リアル「キング・カズ」
山本 和範外野手
その風貌から「ドラ(=ドラキュラ)」と呼ばれながらも、ファンから最も愛され、そして慕われ続けていたのが、この山本選手でありました。近鉄を自由契約になった後、野球への想いを断ち切れなかった彼の「バッティングセンター伝説」は、あまりにも有名なエピソードですが、仮にそんなエピソードがなかったとしても、彼の人間的な素晴らしさ、そして、男としての「根性」は、日々のプレーの1つ1つからにじみ出ていました。いや、それだけ凄い選手だからこそ、そんな伝説が生まれたのかも知れません。
ドラさんというと「恐怖の二番打者」というイメージがあり、活躍中のマスターズリーグでも、そうした打順で登場することが多いのですが、実際には、塁に出てチャンスを作るというよりも、どちらかといえばクリーンアップを打つことの多い豪快な選手でありました。至宝・門田の前を固めたり、後ろに続いたり、はたまた「第二の四番」といわれる七番の打順に座って、クリーンアップ後に出塁した選手たちをバット一本でホームに迎えたり・・・と、どちらかというと長距離砲としての魅力、そしてポイント・ゲッターとしての魅力に溢れていたのです。
ですから、チャンスになればなるほど、ファンは彼に対して大きな声援をし、そして期待しました。門田さんや外人選手などが相手チームから敬遠されでもすれば、そのボルテージも最高潮に! 肩を小刻みに揺らし、ゆっくりと打席に入るドラさんの一挙手一投足を見つめました。そして、そんなファンの期待にキッチリと応えてみせるのが、ドラさんの、ドラさんたる所以なのでした。閃光一発をスタンドに叩き込むと、いつも通り、ちょっと癖のある走り方で、ダイヤモンドを一周します。ファンの声援を、喜びをしっかりと捉え、その声援に応えながら、ベンチ前に出てきた選手たちとハイタッチを繰り返して行きます。それは、球場のスタンドに陣取る南海ファン全員に「ああ、俺は南海ファンで本当によかった!」と思わせてくれる瞬間なのでありました。
攻撃が終わり、守備位置へつくドラさんに対し、外野スタンドの南海ファンからは、ヤンヤの大歓声が起こります。そんな時、ドラさんは、必ずそれに応えてくれました。時には笑顔で、そして時にはこんなガッツ・ポーズで・・・。西崎・阿波野・ナベQ・秋山・清原・・・と、錚々たるパ・リーグ美男子軍団の誰よりもカッコよく、そして男らしく見える瞬間でありました。
試合を離れれば、ドラさんほどファンに優しい選手はいませんでした。サインして貰いたいがために、寒い夜、球場出口で待っているファンの姿を見ると、サインと一緒に、優しい言葉を掛けてくれました。中には「寒いし、風邪ひいたら大変だぞ! それにあんまり遅くまでこんなところにいると、母ちゃんが心配するだろうから、早く帰りなよ」という、そんな心配までしてもらって、ますますドラさんのことが好きになった人もたくさんいました。引退してからも、その笑顔には何の変化もありません。冒頭の写真にあるサインは、マスターズリーグを観に行った時に御本人に入れていただいたものですが、声を掛けるファンのところにわざわざ近づいて、1人1人に直接声を掛けながら、現役時代と全く変わらぬ笑顔で接している姿に接することができただけでも、観に行った甲斐があったとさえ思わせてくれるものでした。野球選手としてはもちろん、人間として、男として偉大であったのが、この人そのものなのです。
やはり「ドラキュラ」というのは誤解も多いでしょうし、色々な問題点もあったようで、晩年は自らを「カズ」と呼び、そして、その名でファンに愛されました。たとえ「ドラさん」でも「カズさん」でも、山本選手の魅力には、何ら変わりはなかったのです。彼は、別のスポーツ界で抜群の存在感を持っている「キング・カズ」ほど有名ではないかも知れませんが、技術、根性、そして人間性のどれを1つとっても、その「キング・カズ」に負けない、真の「キング・カズ」であることは、その時、スタンドで彼を応援していたすべてのファンが、100%保証してくれることでしょう。リアル「キング・カズ」・・・。彼こそ、南海ファンの「誇り」であり、難波の「星」でありました。