ベタ赤色系個体



撮影 佐倉ザリガニ研究所

   佐倉ザリ研の独自データによる  この体色個体の特徴   
   観賞魚界における発見(報告)年と発見地域   平成6(1994)年・千葉県  
主な発見(棲息)状態 個体群型 突然変異型
固定度(形質の安定度)
流通量及び頻度
戻し交配の難易度 容易 困難





 発見の報告自体は非常に古くから聞かれており、採集業者さんなどの間では、既に1980年代初頭にはその存在を知られていた体色個体ですが、独自の名称により観賞魚業界で出回った最初のものは、平成6年に千葉県印旛郡本埜村(現千葉県印西市)で捕獲された個体を繁殖させたものです。その後、バリエーションとして認知されるに従い新たな発見地報告も増えて行き、現在では、宮城県〜香川県、広島県にかけて22例が知られています。情報内容を細かく確認する限り、いずれの地点においても比較的頻繁に、しかも以前より捕獲されていたというケースがほとんどですから、この場合、表現的には「新たに見つかった」というよりも「ここでも穫れるということが改めて確認された」という表現の方が正しいかも知れません。
 この体色個体は、青色個体とは逆に、その大半が「個体群」ではなく「混じりの1匹」として発見されるという、典型的な「突然変異型」の発見パターンを見せるのが大きな特徴だといえましょう。ただ、突然変異であるとするには、捕獲される地点における発生比率(発見報告の頻度)が高く、餌用などのために、その場所で通年にわたり相応量のアメリカザリガニを捕獲している採集業者さんなどにお話をお伺いしますと「捕獲した個体を丹念にチェックして行けば、年に数回は必ず揚がってくる程度のものだから、取り立てて珍しいと騒ぐほどのものでもない」というコメント内容に落ち着くケースがほとんどです。これは「何らかの条件が整うことで、常に一定量の個体がこのような体色に変異している」という可能性を示唆しており、非常に興味深いことだといえましょう。ただ、その要因については未だハッキリしていない部分も多く、解明が待たれるところです。
 この体色の個体は「ベタ赤」と呼ばれるように、成体になると出てくる濃赤黒褐色が全く見られず、非常にクリアな濃赤〜明橙色を身にまとうのが特徴です。基本的にこの傾向は、同タイプの個体同士で掛け合わせる限り、仔にも受け継がれて行きますが、その発現する色範囲は極めて広く、また不安定であることも大きな特徴の1つだといえましょう。


 さて、ベタ赤系の話をする時、必ずといってよいほど出てくるのが「スーパーレッドの存在と資質」についてではないでしょうか? 一部のマニアの中には、ベタ赤系個体のうち、濃いソリッドな赤体色の個体のことを「スーパーレッド」などと称して高い評価を与え、もてはやす風潮があり、その見方で行けば、差し詰め左側の個体などは、その「スーパーレッド」に近い個体ではないかと思いますが、あいにくながら両者は、同腹の兄弟個体です。左の個体は、色味の濃い個体を軟らかめの水でストックしながら成体まで育て上げたもので、右の写真の個体は、色味の薄い個体を、写真からもわかる通り、硅砂底床の環境で育てたものです。ある種の血統的な傾向から付加価値化したいという意図があると、濃赤にせよビビットなオレンジにせよ、血統的な資質として何らかの区別を図りたがる傾向が出てきてしまうのは、ペット業界における古くからの悪弊として仕方ない部分もありましょうが、同じ親から同じ時期に産まれた兄弟でも、これくらいの違いは簡単に出せてしまうというのが厳然たる事実で、体色にこだわって飼育をしようと考えるキーパーの場合は、充分な冷静さが必要であろうと思います。
 「存在自体は古くから知られていながら、何かを契機として急速に認知されるようになる」というパターンは、「クリア」「フェイデッド」「ゴースト」などの名称で取り扱われるようになった色抜け系個体にも共通していますが、ベタ赤系個体は、その過程の中で価値傾向がドラスティックに変わってしまったという点で、色抜け個体とは大きく性質を異にしているといえましょう。
 デビュー当初、圧倒的に高い評価が与えられ、もてはやされたのは濃赤色の個体でした。「スーパーレッド」などという実態のない表現が生まれてしまったのも、こうした理由があるからですが、この現象は、あくまでも「マニア」と称される一部のアクアリストの中だけのことで、「赤=通常色」という認識が強い一般のマーケットには、赤色が強いという特徴は、何らセールスポイントになり得なかったのです。むしろ「スーパーレッドとしては売れないハネ物」扱いであった明橙色系の個体の方が、一般の購買層に対してはインパクトが強く、その結果、マニアが集うネット売買の世界とショップやホームセンターなどといった実売の世界とで価値の離反が起こり、今度は明橙色の個体に対して「ブライトオレンジ」「クリアオレンジ」などという価値付けが行なわれるようになりました。1つの体色発現傾向に対し、価値の二極化と双方向化が起こっているのは、現在までのところこの体色グループだけであるともいえましょう。非常に不思議な、しかし面白い特徴です。





 前項でも触れてある通り、この体色の個体における仔体色の発現範囲の広さは、もはや血統的傾向という形では語れないものであり、たとえば「濃い赤の親同士を選択的に交配し続け・・・」とか「血統的に赤が濃い」とかいうような安易な発想は、最初から排除して取り組む方が現実的であるといえましょう。濃赤色にせよ明橙色にせよ、系統として作出するのではなく、得られた仔個体の中から、意図に沿って選抜する形で得ると考えるのが一般的です。従って、この体色個体の場合、その体色は、あくまでその個体に対してのみ適用されると考える方が自然であり、繁殖・維持もこの方針に沿って行なうようにします。必然的に、掛け合わせの手順よりも選り抜き(選別)の方に重きが置かれることとなりましょう。
 選り抜きは、独り歩き開始後すぐに行ないたくなるのが人情だとは思いますが、仮に稚ザリの段階で行なったとしても、その意味はほとんどありませんし、最終的には抜きミスのリスクを高めるだけです。はやる気持ちを抑えつつ、少なくとも数ヶ月は稚ザリの育成に全力を注ぐようにしましょう。濃赤色個体を選びたいと考える場合、その資質をよりハッキリと見極めるため、あえて赤の出にくい水槽セッティングを施した上で稚ザリを育成する方法もあり、これは効果的です。
 TLが3〜4cm程度になってくると、体色の要素でも徐々に個体差が現れてきますが、それでもこの段階での確定的な選り抜きは危険です。特に亜成体までの個体の場合、脱皮頻度が高い上に、脱皮の前後で体色が大きく変わったり、また、脱皮が近づくことで一時的に赤が強く揚がるなどの状況は、いくらでも起こり得るからです。このような状況を考えれば、選り抜きの方法も切り捨て型ではなく、2段階での格上げ型で行ない、成体直前にまで成長した段階で、最終的な選抜を行なうようにしたいものです。
 この体色個体の場合、基本的に他色個体を用いた掛け戻しの作業は行ないません。すべて同色同士で行なうのが基本です。ごくたまに、「桃色個体を得る」ことを目標に白色個体と掛け合わせるという事例を耳にしますが、絵の具の混ぜ合わせとは意味が違いますので、似た色の個体を得ることはできるものの、満足の行くピンク色になってくれるかどうかという点については、かなり微妙な結果になるのではないかと思えてなりません。




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