繁殖講座 第5講

さぁ、スタート!



 第1講から第4講まで、ああだこうだとつまらぬ屁理屈を並べてきましたが、ここからは、いよいよ水槽下における繁殖について、状況を追って御説明して行きたいと思います。


スタートの第1段階

 この段階では、充分に吟味して選ばれた種親個体と、同じく繁殖用に整備された水槽とがあるはずです。繁殖を納得の行く形で成功させるために、これらの要素は一つとして欠くことのできない重要なものばかりですので、もし、これらが完全でないと判断される場合には、その要素の持つ条件を充分に満たした上で開始されることをお薦めします。
 さて、我々キーパーが、まず最初にすることは、
水槽にメス個体を導入することだといえます。これについては「オスを先に入れるべき」「両方を同時に入れるべき」という、様々な「流儀」があり、それぞれに一理ある方法だとは思いますが、ここでは、実際に産卵〜抱卵という作業に従事するメス個体を水槽環境に馴染ませ、突発的な脱皮やトラブル、そしてストレスの発生を避けるという観点から、「メスを先に」という方法を採用したいと考えています。導入(スタート)時期は、そろそろ冬越しを終え、でもまだ繁殖には早い・・・という3月くらいが適当であろうと思います。できることならば、ペアリングを始める5月ごろよりも前に、一度その水槽で脱皮してもらうことが望ましいので、「3月で早すぎる」ということはないと思います。
 導入後は、餌と換水の点で、特別モードを施すようにします。まず餌についてですが、
植物質と動物質との比率を、心持ち動物質寄りに傾け、「高蛋白傾向」の体制にします。また、ハンバーグ、赤虫といったレギュラーの餌に加え、カキやアサリなど、ビタミンE成分を豊富に含んだ餌をローテーションに組み込みます。与えすぎは禁物ですが、欲しがるようなら、心持ち多めに与えて問題ありません。
 一方、換水についてですが、これにはいくつかの理由があります。一つは、投餌量及び餌質が変わることによる水質悪化の抑制、もう一つは、ペアリング開始前の脱皮促進です。詳しくは後述しますが、ペアリングが始まると、基本的には換水作業をしないで乗り切りますので、その前段階であるこの段階では、余計な老廃物やカス、ゴミなどが残らないように気をつけます。


効果的な「出逢い」のテクニック

 メス個体が水槽に充分馴染むころになりますと、水温もだいぶ上がり、そろそろペアリングを始めるべき季節になります。いよいよオス導入・・・ということになりますが、どちらかが繁殖初使用個体であったり、幼体時より単独飼育しか経験していない個体を用いる場合などは、いきなりの御対面が少々刺激的すぎる・・・可能性もありましょう。また、環境の変化により、オス自体が脱皮してしまう危険性も否定できません。そういう意味では、導入前のオス飼育水槽環境を、(水温・水質も含め)できるだけ繁殖水槽に近づけておく必要がありますが、これらに関連するトラブルを避けるために、最も効果的であると思われるのが、セパレーターによる一時的隔離飼育です。オスの導入が近づいた段階で、飼育水槽を一旦セパレーターで仕切り、その上で「互いの存在を意識させた隔離飼育」に入ろうというものです。この段階で、すでに無用な威嚇合戦を繰り広げたり、どちらかが極端に怯えるようならば、傷つけ合う前にペアチェンジができますし、オスが突発的な脱皮をしても、時間的な猶予を持たせることができます。慣れてしまえば、オス個体を入れた直後の動きでわかるものなのですが、ちょっとでも心配であれば、この方法をお薦めしたいところです。通常、2週間前後の観察で、次のステップに進めるかどうかがわかります。
 「こんな面倒なことをするなら、最初からセパレーターを組み込んで、同じ水槽で別々に飼えばいいじゃないか」という考え方もありましょう。事実、その方式は多くのキーパー間でとられていますし、それでうまく行く可能性も非常に高いものがあります。しかし、いくらセパレーターで仕切ったとしても、同居は同居。メス個体サイドからすれば、常に「誰かを意識した」状態を強要されることになります。この時期に充分な栄養をとり、できれば脱皮を済ませてベスト・コンディションへ引き上げるためには、「セパレーター」は完全な隔離道具になり得ません。多少面倒な方法をお薦めするのは、こうした理由によります。幾度か繁殖を経験し、見極めが自然にできるくらいになれば、「いきなりドボン」型対面でも、うまくいってしまうものですから・・・。
 餌については、通常通りで構いません。ただし、量については、水質悪化を避けるため、残餌のないようにする気づかいは必要です。その意味で、
オス投入後は、すでにペアリングが始まっていると考えるべきでしょう。
 先ほど、オスの突発的脱皮について触れましたが、多少厳しい言い方をさせていただければ、こうしたパターンでオスを脱皮させてしまうようでは、まだまだ見極めが不充分である・・・ということになります。脱皮の要因には様々なものがありますが、きちんとした環境設定である限り、(特に成体は)そうそうイレギュラーな脱皮などしないはずです。ですから、事前に充分な栄養を与えて環境を整え、春脱皮をさせてしまっておくべきですし、導入前後の水槽環境の差を最小限度に抑えることは、やっておいて然るべきでしょう。最も望ましい状況は、脱皮後充分な立て直しが完了した個体だ・・・といえます。


