第7講座(System-7)

育成期間中の注意点(1)
〜「隔離飼育」の本質とは?〜


明け抜き後、自らの目でもって選り抜いた個体に対しては、キーパーのみなさんも大切に単独または隔離飼育をし、脱皮ごとの体色変化に一喜一憂されることだろうと思います。これはこれで非常に楽しく、また有意義なことではありますが「それでは、選ばれなかった個体についてはどうするの?」という話になると、意外に語られないことが多いものです。もちろん、その時点で「何の意味も価値もない個体たち」だと断ずることができるだけの経験と技量があるのであれば話は別ですが、納得の行く高質な個体だけ選り抜いた後、飼い切れないと思って里子に出した個体が1年後に大化け・・・なんていう事例も時折聞かれるように、実は、とんでもないヒーローが、この「不合格チーム」の中に隠れている可能性があることを私たちは知っておく必要があります。こうしたことを考えれば「選り抜き」という作業は「選抜」という作業ではなく「選別」という性格の作業なんだ・・・ということがわかりましょうし、この言葉の意味を本当に体感できるようになってこそ、本当の意味での「選り抜き」が可能になるのだと思います。
とは言っても、やっぱり自分の基準で考え、自分の目で選り抜いた個体には愛着がありますし、何とか綺麗に育って欲しいと考えるのは人情というもの・・・。いくら「残った方にも注意を」と申し上げたところで、意識はどうしても「抜いた方」に行ってしまうのは自然の成り行きでもあります。そこで、まずはその「抜いた方」の個体の扱いについて説明して行くことにしましょう。
当然、選り抜いた個体は単独で飼育して行くのですが、この段階で、実は大きなミスをする場合があります。それはズバリ!「抜いた個体の収容方法」・・・。ひと口に「隔離飼育」といいますが、その方法には様々なものがあり「1匹で飼い、他個体と接触しないようにすればよい」という程度の発想では、この先になって大きな失敗を生むことになりかねません。つまり「その時期その時期の目標や狙いを考え、それに沿った単独飼育をしているか?」という点が大きなポイントとなるのです。
と申しますのも、調子に乗って10匹も20匹も選り抜くのはいいのですが、水槽がそれだけ用意できないものですから、細かい間仕切りを設けた小枠でストックしたり、酷い場合だとプラケや半切りペットボトルなどで個別ブースを設けて収容している・・・事例を耳にすることがあるからです。いかにもブリーダーっぽくて気分のよい方法に思えますし、だからこそ、こんなパターンでストックしてしまうのでしょうが、「いい青個体を作る」という観点からみれば、このパターンは残念ながら完全なミス・セッティングだ・・・ということになりましょう。
冷静に考えてみて下さい。この時期に必要とすべき一番大切な目標は何でしょうか? それは、1つに「青い資質をしっかりと持った個体を見極め、選び抜く」ことであり、もう1つは「じっくりと育て上げ、脱皮などのタイミングでの体色変化を見逃さない」ということです。こうなると、キーパーとして考えてやらねばいけないのは「個体が自分のペースで障害なく成長できる環境を確保する」ことであり、その点で考えれば、用意するのは「問題なく活動できるスペースとストレスなく脱皮できる環境と、それをつぶさに観察できるセッティング」に行き着くのは明々白々です。
確かに、多くの個体を小プラケなどでストックして水槽に納めたりしますと、いかにも「俺はブリードしてるんだなぁ」という気分を味わうことができます。そして、こうしたストックは、ショップや出荷前ストック場などでも普通に見られる光景です。しかし、私たちにとってこの時期、決して「出荷するために個体を殺さないよう、傷つけないようストックする」ことが目的ではありません。「傷つかないように分ける」のではなく「育ち方を観察し、発現状況を個別にチェックするために分ける」のです。個体の生存や成長にとってストレスのない環境を用意するのは必要最低限のことでしょうし、何かあるたびにゆらゆら動く小プラケや方向転換すらやっとのケース、四方八方から丸見えの半切りペットボトルに脱皮がやっとの小仕切枠で、果たしてストレスない成長が可能でしょうか? その環境は、その個体の持つ本質的な体色が発現できる環境でしょうか? そして、そんな環境で育てた個体を、その場の体色でもって「資質」として語れるのでしょうか?
いくらいい個体を選り抜く目があっても、そうやって抜いた個体をきっちり育てあげなければ、何の意味もないのです。そして、そうやって育て上げることをしなければ、選り抜いた基準が正しかったかどうかも、わかろうはずがありません。高ストレス下において体色が発現しきれない事例はたくさんあり、それによって体色が暗化するケースも決してゼロではないことでしょう。そんな感じで青味が濃くなった個体を眺めつつ「俺の目は正しかったなぁ・・・」では、あまりにもお粗末過ぎます。概してこういう場合、別に1本新しい水槽をあてがわれた途端、色がくすんだり飛んだり・・・なんてことになってしまうわけで、こうした様子を見て「環境が変わると、体色も変化するものです」などと説明されたら、もはや返す言葉がないことでしょう。こういう話をすると、「そこまで水槽を用意できないんだから、仕方ないじゃないか!」という声も出てくるかも知れません。まさにその通り! 仮にそこまで水槽本数を用意できないなら、選り抜く個体数自体を減らすべきなのです。多くのブリーダーの実績を見ていると、問題なく観察飼育できるスペースは、1匹につき30センチ水槽半分、もしくは45センチ水槽1/3が限界です。つまり、45センチ水槽1本しか用意できないのであれば、抜ける個体は最高でも3匹までだ・・・ということです。本当にいい個体を作り、そして、ヤビーとしっかり向かい合って個体を語るのであれば、それくらいは当たり前のことだといえましょう。
かくいう私も、ヤビーの累代繁殖を始めた最初のころは、そんなストックをしていましたし、それでいいと思っていました。しかし、そんな水槽を見て師匠が「気分を出すのはいいけど、時期を間違えるな! 何が目的で、何をやればいいのか? そのために、何をどう用意して、何を避けるべきなのか、しっかり考えなさい。水槽は、使わなくてもいい時は徹底的に節約し、使うべき時には万難排して用意するのが、すべての基本だよ」と、一言・・・。実際、しっかりとした見識でもって実績を上げているブリーダーさんの中で、すくなくともこの場面でそのようなストックをしている1人は、今まで1人もいませんでした。このように、ブリード前後の水槽状況をちょっと覗いてみるだけでも、そのキーパーやブリーダーの「実力」は見えてしまうものです。必要なのは、個体がストレスなく暮らせること、ちゃんと脱皮できること、そして、そういう環境下での体色発現状況を、しっかりと観察できる状態にしておくこと・・・。しっかりとした個体を見極めるために絶対必要であるばかりでなく、選り抜きでの「我が実力」を確かめ、次への「目」を養うためにも、この点は、決して忘れないでおきたいものです。



〜この章のまとめ〜

個体の「青」を見極める目的に沿った個体収容環境の用意は基本中の基本
水槽本数を用意できないなら、選り抜く個体数自体を減らすべき