夏祭り!ザリガニ喰って、暮れ太る!?

 北欧の夏の風物詩ともいうべきお祭り、ザリガニパーティー! 禁漁が解ける8月、北欧の人々は屋外で茹でザリガニを囲み、酒を酌み交わしながら楽しい夜のひと時を過ごします。そんな楽しい夏のお祭りを、ぜひ日本の人たちにも楽しんでもらおうと、平成21年夏、スウェーデン発祥の世界的家具ショップであるイケア(IKEA)が、国内各店舗で会員限定・定員制のパーティー開催を発表しました。ザリガニ好きとしては、当然、これを見逃すわけには行かないっ! ということで、夏のお祭りといえば、どうしても「盆踊り」が思い浮かんでしまう典型的な胴長短足の日本人が、スウェーデンのお祭りに突撃してみました。子どものころから食べ慣れている「塩茹で」とは少々違う、ヨーロピアン・テイストのザリガニ料理とは、一体どんなものなのでしょう・・・?



 パーティー開催の情報を耳にして、本当ならばすぐにでも行動を起こさねばならなかったのでしょうが、「やれ臭いだキモいだと、元々ザリガニにはあまり良いイメージを持っていない日本人のことだから、いくら天下のイケアが主催するっていっても、わざわざお金を払ってまでザリガニ食べたいと思うようなモノ好き人間なんて、そうそういないはず」と、ナメて掛かっていたのが運の尽き・・・。暫く経ってからホームページを覗いていると、最も近い船橋イケアは、すでに満席締切になっているではありませんか・・・。船橋イケアのみならず、横浜港北などにもソールドアウトの表示が・・・。これには大ショック! 大慌てで埼玉県のイケア新三郷店に赴き、チケットを入手します。油断していた自分が悪いとはいえ、ザリガニを食べるために、わざわざ隣の県まで出掛けなければならないとは・・・トホホ。



 さて、当日! 昼過ぎには自宅を出て、ウキウキしながら県境の江戸川を渡り、埼玉県三郷へ・・・。夕方前に到着すると、店内のイケアレストランの一角に、何やら不思議なゾーンが・・・。ん? ずいぶん派手な飾り付けがしてあるぞ!

 気になって、レストランの入口近くに行ってみると・・・やっぱり! 一角が仕切られ、中に入れないようになっています。ここが今夜の会場になるわけですね!

 会場の様子を、外からちょっと覗いてみましょう。天井の飾り付けは終わっているみたいですが、スタッフの方が、忙しく準備に走り回っています。ウム! こっちもだんたん、テンションが上がってきたぞぉ! ふと、入口を見てみると、ボードに下の写真のような説明が・・・。



 改めて天井を見てみると、月をモチーフにした提灯に、切り飾りはナ、ナント、ザリガニではありませんか! これには感動! ザリ好きのテンションは否応なく上がってしまう・・・というものです。ただ、満月を象った提灯に描かれた笑顔は、チト怖い・・・(苦笑)。ちなみに、この提灯は「月の男」「月男の微笑み」などと呼ばれ、ザリガニの切り飾りとともに、このお祭りの「マスト・アイテム」なのです。売店でも、しっかり販売されていました。さすがに購入まではしませんでしたが、こういうグッズが定番商品となっていて、そのシーズンではどこのお店でも普通に買える・・・ということ自体、このお祭りが国民的な行事になっていることを意味していますよね?

 会場オープンまで、まだ少し時間があるということで、カミサンに付き合って店内をひと巡りした後、いよいよ会場へ・・・! 受付でチケットと引き換えに好きな飲み物を1本いただき(カミサンが帰りは車を運転してくれるということで、当然、ここはビールでしょ!)席に着きます。ザリガニ祭りでは「お約束」の紙帽子にペーパーエプロンとナプキンが、かわいらしくセットしてありました。よく見てみると、こちらも月のデザインなんですね。ザリさんがお月さんの鼻を挟んでいる絵柄は、なかなかユニーク(笑)。ザリガニ祭りでは、こうした絵柄の紙帽子とペーパーエプロンを必ず着けて臨むのが「お約束」になっています。

 続々とお客さんが入ってきますが、開始まであと少し、時間もあるようです。テーブルに用意された「ザリガニ祭り」の説明を読みながら、待つことにしましょう。なお、この紙は、イベント終了後、帰る前にスタッフの方にお願いして1枚ずついただいてきたものですので、参考までに下に載せておきました。ぜひ、みなさんもご覧下さい。



