繁殖講座 第7講

「安定期」の飼育ポイント



 ヤビーの抱卵期間は、水温によって大きく変わりますが、最も望ましいとされている20度にセットしたとすると、だいたい30〜40日程度になります。産んだ卵がメス親の腹肢にしっかりと付着する「安定期」に入るのは、産卵後7日間くらいたってからなので、ここで考えて行く期間は、実質的に約25日間程度というふうに考えればよいと思います。それでは、この期間の扱い及び注意点について、項目ごとに触れてみましょう。


餌と溶存酸素量

 多少の個体差はありますので、一概には決めつけられませんが、一般的に、この時期のメス親は、かなり餌喰いが細くなります(もちろん、そうでない食欲旺盛な個体もいますが・・・)。本来なら「生まれてくる仔のためにも、いっぱい食べなきゃ!」と言いたいところなのですが、こればかりは仕方ありません。むしろ心配なのは、継続的な大量投餌によって蓄積する残餌に起因する水質悪化です。「ペアリング開始からは、差し水以外の換水をしない」というコンセプトで行けば、投餌量の管理をしっかりしないと、そのツケがこの時期になって突然出てしまう場合が多いので、大きなダメージを負ってしまいます。「水温も変わっていないし、刺激を与えたわけでもないのに、突然、死卵が増え始めた」というケースの場合、たいていは、この「餌による水質悪化」が、大きな要因の一つに挙げることができますから・・・。
 反面、遠慮なくアップしていいのが
「酸素の溶かし込み」だといえましょう。メス親が卵をユサユサさせるのは、言うまでもなく「卵に新鮮な酸素を送るため」であり、それを手助けするのは、むしろ「当然」のことです。卵は、一度しっかりと腹肢に付着してしまえば、少々の水流程度には難なく耐えられるものです。ですから「産卵対応」ということで気を配っていたエアーも、障害のない(よくいう「洗濯機にならない」)程度で強くして構いません。
 で、その「障害のない」基準ですが、基本的には「親が動き回る状況で影響を受けない」というレベルでいいと思います。水の流れに逆らって動く時、個体がふらついてしまうようでは強すぎです。通常のエアーストーンならば問題ないのですが、フィルターの出水口やディフューザーなどが横向きになっている際の「横水流」は、個体によっては嫌うケースがありますので、注意が必要でしょう。「過ぎたるは及ばざるが如し」ですので、その点は
メス個体の動きを見ながら調節して下さい。


水温・水質・光量

 水温や光量については、以前の講で「変化をつけるやり方がある」ことを御紹介しましたが、抱卵期間中については、やはり「一定値にキープ」した方が安全です。卵にとって最もダメージが大きいのは、やはり「水温の大幅な乱高下」で、日格差3〜5度レベルが続くようですと、かなりの死卵が出てしまいます。高水温も充分危険なのですが、それでも一定している分だけマシかも知れません(さすがに32〜3度となると、話は別ですが・・・)。
 水質については、特に「抱卵期間中のための」特別水質はありません。というより、この時期から稚ザリの独り歩きが始まる時期までの間、キーパーが注意すべき水質に関するポイントは、「いかに水を傷めない(維持できる)か・・・」ということのみと考えていいでしょう。少々の汚れについては、濾材を増やしたり活性炭を交換したりという方法で対処するようにします。どうしても換水しなければならないようでしたら、上層部から少しずつ水を抜き、同じく静かに注水するようにします。この時期、底砂に相当の汚れが積もるというのは、それ以前のケアが不充分であったことを意味するもので、そうならないようにすることが一番なのですが、もしもそうなってしまった場合、常に底床に接しているメス個体や卵にとって非常によくないので、個体を驚かさないよう、細目のチューブなどで、静かに除去するようにして下さい。
「底床を清潔に保つ」というのは、繁殖における最重要条件の一つですから・・・。
 キーパーの一部には、「抱卵期間中については、卵への負担を考え、低pHでの軟水に維持すべきだ」ということを唱える人がいます。確かに、ディスカスなどですと、高pHであったり、硬水であったりすると、卵がそれに耐えられずに壊れてしまうということがありますので、必ずしも「根拠なき考え方」ではありません。事実、サンゴ砂などを使った「強烈な硬い水環境」で繁殖をやってみますと、(具体的な数値データはとっていないのですが)思ったほど仔がとれない傾向があるようなので、これから先、その原因などを詳しく突き詰めて行く必要はありましょう。ただ、だからといって「軟水にチェンジする」のがよいか・・・となると、それはそれで懐疑的なのが個人的な見解です。そもそも、卵にとって最も厳しいのは「水質の急激な変化」です。実際にやってみるとわかる通り、それがどういう方向であれ、卵にはいい影響を及ぼしません。だいたいにおいて、この時期の飼育水は「相当にこなれた」状態になっているはずですから、これをわざわざそうした水にスイッチする必要はなかろう・・・ということになるわけです。「こなれた水」というのは、非常に抽象的な、熱帯魚キーパー特有の表現なので、うまく説明できないのが残念ですが、同じ「古い水」でも、「傷んだ水」と「こなれた水」とは大違いです。メス個体にとっても卵にとっても、「こなれた水」の方がよいことは、いうまでもありません。
 光量及び照射時間については、やはり一定のペースを維持した方がよいのですが、特に神経質になる必要はないでしょう。ただ、あまりに強い光は、望ましくないとされることが多いようです。これは、光の持つ何らかの科学的作用による・・・というわけではないのですが、メス個体に与えるストレスという点で、避けておいた方が無難でしょう。反面、卵は「光がないと成長できない」わけではありませんので、メス個体を落ち着かせるという点で、暗めの環境をセット(あまり点灯させない)するというのも、一つの方法だと思います。ただ、経過を事細かに観察したいという気持ちが我々サイドにあるのも、厳然たる事実! ですから、なるべく静かな環境を維持できるよう努力し、点灯・消灯などの際に、メス個体を驚かさない範囲であれば、問題はないでしょう。
むやみな観察で、メス個体に負担を与えないよう、気をつけて下さい。


