基本編3・流木の素材と名称(1)




写真:マングローブ・ルーツ材で組んだ待避スペースに身を隠すヤビー(平成3年撮影)。
懐かしい写真だが、この時期は、生体も用具も、比較的単純な名称ですべて通じていた。




 観賞魚に限らず、広くペットの世界では「(広い意味での)品物名」と「商品名」が異なる、あるいは混同されるケースが少なくありません。この場合「××のつもりで購入したが、実際には××ではなかった」という問題が起こったり、「商品自体はよく見掛けるけど、名前がどんどん変わってしまって、どれが××だかわからない」というようなことが起こります。実はこの問題、現在の流木に関してズバリ当てはまってしまう部分でもあるのです。

 右の写真は、いずれも「マングローブウッド」という商品名で販売されている流木です。このショップさんは、非常に広い仕入れルートをお持ちのため、流木も様々な業者さんを通じて仕入れられてきますが、こうやって並べてみると、商品名は同じでも、全く異なる木質であることは一目瞭然ですね! もちろん、この違いがアク抜きの有無による違いでないことも充分に理解できると思います。
 10年ほど前までは、流木に対して、わざわざ商品名をつけて価値化することなど、あり得ないことでした。流木は、あくまで「流木」であって、あえてこれらを分けるとしても「アク抜きが済んでいるかいないか」・・・ということに対してくらいでした。かなりこだわりのあるショップでも、せいぜいマングローブ・ルーツ、ローズウッド、サバンナウッド・・・程度の素材分けが精一杯であり、素材や品質によって細かく区分することは、逆にショップ側の方が嫌がっていたのです。事実、そのころは、卸業者さんから送られてくる受注ファックスにも、そこまで細かい区分はなされていませんでしたし、今でも、古くから営業しているショップの中に、流木販売の箱が2つしか用意されていないショップが多いのは、そのころの名残であるともいえます。こうした動きが激変し始めたのは、2000年代初頭ころから現れ始めた「アクアガーデニング」というジャンルの台頭でした。
 このジャンルでは、それまでの「魚も泳ぐ水草水槽」という概念を大きく覆す様々な要素が付加されて行きました。「水景」というコンセプトの下、単に水草と底砂のみに頼らず、木や石などを巧みに組み合わせた壮大かつ繊細な水槽レイアウトが重視されるようになったのです。必然的に、それまでの流木にも、様々なニーズが求められようになると同時に「陰の添え物」から、ともすると生体にすら引けを取らないほどの「重要なアイテム」へと大出世したわけです。アクアリストのニーズも、そして品質や形状へのオーダーも、どんどん大きなものとなって行きました。「流木」が、「ただの流木」では済まされなくなってきたのです。
 その結果、この10年ほどの間に、様々なメーカーから、様々な名称を冠した流木が一気に出回るようになりました。これはこれで、ザリガニ・キーパーにとっては非常にありがたいことでもあったのですが、同時に「商品名=素材名」という図式は、完全に崩れ去ってしまったのです。
 もちろん、これは、決して悪いことばかりではありません。理由はどうあれ、需要が増えれば供給も増えるのが経済の大原則ですから、この時期以降、それまで流木に見向きもしなかった業者やルートから続々と流木が供給されるようになり、選択範囲や選択機会は劇的に改善されたといえます。それでなくてもザリガニ飼育の場合、アクアガーデニング用とは全く異なる基準で選ぶのが普通ですから、供給量が増えること自体、より好適な流木を選べるチャンスも増えたことになります。これは、大いに歓迎すべきでしょう。
 しかし、様々なルートから様々な形で出てくるようになると、当然、その副作用も現れるようになります。これが「品質のばらつき」です。

  

 ここに、2つの流木を用意し、少しもったいないですが、わかりやすくなるよう削って断面を出してみました。あえて業者名は出しませんが、いずれもかなり有名なルートから入ってきている流木です。この2枚の写真、パッと見て、同じ材質のものでないことは、すぐにご理解いただけるとは思いますが、このいずれもが、商品名の中に「マングローブ」という言葉が入っているのです。つまり、商品名だけで買い物をするとすれば、これらは「同じ材質」になってしまうワケです。マングローブ材といえば、ザリ飼育にとっては非常に好適な素材であるというのが一般的な考えですが、左の写真が「未アク抜き」で、右の写真が「アク抜き済み」というワケでは、当然ありませんよね?
 もちろん、これらのうち、どちらかの業者さんが「ウソ」をついているわけではありません。流木について少しでも調べた経験をお持ちの方であればご存知のことと思いますが、「マングローブ」とは、たとえば「ヒノキ」とか「クヌギ」などのような、植物の「種名」を指す言葉ではなく、熱帯域の河口付近で、海水の塩分が日常的に入り込む湿地帯の森林、あるいは、そう言う場所に生える植物全般を指す言葉だからです。基本的にこうしたエリアには、主にヒルギ類が一定勢力を持って生えているのが普通ですが、同じ「マングローブ」でも、その採取エリアによって材質が大きく変わるのは、当たり前のことといえましょう。
 また、仮に同じ材質であったとしても、供給量が大きく伸びて来た中で、もう1つ、新たな問題が出てくるようになりました。ここ4〜5年、このようなご質問が多く寄せられるようになりましたので取り上げてみましょう。


「マングローブの流木が非常によいということで、購入して水槽に投入しましたが、ザリガニが全然齧ってくれません。どうしたらよいですか?」

 もし、こういう疑問を投げ掛けられたら、みなさんは、どうお答えになるでしょう? もちろん、流木への反応には個体差がありますから、「流木を齧る個体もいれば齧らない個体もいる。個体差なので気にする必要はない」という感じの回答が、予想される最も一般的なものかなぁ・・・と思います。
 それでは、このような質問はどうでしょうか?


「いつも同じショップで流木を購入していますが、私が飼育している個体はよく流木を齧るので、今回は少し大きめで形のよいものを買って投入してみました。ところが、今度は全く齧ってくれなくなってしまいました。同じマングローブだし、店員さんも、同じところから輸入した同じ木だといいます。形として齧りにくい状態になっているわけでもありませんし、アク抜きとかの状態も以前と全く変わっていませんでした。ただ、サイズが大きいだけで、全く同じ木を買っているはずなのに・・・。どうしてでしょうか? 試しに流木を半分に割って小さくしてみましたが、様子は変わりませんでした。理由がわからなくて困っています」

 こうなると、当然「個体差」という回答で納得していただくことはできませんよね? 実は、この質問に、今回知っておかねばならない、新しい問題の可能性・・・が隠されているのです。みなさんは、お気づきになられましたでしょうか? これについては、項目(2)で改めてご説明することとしましょう。

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