ごた〜いめ〜ん!

 さて、いよいよ御対面となります。実質的なペアリングのスタートとなりますが、その際の注意点について、いくつか触れておきましょう。
 まず、セパレーター除去の前に、双方の個体に餌を与えますが、これに関しては、多少多めであるべきだと思います。と申しますのも、この投餌は「セパレーター除去直後の喧嘩を防ぐ」ためのもので、シクリッドなどといった「テリトリー主張型」の熱帯魚を飼育された経験のある方なら、比較的よく知られた「喧嘩防止術」の一つだと思います。ザリガニも、シクリッドほどではありませんが、空腹状態のままでセパレーターを外したりすると、大変な喧嘩になる場合があります。ぜひ、試していただきたい方法の一つです。
 餌をたらふく食べると、だいぶ心(?)も落ち着くようで、それぞれお気に入りの場所に戻ってクターッとすろことが多いはずですが、これが、セパレーター除去の「最適タイミング!」。さっと手を入れ、素早く除去してしまいましょう。個体が外の動きに気づいて出てくるころには、もう、跡形もないような状態にするのがコツです。
 これから数時間が、見極めの第一段階! セパレーターのない状態で、個体同士がどういう動きをするのかを、じっくりと観察します。多少の小競り合いは仕方ないとしても、喧嘩が始まるようであれば、やむなくセパレーターを再セットし、一旦隔離しましょう。そして、数日おいて再チャレンジします。それでもダメなようなら、ペアチェンジを真剣に検討すべきでしょう。その後も、投餌時は、投入ポイントを数カ所に分け、トラブルを避けるようにします。もちろん、与えすぎは禁物。個体に余計なストレスを与えないためにも、「あとで取り出せばいいや」的な安易な分量設定はやめた方がよいでしょう。
 さて、「ペアリング取りやめ」の基準についてですが、佐倉では「どちらかが常に逃げ回り、片方がそれを執拗に追い回す状態」というふうに考えています。前述の通り、ペアリング開始当初は、多少の小競り合いは避けられません。小競り合いをしながら、互いを認識する・・・といってもよいでしょう。ですから、ちょっとやり合ったくらいで引き離すようでは、いつまでたってもペアは組めません。問題は「小競り合い」の後で、片方が、相手の退避スペースまで出掛けていってやっつけたり、常に威嚇行為を続け、相手がろくに餌もとれないような状態であった場合は、うまく行かないことが多いようです。個体にも性格がありますから、これでもって一概にすべてを片付けることはできませんが、基本的には、このレベルの基準でよいのではないかと思います。
 なお、こうした「威嚇行為」や「攻撃」は、一般的にオスの専売特許であるかのように思われており、事実、そうしたケースの方が多いのですが、必ずしも「オスだけ」ではありません。時には、メスがオスを「撃退」することもあります。やはり、ザリガニ社会も「女性の時代」なのでしょうか・・・。




 数日間、気をつけて観察を続け、大丈夫なようであれば、とりあえず「ペアは組めた」と考えて構いません。あとは、交尾・産卵を待つばかりです。