 さり気なくテーブルに置かれていた紙ナプキンの絵柄が、これまたザリガニで大感動! カミサンも「かわいい!」と大喜びなのでありました。満月の夜に男女のザリガニがダンス・・・と来た! こういうグッズに囲まれて、さぞやスウェーデンのお祭りは盛り上がるんだろう・・・なぁ。
 ちなみに、もしこれがアメザリなら、向きこそ違え、オスがメスのハサミを押さえ、腹節は双方ともピーンと伸ばし、完全な交接姿勢です。ちょっと考え過ぎ・・・か(苦笑)。

 まず最初に運ばれてきたのが、パンとチーズ。テーブルに置いただけでも独特の香りを感じる、かなり強い風味のチーズです。多少好みは分かれるかも知れませんが、このクセのある香り、大好き・・・(笑)。ちなみに、食パンの横に置かれている半円状のパンは、スウェーデン人御用達の「ソフトアークティック」というパン。食パンみたいなフカフカ感はありませんが、チーズやスモークサーモンなどを挟んで食べると、これまた美味! イケアに出掛けた時は、ぜひお試しあれ!

 ワクワクしながら開会を待っていたら、向こうから大きなカートがガラガラと・・・。いよいよ「主役」のザリガニが登場です! もしかしてノーブル? それともウチダ・・・? 近寄って見てみると、真っ赤に茹で上げられていたのは、アメザリでした。ちょっとガッカリ(苦笑)。

 元々、スウェーデンを始めたとした北欧地域における在来種は、ノーブル・クレイフィッシュ(Astacus astacus)でした。この祭り(風習)は、文献としては16世紀半ばから行なわれていたとの記録があり、現在のようなパーティーのスタイルが確立したのは19世紀初頭ごろとされていますが、現在に至るまでの間、ノーブル・クレイフィッシュは、乱獲による激減と、ウチダザリガニ移入に伴うザリガニかび病の蔓延によって2度もの壊滅的なダメージを受けることになります。時の政府は、こうした状況を踏まえ、ザリガニに対する禁漁期間を設け、保護に取り組んできました。この祭りが夏に行なわれているのは、(時代によって多少異なりますが)毎年8月の第2週より2週間だけザリガニ漁が解禁されたためで、禁漁期間の撤廃された現在でも、この風習だけは残り続けています。ですから、夏の期間が短い北欧にあって、まさに、短い夏の終わりを告げる「季節のお祭り」なんですね。ちなみに、ノーブル・クレイフィッシュなどを始めとしたヨーロッパ原産のザリガニが含まれるアスタシダエ科のザリガニは、秋に交接して産卵し、冬の間の抱卵期間を経て、翌春に稚ザリが孵化します。禁漁が夏期の間だけ解かれるのは、こうした繁殖の期間を避けるためだったのですね。

 現在、北欧地区におけるノーブル・クレイフィッシュの棲息数は、積極的な保護活動の効果とも相俟って、ほんの僅かずつではありますが回復の兆しが見え始めているといわれています。しかし、国民全体がパーティー用として消費できる量には程遠く、そのための流通量は、現在も非常に限られたものになっています。かつて、ザリガニの世界的輸出国であったスウェーデンは、今や世界屈指の輸入国となっており、こうしたお祭りで消費されるザリガニも、主として中国、アメリカ、スペインなどで生産されたアメリカザリガニと、ヨーロッパ各地で猛威を振るっているウチダザリガニが主流となっており、また、量が少ないために値段は高いですが、ヨーロッパ南部・西部で養殖されているナロウクロウド・クレイフィッシュ(Astacus leptodactylus 右の写真)も流通しています。特定外来生物法による規制以前、観賞用として輸入されていたザリガニに、ヨーロッパ原産の種がほとんど含まれなかった中、ナロウクロウド・クレイフィッシュだけが定期的に輸入されていたのは、こうした形で養殖された個体が転用できたからだったのです。

 さ! それじゃ、気を取り直してアメザリの料理をチェックしてみることにしましょうか? 現地の人々も、今じゃほとんどの人がアメザリを使ってザリガニ祭りを楽しんでいるワケですし・・・ね。それにしても、こうやってドカーンと並べられると、壮観です。

 見た感じ、日本での「塩茹で」とあまり変わらない印象を受けますが、茹でる際には、塩だけではなく「ディル」という香草(ハーブ)を大量に入れるのがスウェーデン流・・・。さらに、茹で上がったザリガニの上には「ディルクラウン」といって、ディルの生葉や花の部分などを飾り込みます。ハーブが好きな方であればおわかりのことと思いますが、このディルという香草には、独特のスパイシーな香りがあり、少々強めの塩味と酸味に加えて、何ともいえない緑の香りが鼻をくすぐります。

