繁殖講座 第3講

繁殖可能個体の見極め



 実際に繁殖へ取り組む前に、ヤビーが自然下において、どのようなメカニズムでもって生殖活動をし、仔を次代に残しているのか? この点を洗ってみたいと思います。
 いうまでもなく、ヤビーの生活の舞台はオーストラリア。しかも、季節が正反対であることを除けば、彼らの棲息域である東南部は、日本とよく似た気候形態をとっています(日本の「温暖湿潤気候」と、オーストラリア東南部の「西岸海洋性気候」という違いはありますが・・・・)。ですから、水槽セッティングや、繁殖へのアプローチなどについても、現地の養殖文献に基づいたデータを、比較的素直に使うことができます。今回は、こうしたデータをじっくりと見つめながら、繁殖について考えてみますが、その前に、今、繁殖をさせようと思っている個体が、果たしてそれにかなうだけの充分な条件を兼ね備えているか・・・? これは、見極めておかねばなりません。



「冬眠」の重要性

 これは、文献などで「これ」といった記載があるわけではありませんが、繁殖の可否を握るという意味では意外と重要なことですので、最初に触れておきたいと思います。
 よく、キーパー内で「冬眠」という言葉を使いますが、厳密な見方をすれば、ザリガニの場合、「冬眠」はしません。ちょっとキツい言い回しですが、真冬でも平然と動き回ることはありますし、餌をとることもあるからです。これが、哺乳類でいうクマや、爬虫類でいうヘビなどの、本格的な「冬眠」と決定的に違うところです。水温がちょっとでも上がると、まるで冬場であることを忘れたかのように平然と歩き回り、餌を食べる・・・。ここらへんの「ボーダーラインの甘さ」は、クマやヘビなどとは比較になりません。
 ですから、低水温になると、個体の新陳代謝力が弱まり、「動くに動けなくなる」というのが正直なところで、言葉上で見る限り、「冬越し」の方が正確だろうと思います。便宜的に、今回も「冬眠」という言葉を使わせていただきますが・・・。
 さて、ではなぜ、ここで「冬眠」の重要性をわざわざ説かねばならないのか? これは、
個体の持つ「体内時計」と密接な関わり合いを持っているからです。確かに、ヤビーは、その気にさえなれば、通年での繁殖が可能ですし、セッティングの方法次第で、年間を通した連続繁殖も難しくはありません。しかし、基本的にヤビーは「夏型種」と呼ばれるグループで、春から夏にかけての繁殖を行うタイプです。きちんとした繁殖をし、丈夫な仔を数多く残して行くためには、このペースを遵守してやる方がよいことは、充分御理解いただけることでしょう(連続繁殖については、後の講で触れます)。だとすれば、種親個体に対し、しっかりした「季節感覚」を植え付けておくことが大切で、そのためにも「冬眠」は非常に重要なのです。細かなデータについては後ほど触れますが、しっかりと低温を体験させ、水温の上昇によって体内の「繁殖機能」を呼び覚まさせる・・・。これは、繁殖を成功させるための、非常に重要な要素だといえましょう。前講でも触れましたが、加温状態の個体がうまく繁殖できなかったり、輸入個体(特にオーストラリア便と称される個体)を、購入後ただちに使っても、うまいこと掛からない・・・などというものの原因には、こうしたことがあると思います。
 話が横道にそれてしまい、恐縮ではございますが、続けさせていただきます。「冬眠」をさせることによる効果は、何も繁殖だけとは限りません。ザリガニを飼育する際、一般的に「冬眠させた方が長生きする」といわれますが、これは、理にかなった説であるといえます。冬眠の経験は、個体にとって、繁殖機能以外にも、脱皮のタイミングなどを見計らうための、非常によいポイントになります。通常、成体になりますと、脱皮ペースは年間1〜2回で落ち着くようになりますが、春または秋といった予想される時期に、きちっと脱皮してくれる個体は、体内時計のピタッと合った、非常によい状態であるといえましょう。極寒期や超高水温期の脱皮は、体力を大きく消耗しますし、負担も掛かりますから、こういうことをする個体は、ある意味で「非常に切羽詰まった状態にある」ことを意味します。体内時計がきちんと動いていれば、通常、考えられないことです。つまり、体内時計がきちんと動いている状態は、人間でいう「規則正しい生活をしている」状態であり、そうでなければ「不規則な生活」だということになりましょう。どちらが長命か・・・。これは、改めて語る必要もありますまい。いずれにせよ、冬眠は、ザリガニにとって非常に重要である・・・ということです。


