繁殖講座 第2講
種親を育てよう
では、既に繁殖をしたことがあり、自分で採った仔の中で繁殖を続けようと思う場合、どういう点に注意すべきなのでしょうか? 私は、これについても、やはりポイントは「種親の選定」にあると思います。つまり、生まれた仔の中から、いかに「いい種親」を探し出せるか・・・ということですね! ところが、この部分についての記事は、ザリガニに限らず、様々な種の繁殖記事を見ても、意外と少ないのが実状です。ここでは、その部分について、少し突っ込んで考えたいと思います。
強い母、美しい母
「いい種親」については、私が思うに「2つの観点」があります。第一点目が「累代繁殖を継続させる」、そして第二点目が「特色ある個体を作る」ということです。平たく申し上げれば、一概に「いい仔をとりたい」と思っても、その「いい仔」というのが、一体どんな仔を指すのか・・・。「強い仔」なのか「綺麗な仔」なのかということで、選び方が違ってくる・・・ということです。それでは、順に考えてみましょう。
まず第一点目。今後も累代繁殖を継続させて行くのであれば、当然ながら「強い仔」である方が望ましく、仔の持つ最大条件は、やはり「丈夫であること」に尽きましょう。丈夫な仔は、丈夫な親なくして考えられません。となれば、ここでの選定基準は、「いかに丈夫な種親候補を見つけられるか?」ということになりますね! 従って、選別の主眼は「強い個体」ということになります。
それでは方法論について見てみましょう。うじゃうじゃ歩き回る稚ザリの中から、いかにしてこうした個体を見つけだすかという判断基準は、ズバリ「成長スピード」にあると私は考えています。並みいる個体を押しのけて餌を獲得できる強さと、危険な脱皮を、そのつど見事にクリアした運の良さに見込もうというわけです。
こうして最も速いスピードで成長する個体たちを、キーパー内では一般的に「第一成長個体群」と称しますが、この個体群、必ずしも「強さ」や「運の良さ」だけで構成されたものではないような気がしてなりません。もちろん、これは学術上の裏付けを持たないものですが、孵化後早いうちに隔離飼育を行い、同じ水槽環境・同じ水温と水質、そして同じ量の餌を与えた場合でも、往々にして個体による成長スピード格差が発生してしまいます。つまり、第一成長個体群に属するような稚ザリたちは、「強さ」や「運」を超えた、成長のための何らかのプラス要素を持っているのではないか・・・ということです。事実、成長後の脱皮トラブルなどについて追跡してみると、(数値化したわけではありませんし、それほどのサンプル数をこなしてはいませんが)トラブル発生率は、明らかに第二成長個体群以降の個体の方が高いようです。また、産卵数にも、同様の傾向があるように思えてなりません。
確かに、これには「強さ」も「運」もありましょうけれど、こういった面から、第一成長個体群の稚ザリは、種親候補として、非常に有利であると考えるべきだと思います。
次に、第二点目について考えてみましょう。
「特色ある個体」といった時、その最右翼に挙げられるのが「体色」でしょう。ヤビーには、今となっては幻となりつつある「ヨーロピアン・ブルー(濃青光沢色)」個体を始め、「パール・ブルー(薄青色)」、そして明茶褐色などがあり、現地で確認されている限りでは、これに白色・黒色・赤色などが加わります。これらの個体を作出し、定着させて行くためには、当然、こうした要素を持った個体を種親候補として選り抜いて行くことに主眼をおきます。ただ、こうした「体色面での特色個体」は、残念ながら第一成長個体群には少なく、第二成長個体群以降に多く出てくる傾向があります。ですから、繁殖という面で見る限り、第一点目のケースよりも難しいと考えた方がよいでしょう。
さて、体色面での選り抜きに触れましたので、稚ザリと体色の関係について、少し申し上げておきましょう。現実問題で見る限り、稚ザリ段階での体色は、えてしてアテにならないケースが少なくありません。キンキンの青体色で、「ついにヨーロピアンが固まった!」と喜んでいると、次の脱皮でフツーの個体に・・・というケースは、よく耳にする話です。また、左の写真でわかる通り、まったく同じ時期に同じ親から生まれた個体(兄弟)であっても、ある程度育ってくることで、全然違った体色になってしまう場合が少なくありません。ですから、「種親として本当に適切かどうか?」ということを見極めるためには相当の時間が必要で、その間、成長に沿って何度も選り抜き作業を繰り返しながら、候補を絞って行くしかありません。また、親の体色だけで産まれてくる仔の色が決まってしまうと判断するのも早計です(もちろん、親の体色に似る傾向は確かにあるのですが・・・)。ですから、厳密な選り抜きを繰り返した結果、種親として使えそうな個体がたった1匹しかいなかったなどということも少なくなく、注意が必要です。こうしたケースを想定すると、選り抜き回数は、こちらの方が多めになってきましょう。
