カッコよかったなぁ・・・
デビッド内野手
昭和61年・62年の2年間、ホークスの中核打者としてプレーしたデビッド内野手。応援団員として連日球場に通っていたためか、どの選手も比較的冷静な目でみることができたはずなのですが、この選手に関してだけは、どうしても冷静な気持ちで語ることができません。ナゼかって? それは、私の中で、彼こそが「最も大好きな野球選手」の1人だったからです。
記録としても、別に凄い成績を残したわけでもなく、鳴り物入りで入ってきた超有名プレイヤーでもありません。同時期に活躍していた巨人のクロマティーや阪急のアニマルみたいに、派手なプレーやアクションで観客を魅了していたわけでもありませんし、むしろ、他球団の外国人選手に比べれば、目立たない選手でさえありました。ガッツポーズも挑発ポーズも見たことはなく、ただ粛々と打席に立ち、黙々とプレーをしました。ガツーンとスタンドに叩き込んでも、まるで何事もなかったかのように、淡々とグランドを1周して行きました。
とりあえず2年間在籍していたことを考えれば、「超失敗トンデモ害人」ではないのでしょうが、逆に、2年間しか在籍していなかったことを考えれば、どう好意的に見ても「超優良外人」とまでは言えないでしょう。多くの球団の、多くの選手と同じ、「ごくごくフツーの外人選手」の1人だったはずです。それなのに・・・。
彼の持つ何が、ここまで私の心を捕らえたのか・・・。その本当の理由は、彼が日本を去って15年が過ぎようとしている今になっても、私自身、わからないままでいます。でも、彼のどこかに「男惚れ」してしまうようなカッコよさがあったことは間違いありませんし、不思議な「オーラ」を感じ取ることができたことも、間違いありません。現に、あの当時でも、フツーの外国人選手とは違った「コアなデビッド・ファン」が何人もスタンドに陣取っていましたし、応援団仲間でも「デビッドの個人旗を作ろうか?」という話が挙がるくらいだったのです。「個人的な好み」だけではない何かが、ファンの心を魅了していたに違いありません。
弱小球団に在籍した、特徴のないフツーの外人選手・・・とあれば、仮にこの先、「外人列伝」みたいな本が出たとしても、写真入りで載ることはないでしょう。このまま、記録の海に埋没して行くだけの選手なのかも知れません。しかし、1人くらい、ずっと思い出の中に輝かせている人間がいてもいい・・・。「61」という数字に出会うたびにピクリと反応し、風呂屋の下駄箱やコインロッカーに何かをしまう時、無意識に「61番」を探してしまう人間がいてもいい・・・。私は、そう思っています。緑のユニフォームが世界一似合うアメリカ人は、こんなにシブく、カッコよかったのです。