 そしてもう1つ、スウェーデン流の大きな特徴の1つが「茹でたてではなく、冷ましてから食べる」・・・ということ。家庭で作る場合、前日に茹でたものを冷蔵庫などで丸一日寝かし、キッチリ冷やしてから食べるのが一般的です。味噌の部分がスープ状になり、塩味が結構強めに感じるのも、もしかしたら、そうした理由からかも知れませんね。
 ちなみに、最近では、捕まえてきたザリガニを家庭で茹でて作ることも減り、ほとんどが冷凍のザリガニを買ってきて作るそうです。さらには、すでに味付けで茹でた上で冷凍された「出来合い商品」も増えており、冷蔵庫で前日からゆっくり解凍して食べる家庭もどんどん増えているそうです。こうした事情もあって、スウェーデン国内で消費されるザリガニの多くが、アメリカ産や中国産の調理済み個体だそうですが、日本でいえば、さしづめ「レンジでチン!」みたいなものですから、この状況は、ちょっと複雑・・・。

 料理が並べられると、さっそくカメラ片手に、参加するお客さんが周りを囲みます。不思議なことに、どことなく「遠巻き」な、いかにも微妙な距離感がアリアリ・・・(苦笑)。ごくごく一般の日本人にとってみれば、やっぱりザリガニは、本当に珍しい「食材」なのでしょうね。少年時代からザリガニをフツーに喰ってきた田舎人間からすれば、こっちの光景の方が不思議なんですけど・・・。

 パーティーのスタートにあたり、開会の挨拶やスウェーデンの文化やパーティーの歴史などに関して説明が行なわれた後、スウェーデン人のスタッフによる「食べ方」(・・・というか「剥き方」)の説明がありました。剥き方の基本は万国共通といったところですが、日本では「中の味噌をほじって喰う」のに対し、スウェーデンでは「中のスープをジュージュー吸う」のが流儀・・・。そのため、開く際の頭胸甲の「位置」が、少し異なります。日本式で開けちゃうと、スープがこぼれちゃう(笑)。
 洋食の世界で「音を立てて飲んだり食べたりする」のはマナー違反で、それこそ「お下品極まりない」食べ方ですが、このお祭りの日だけは、音を立てて中のスープを飲むことが許されており、参加者全員で、ここぞとばかりにジュージュー吸っている・・・とか。これまた、おもしろい習慣ですね。

 それでは、さっそく取ってきてみましょう。ディルで煮込んでいるためか、それとも、レモンにディルの飾りがついているからか、いつもの塩茹でと違って、ちょっと洋風っぽいぞ・・・(笑)。大きさから見て、明らかに2+以上のイイ個体ばかりですね。やっぱり喰うには、これくらいの大きさの個体でないと、醍醐味が味わえません。

 中のスープがこぼれないように開き、教えてもらったようにジュージュー中身を吸った後、腹節を剥いて食べて行きます。ディルの風味が濃く、塩味も強めで、日本版「塩茹で」とはひと味もふた味も違う感じですね。本当なら、第1胸脚もしっかり食べたいところですが、爪切りハサミと楊枝が用意されていないので、今回はガマン・・・。これがウチダなら、絶対にチャレンジするところですが、爪の細いアメザリの場合、爪肉を取り出すのもひと苦労です。

 やはり、多くの参加者のみなさんは、剥いて食べるのに苦労しているようで、スタッフが再度、食べ方を説明していました。それぞれに個体を手に取りながら、まさに悪戦苦闘といった感じです。こういうのに関していえば、やっぱり最後が「今までにザリガニを食べた回数」がモノをいうワケでして、私たち夫婦は、フツーにムシャムシャ・・・(苦笑)。



 ちなみに、各テーブルには、初体験の人のための写真付き「剥き方」ガイドが置かれていました。それが、下のものです。



 ザリガニパーティーといえば「お約束」なのが、これ!

