少の共食いは、やはり覚悟せねばなりません。もちろん、そのすべてを育てたいというのが、我々キーパーの偽らざる心情ですが、自然界においては、そのほとんどが淘汰されるのが常道。良い個体を残して行くためにも、多少の共食いによる互いの栄養確保は認めねばならないことでしょう。