仕分けと選り抜き方法
それでは、具体的な選り抜き方法について考えてみましょう。熱帯魚業界(特にグッピー界)には「選り抜きは、孵化直後から始まる」という考えがあり、私も、特にそれには反論しません。新品種作出のために、グッピーのキーパーが傾けている努力と情熱には、ただただ頭の下がる思いがしますし・・・。
ただ、ザリガニの場合ではどうなのかと申しますと、形状にせよ体色にせよ、孵化直後での見極めは非常に困難であるのが実状です。この点から考えれば、実際の作業は、孵化後1カ月程度たってから始めるくらいでよいでしょう。また、追い回しによるストレスや、水槽移管に伴う水質急変など、生まれたばかりの稚ザリにとって、選り抜き作業を強行する上での「怖い要素」はぬぐいきれません。ですから、最初の1カ月は、とにかく「いっぱい食べさせ、元気に育てる」というスタンスで接するべきだろうと思います。
さて、孵化から1カ月がたつころになりますと、個体にも、徐々に成長格差が発生し始めます。また、独特の色合いを身にまとう個体も徐々に見られるようになります。厳密に「いつから始めるか?」という点については、各キーパー間で若干の相違がありますが、基本的には、このころくらいを一つのメドに、選り分けを開始することが多いようです。
まず、最も一般的かつ基本的な基準は「オス・メス」での選別。これは、グッピーなどで見られる「自然交配を防ぐため」ではありません。ザリガニの場合、学術上の裏付けはありませんが、孵化直後から2〜3カ月目にかけての成長スピードは、オスの方が早いという説があります。また、安易な選り抜きで水槽内のオス・メスバランスが崩れると、一挙に偏ってしまう・・・ということを唱えるメンバーもいます。後者については、私自身、ちょっと納得の行かないところがあるのですが、いずれにせよ、オス・メスで分けておいた方が、後々便利で、しかも安全であることは言うまでもありません。ですから、成長スピードに関わらず、まず最初に、これをやっておくことをお薦めする次第なのです。
オス・メスに分けることにより、水槽はこの時点で2本になります。交尾から孵化までの期間を充分に成功させるには、やはり最低でも60×45×45水槽以上は準備したいところですが、選り分け後は60×30×36の一般的な6M(ロクエム)水槽で構わないと思います。旧水槽の水を半分ずつ割り、残りは少しずつ加水して完成させます。あとは、気をつけて観察を続けましょう。
オス・メスの選り分けについては、少し気をつけなければならない点があります。それは「1度の選別で完全に分けられたと思うな!」ということです。慣れてしまえば大したことはないのですが、稚ザリの場合、見分けるための生殖器官はいずれも未発達の状態で、オスの突起が出ていなかったり、メスの産卵口が開いていなかったりなどというケースは、それこそザラにあるものです。ですから、1度判別した後も、1カ月に1度程度、定期的にチェックしておくことをお薦めします。
さて、これらのような「第一段階」の選り分け後、何をすべきかということですが、私はこういう時、迷わず「隔離用小型水槽を準備すべき」だと申し上げています。よく、佐倉にいらして下さった方が、30センチ水槽の多さに驚かれて行きますが、これは、この後に発生する作業で、どうしても必要になるものです。これらの水槽は、できれば孵化直後からセッティングを始めておき、この段階までには、ほぼ完全に立ち上がっていることが望ましいと思います。セットする本数は、それぞれの考え方にもよるでしょうし、エアーさえきちんと供給される状態であれば、30センチ水槽でなくとも、安価なプラケースで充分なのですが、累代繁殖のための充分な種親個体数を確保したいのであれば、オス用3、メス用3の合計6本くらいは欲しいところです。
気をつけて観察を続けていると、ある日、突然変わった体色の個体がちょこちょこ歩いていたりします。また、周りの個体と比較して、飛び抜けてデカくなっている個体がいたりします。これが選り抜きのポイントです。綺麗な個体を作りたければ前者を、丈夫な個体を作りたければ後者を、それぞれ混育水槽から抜いて小型水槽に移し、種親候補として単独飼育しましょう。もちろん、中型水槽を何本か準備して、「大きなグループ・小さなグループ」というような「絞り込み型」の選り分けをしても構いません。いずれにせよ、このような選り分け作業を孵化後半年くらい続け、種親候補を確定させます。
種親候補の育て方
さて、将来のキーとなる種親候補、一体どう育てていったらよいのでしょうか?
