産みの苦しみ
畠山 準内野手(15)




 「名将蔦監督の下で甲子園を湧かせた池田高校のエース、あの畠山投手がホークスに入る!」 毎年、ろくな補強もできずに低迷にあえいでいたチームを支える南海ファンにとって、これは非常に嬉しいニュースでありました。やれ「新人賞当確だ!」、やれ「20勝上積みできれば、優勝戦線に残れるぞ!」と、期待は否が応でも高まりました。
 しかし、プロの壁は厚く、数年経った夏、彼は真昼の大阪球場で懸命にバットを振っていました。ただでさえ地味なチームの、しかも、投手から打者に転向して2軍調整中の選手など、普通の野球ファンが覚えているはずなどありません。毎年のように登場するキラ星のようなニュー・ヒーローの陰で、いつしか「ハタヤマ」という名前を口にするファンもいなくなりました。
 観客もほとんどいない真昼の大阪球場。うだるような暑さの中、明日の1軍レギュラーを目指す、若い選手たちの声が響きます。そして、そうした若い選手に混じり、一心不乱に素振りを繰り返す畠山選手の姿もありました。
 「ハタヤマぁ、お前はこんなところにいる選手じゃないだろう・・・」 そうヤジりたい気持ちがグッと押し戻されるくらいの、すさまじい気迫が周囲を覆っていました。飄々として、苦労など知らないような「お坊ちゃん顔」に、少しずつ「風格」が見え始めてきてもいました。球団が南海からダイエーへと変わり、そしていつしか、彼は横浜ベイスターズへと放出されました。しかし、その間も、彼はひたすら、素振りを続けました。
 彼が、再びファンの前に姿を現したのは、巨人戦のテレビの中でした。誰でも知っている巨人投手陣から痛烈なライナー性ヒットを打ち返す横浜の選手に、ファンは驚きました。

「誰だよ、あいつは!」
「ホラ、畠山だよ。昔、池田高校でピッチャーやってただろ!」
「南海入ったけどだめで、バッターに転向したんだよ」
「へぇ〜、それにしてもいいバッティングしてるよなぁ・・・」
「そりゃあ、プロになるくらいだもん、センスが違うんだよ・・・」

確かに、超一流の野球センスはあったことでしょう。しかし、あのヒットは、そのセンスを遥かに凌ぐほどの練習と、血の滲むような努力を経て、初めて生まれたものなのです。相も変わらず飄々とした笑顔で1塁ベース上に立っているベイスターズ戦士は、その昔、緑のユニフォームを身にまとい、壮絶な「産みの苦しみ」に立ち向かっていたのでした。