現地養殖場データから見る「理想の種親像」

 さて、冬眠の重要性を語らせていただいたところで、本題に戻しましょう。ヤビーは、オーストラリアのザリガニ養殖業界においては、ダントツの生産量を誇っています。食用という観点から見れば、もっと大きくなる方がいいわけで、その意味では、マロン・レッドクロウに加えて、いわゆる「スパイン系諸種」がいるのですが、マロン及びレッドクロウは気候及び水温・水質上不向きな土地が多いですし、(特にマロンは)設備も相応のものを必要とします。スパイン系については、もともと個体の減少が心配されている上に、何といっても成長スピードの遅さが、生産コスト上、致命的なマイナス要因です。昨今、その大きさを見込まれて、北アメリカ南部から中米地区にかけて、レッドクロウの養殖導入が続いていますが、少なくともオーストラリアにおいては、当分、ヤビーの王座は揺るがないことでしょう。
 ヤビー関連では、実に多くの情報があります(もちろん、英語・・・なのですが)。その中から、いくつかの数値データを出してみましょう。
 まず、最も重要なのが「個体の大きさ(年齢)」ですが、文献によって多少の差こそあれ、
一般的には1+(1歳以上)で行けるということになっています。体長についても、オスが100〜125mm、メスが70〜90mm(それぞれハサミを除く全長)が最低基準とされていますが、体長については、(特にメスの場合)必ずしもこの通りに行くとは言い切れない部分があります。また、オスとメスとの体格差についても、一般的には「オスの方が大きいことをよしとする」とされるものの、格差があまりに大きいと、メスが逃げ回ってしまうこともありますし、オスのテリトリー意識ばかりが強くなってしまうこともありますので、あえて大型のオス個体を使わない養殖場もあります。ですから、繁殖の上で見る限り「体格差は、よほど極端でもない限り、さほど大きな要素ではない」といって差し支えないでしょう。
 なお、「年齢は1+で行ける」としましたが、1+ギリギリ(前年の春仔など)の場合は、うまく掛からないこともあります。こういう場合、無理に同居させてトラブルを誘発させるよりも、もう1年寝かすか、秋繁殖を狙うかにした方がよいでしょう。2+にもなれば、どんな個体でも、ほぼ間違いなく使うことができましょうから、ここは慌てない方が賢明です。


欠損箇所のチェックポイント

 次に、個体の状況について触れておきましょう。
 種親として使うからには、やはり、欠損箇所がない(少ない)個体の方がよいに決まっています。繁殖も回数を重ね、事前に充分なペアができていれば、少々の欠損くらいは大したこともないのですが、初めてチャレンジするのであれば、すべて揃った個体を使う方が楽だといえましょう。その際、
避けたい欠損ポイントは、オスの第1・5胸脚と、メスの第1・3・5胸脚です。双方の第1胸脚は交尾の際のつかみ合いに使うほか、オスの第5胸脚とメスの第3胸脚には生殖器と産卵口があり、メスの第5胸脚は抱卵中のクリーニングに不可欠だからです。これらの事項は、ヤビーのみならず、すべてのザリ繁殖で共通することだと思います。
 さて、これは従来、あまり触れられていなかったことなのですが、ヤビーを含めたチェラックス属のザリを繁殖させる際、
「メスの尾扇欠損の有無を確認し、欠損個体の使用は避ける」という考え方があり、私も、この意見には賛成です。別の部分ならば全然構わないというわけではありませんが、これらの部分の欠損した個体は避けるようにしましょう。と申しますのも、(マロンでは確かめていないのですが)現時点で日本に入るチェラックス属各種の卵は、アメザリやタンカイ/ウチダなどと比較して、産卵当初の腹肢への粘着力が弱く、メス親も、どちらかというと「尾扇で卵を抱え込む」姿勢をとります。アメザリがよく見せるように、房状の卵塊をユサユサさせ始めるのは、産卵後1週間くらいたってからで、それまでの間、尾扇の「包容力」がモノをいうことは間違いありません。養殖文献の中にも、「欠損箇所のある個体は、速やかに繁殖水槽から除き、新しい個体を入れるべき」という文があるくらいですから、我々の考えている以上に重要なのかも知れません。欠損箇所のある個体は、その修復という観点からも、ペアリング中に脱皮してしまう可能性も無欠損個体より高いといえましょうから、この点でも危険性があります。


ペア組みの設定数は?

 最後に、準備する個体数について考えてみます。通常、飼育の際にはオス1:メス1の「1:1ペア」を想定しており、気の利いたショップではこうした形でザリを売っているケースがありますが、基本的に現地養殖場では、すべて「1:複数」での繁殖を行っているようで、文献でも、このやり方が推奨されているケースが多く見受けられます。慣れるまでの間は、当然その方がよいわけで、もし、水槽の広さにある程度の余裕があって、メス個体を複数準備できるようならば、ぜひ取ってみるべき方式だと思います。オスに対するメス数は、養殖種や養殖場によっても異なりますが、ヤビーの場合、1:2〜3程度で組むことが最も一般的です。今回も、このパターンを想定して話を進めます。
 ただ、ペアについては、冬場、アメザリなどの巣穴を掘ってみるとわかる通り、最終的には1:1で組まれるのが普通です。繁殖時の形態だけを見て、よく「ザリガニはハーレム型の繁殖形態を・・・」と語るケースがありますが、これは必ずしも的確ではありません。事実、一度順調に組めたペアは、その後も1:1繁殖でうまく行くケースが多く、脱皮・冬眠も含め、通年混育させても問題ない場合がほとんどです。ですから、ここらの部分については、
あくまで1:複数繁殖を基本に、状況を見ながら1:1繁殖にチャレンジするという考えでよいでしょう。




 これで、種親個体の最終確認ができました。それでは、繁殖用の水槽セッティングに入って行きましょう。