 ジャガイモを原料に作られる蒸留酒で、スウェーデンを代表するお酒「アクアビット」です。蒸留酒ですから、当然、アルコール度数もイイ感じなわけで、このお酒は40度! ブレンデッド・ウイスキーとほぼ同じくらいの強さですね! キンキンに冷やしたこのお酒を可愛らしいショットグラスに注ぎ、ザリガニを喰いながらストレートでグビッ、グビッと空けて行きます。会場に入る時に、1人1本、缶ビールをいただきましたが、やっぱりザリガニ料理も本場なら、お酒も本場じゃないと・・・ねぇ。元々、ウイスキーをストレートでいただくことが大好きな私にとっちゃ、マジで幸せ、いい気分(笑)。
 現地の人々が、行く夏を惜しみながら、陽気で賑やかに騒げるのも、美味しいザリガニに、おいしいこのお酒があればこそ・・・なのです。

 おっと! 酔っぱらう前に、食べる個体についても、ちゃんと見ておきましょう。

 茹で上げられた個体をよく見てみると、大きさはだいたい揃っているものの、このように色合いは様々です。ザリガニの場合、外甲の厚さはもちろんですが、元々の個体の体色によっても、茹で色が変わってしまうのは有名な話ですね。当然、オレンジ色の個体よりも真っ赤な個体の方が美味しく見えるものです。
 その昔、ヤビーの青個体が観賞用としてもてはやされた時期があり、年に数回、特定の時期になるとドサッと輸入されていましたが、ヤビーの場合も、緑褐色の個体に比べて、青色系の個体は茹で上がりの色がオレンジ色っぽくなってしまう傾向があり、食用としては「B級品」になってしまうワケです。観賞用として、しかも特定の時期にだけまとまって輸入があったのは、こうした食用個体としては高値の付きづらい「ハネ物」を、観賞用に転用していたためだったんですねぇ。こういうことも、きちんと調べて行くと、様々な理由や背景が見えてくるものです。ザリガニの世界は、やっぱり奥深い!

 陽気に騒ぐお祭り・・・ということで、有志による演奏もスタート! 恥ずかしがり屋で奥ゆかしい日本人ですし、敷居の1枚向こうには一般の来店客もたくさん・・・ということで、さすがに大騒ぎという感じにまではなりませんでしたが、そこは手拍子、足拍子・・・。片やザリガニ、片やアクアビットで、陽気な時間は過ぎて行きます。

 それぞれの座席には、こんな冊子が1部ずつ・・・。そう!「ザリガニパーティーのための唄本」です。中身はスウェーデン語なんで全くわからず、スウェーデン人スタッフの方が何曲か歌ってくれて、一緒にとりあえず一生懸命、歌ってみましたが、カタカナに直さないと、さすがに無理っぽい(苦笑)。
 ただ、わかる範囲で一生懸命読んで行くと、だいたいどの歌も、一番最後は「スコ−−−ル!」になってる(笑)。要するに「一曲歌うごとに、みんなで乾杯しましょ!」ってワケなんですね。ザリガニ1匹食べるごとに、そして歌を1曲歌うごとに、強烈なアクアビットをストレートでグイッと一気飲み・・・。そりゃあ、酔っぱらって陽気になる・・・というものだわなぁ(笑)。

 当初はおっかなびっくり食べていた参加者のみなさんも、時が経つに連れてザリの美味しさに目覚めたのか、新たにどんどん補充されているにも関わらず、空っぽになる大皿も続出! 調理方法や食べ方は少々違っても、ザリガニの美味しさを知るということは、本当に嬉しいことです。

 ふと、脇を見てみると、ザリガニの食べがらが、ここまで積み上げられておりました。確かに、可食部が少ないので「ムダ喰い」の印象も持たれがちですが、いい気分で舌鼓を打っていると、あっという間にこんな感じになってしまうものです。

 イベントも終了に近づき、これまた振り返ってみると、アクアビットの瓶が、あらら・・・(苦笑)。念のために申し上げておけば、もちろん、これは私が1人で飲んだ分ではありませんぜ! すっかりいい気分になって、当然、帰りの車はカミサンに運転してもらって帰りましたとさ。




 文化の違いこそあれ、世界中のあちこちでザリガニが愛され、楽しまれているのは、本当に嬉しいことだと思います。食べることがきっかけであっても、ザリガニと向き合い、興味を持って彼らと接して行くことで、1人でも多くの方がザリガニの魅力に気づいて行くことができれば、それは、ザリガニたちにとっても、非常に意義あることだといえましょう。

 え? なぜ「夏に喰ったものが暮れに太るか」ですって? いえいえ、いくら食べても、きちんと運動すれば太りません! むしろザリガニは、高タンパク低カロリーのヘルシーフードなんですよ! ザリガニのことをスウェーデン語で「クレフトル」というので、ちょっと引っ掛けて「暮れ太る」・・・と。残念ながら不肖砂川、暮れだけではなく、年中太っているもんで、こちらは大問題なんですけど・・・ね(苦笑)。