もちろん、種親候補といっても、所詮は同じザリガニ。特に「これ」といったポイントはなく、通常の飼育で構いません。むしろ、変に特別扱いすることで、マイナス面が出てしまうことさえあるのです。その代表格が「余計な加温飼育」。少しでも順調に、早く育てようと、冬場に加温飼育して、翌春、いざ繁殖の段になって「ペアリングを受け付けない」と嘆くケースは、実のところよくある話です。これは、加温状態によって個体の体内時計が狂っている(今が繁殖シーズンであるという認識を持っていない)ことによるもので、もちろん「下手な加温」が原因です。また、これ以外に、餌の過供給などによる障害も、場合によっては考えられましょうから、キーパーである我々が「過ぎたるは及ばざるが如し」を肝に銘じておかねばならないでしょう。個体の体内時計その他の分においては、また別の講座にて触れますが、ここで気をつけなければならないのは、やはり「特別扱いをしない」ということです。
なお、これと多少関連することですが、種親候補の「育て急ぎ」は、絶対に避けるべきでしょう。ともすると、こちら側の繁殖計画に合わせる(間に合わせる)ため、ガンガン育て上げようとしたくなりますし、個体も、多少はそれに応えてくれますが、問題は「成長した後」。育て急ぎの個体は、脱皮障害や産卵不全、卵の空撃ち(無精産卵)などを起こしやすい傾向がある・・・とされているからです。もちろん、学術上の裏付けはありませんので、中には順調な繁殖活動を始めてくれる個体もいるのですが、長くつきあって行く個体たちですから、慌てず、じっくりと時間をかけて育て上げることをお薦めします。
ヤビーの場合、早い個体ですと生後約1年から繁殖に使えます。ただ「1年目から使わなければならない」ということではありませんので、様子を見て、不充分だと思えば、次のシーズンを待って使う勇気も必要です。じっくりと育て、丈夫に成長すれば、必ずその先には「いい結果」が待っていますから・・・。
「幼なじみの恋」と孔子の教え
かつて孔子は、その教えの中で「男女七つにして席を同じうせず」と説きました。昨今の教育観では、いささかなりとも批判の避けられない考えですが、実のところ、ザリではこれが見事に当てはまるケースが少なくありません。「いざという時に喧嘩をしないよう、小さいうちから一緒に育て上げたのに、それこそ、いざという時になって、全然繁殖のそぶりすら見せない・・・」というようなケースです。こんな時、ペアチェンジをしたり、一旦隔離させた個体同士を同居させた途端にオス・メスとも交尾を始めてしまうというケースが多いので、余計びっくりしてしまうことになるのですが、実のところ、こうした事例は、よく聞く話の一つです。
この原因が、果たして本当に「席を同じく」してきたからかどうかは、学術上、はっきりとは裏付けられていません。しかし、状況証拠だけでは間違いなく「クロ」で、なおかつペアチェンジでの効果が大きいことを考えると、やはり「小さいころからの同居は避けておいた方がよいのでは・・・?」ということになりましょう。「幼なじみの恋は成就しない」という恋愛のジンクス、もしかしたらヤビーにも当てはまるんでしょうか・・・?
多少話がそれましたが、だいたいにおいて、ペアリング開始時に、(特に初繁殖同士などの場合)多少のトラブルはつきものであって、それまでをも恐れる必要はありません。充分観察し、深刻なようであれば、初めてペアチェンジをすればよいことだろうと思うのです。一度うまく行ってしまえば、少なくともその組み合わせで行く限り、かなり楽な展開が期待できますので・・・。
個体の見極めが終われば、いよいよ繁殖に向けた動きが始まります。