個体の水槽移管について

 繁殖期間中は、とにかく「余計なプレッシャーやストレス」を感じさせないことが重要で、それから考えれば、この期間中の水槽チェンジなど、もってのほかなのですが、キーパー側の都合で、どうしても繁殖途中の水槽チェンジをしなければならない場合があります。そんな場合、唯一うまくできる可能性が高いのが(といっても、決して推奨しているわけではありません)、この時期だといえましょう。ここでは、こういったやむを得ないケースでの対処法について触れておきたいと思います。
 まず、移管先の水槽セッティングですが、
事前に充分な水回しを済ませ、完全に「立ち上がった」状態にしておくことが望ましいことは、言うまでもありません。底砂や濾材構成・濾過システムなどについても、できるだけ移管前の水槽と同じ内容にしておくことが大切です。特に底砂の場合、大磯石からケイ砂へのスイッチなどは(もちろんその逆を含めて)避けるべきで、「前回はケイ砂で成功したから、今回も大丈夫!」という発想は危険だといえましょう。事実、繁殖はケイ砂でも大磯でもできてしまうものなのですが、それはあくまでも「最初から最後まで、その構成で乗り切る」ということが前提だということを忘れてはなりません。いくら丈夫なヤビーでも、卵の段階では相当弱いものなのです。
 準備が整ったら、いよいよ個体の移管にとりかかりますが、この前に、一旦移管先の水槽に入っている水を全部抜いて下さい。それで、現在抱卵個体がいる水槽の水を注水します(全量換水)。つまり、メス個体と卵にとって見る限り、
「少なくとも水については変化がない」状態にするわけです。これで、移管先の水槽が完全にできあがりました。
 メス個体は、網ですくって・・・と行きたいところですが、とにかく重要なのが
「腹部を振らせないようにする」こと。そのためには、網の使用はお薦めできません。沈めてある塩ビ管にメス個体が入り込むのを見計らって、塩ビ管ごと取り出してしまうとか、ビニール袋を沈めて個体をゆっくりと追い込み、それを水ごと取り出すという方法をとります。取り出した個体は、そのまま放置せず、ただちに(そして静かに)移管先の水槽に収容しましょう。
 このテクニックを存分に使いこなせるようになるには、やはりある程度の「経験」と「勘どころ」は必要で、同時に各個体の性格も充分に把握しておく必要があります。もったいぶった表現で恐縮なのですが、同じ方法でトライしても、最初のうちは成功したり失敗したり(失敗すると、卵は一挙に減ってしまいますし、下手するとほとんどなくなってしまいます)というパターンは、どうしても避けられません。ただ、うまくできるようになれば、1:複数での繁殖で、双方のメス個体が産卵しても、動じることなく水槽を分けることができるようになりますので、マスターしたいテクニックの一つではありましょう。




 このような状況で充分なケアを続けて行くと、やがてそれぞれの卵に、黒い小さな点が2つ、見えるようになってきます。そう、これが「発眼」です。待ちに待った孵化も、もうすぐです。