桃色個体



撮影 佐倉ザリガニ研究所

   佐倉ザリ研の独自データによる  この体色個体の特徴   
   観賞魚界における発見(報告)年と発見地域   平成11(1999)年・人工作出  
主な発見(棲息)状態 個体群型 突然変異型
固定度(形質の安定度)
作出方法により極端に異なる
流通量及び頻度
戻し交配の難易度 容易 困難





 デビューしたての「新色」として扱われやすいこの体色個体ですが、個体としてある程度固定され、初めて発表されたのは平成11(1999)年で、本格的な生産と出荷が始まったのは平成13(2001)年ですから、すでに10年を優に越える歴史をもっているグループです。
 この体色の個体を最初に作出したのは、日本最初の本格的ザリガニ商業ブリーダーである渡部久氏(現 動物屋Gecko代表)です。渡部氏は、1980年代前半、草創期の外産ザリガニ飼育の礎を築いた故 大木儀夫氏に師事し、徹底した飼育・繁殖技術を習得した後に独立。大木氏の技術に加え、独自の繁殖理論に基づいたブリーディング技術を確立しました。その後、掛け戻しによるオフ・ホワイト個体の作出やスノー系ブルー個体など、様々な特性を持ったザリガニを作出し、世に問い続けました。その渡部氏が、約5年間もの歳月を掛けて作出し、平成11年に発表したのが、この体色の個体です。渡部氏は、その色合いから、この個体を「桜色」を名付けて発表しました。現在、桃色系個体の多くに、この「桜色」という名称が用いられているのは、このためです。
 渡部氏は、青色個体の繁殖を続ける中で、成体になってからの褪色がどうしても避けられないことや、青色個体同士から採れる仔の中に、どうしても充分に青色を発現しきれない仔が、常に一定の数は必ず出てきてしまう・・・などという経験の中から「青色をより強く固めるために、こうした要素を徹底的に排除する」という、従来の発想を根底から転換し、青色個体の中における桃色発現という点に着目しました。累代繁殖の過程で出現するこうした個体、つまり、本来であれば「発現不良」ということでハネられてしまう個体を逆にピックアップして選抜交配する・・・という、気の遠くなるような作業を繰り返し、5年目にして、全く青色の発現しないという資質が受け継がれる個体の系統を作り上げたのです。つまり、この体色個体が持つ色は、「何らかの形で発現させた状態」ではなく、言い換えれば「青色個体の青色が完全に褪せきった状態」であることになります。これが、本家本元の「桜色」の出自です。ブリーダーさんの間で、これらの個体が「青ベース」と呼ばれているのは、このためです。上の写真は、渡部氏が発表した直後、最初に譲り受けた個体の直系個体ですが、まさに「青老成個体のツメに出てくる色」というべき明るい桃色であり、渡部氏の着目点の深さに、改めて感服させられます。
 この作出方法は、長年、渡部氏ならびに渡部氏と交流のあるブリーダーさん、そして、渡部氏に師事したブリーダーさんのみの間で守られてきたため、生産量も極めて少なく、技法が知れ渡ることもほとんどありませんでしたが、最近になって、他の作出方法によって生まれた個体によるトラブルが頻発するようになってきたことや、初めての系統作出から10年以上経過したことなどもあり、今後の作出方法に関する混乱を回避するため、渡部氏より初めて情報公開のご許可をいただき、ここに公開することとなったものです。
 このように、元々このグループは、青色個体を源流としていますが、同じような体色の個体は、現在までの間で、青ベース以外にも、すでに3つの作出方法が編み出され、うち2つの作出方法により生産された個体は、実際に流通しています。そして、それらがすべて一緒くたに「桃色」という括りにされ、「桜色」「桃色」「ピンク」「ピーチ」などの名前が渾然一体となっているのが現状だといえましょう。購入した個体を繁殖させた際に、様々な「予想外の状況」が起きてしまうのは、こうした背景もあるものと思われます。それでは、順を追ってこれらの作出方法について解説して行きましょう。
 まず、渡部氏が「桜ザリガニ」の出荷を開始した翌々年、平成15(2003)年ごろから見られるようになったのが、通常色のオス個体と白色メス個体との交配によって採れる仔の中から稀に出てくる薄桃色の個体をまとめたものです。その組み合わせから「赤ベース」または「紅白ピンク」などと呼ばれていました。体色的には「青ベース」個体に勝るとも劣らない、非常に美しく繊細なピンク体色となりますが、繁殖に用いた場合の固定度が極端に悪いこともあり、登場直後から「偽ピンク」などというありがたくない称号が与えられてしまいました。このため、現在では、ほとんどこの方法での作出は見られなくなっています。
 一方、現在最もタマ数(流通量)が多いとされているのが、ベタ赤系個体のうち、オレンジ色に近い体色の個体同士、あるいはこれらと白色個体との選択交配によって作られる個体(右の写真)です。一般的に「オレンジベース」と呼ばれるこれらの個体は、青ベースの個体と比較すると、心持ち黄色みがかっている個体が多いという傾向はあるものの、非常に綺麗な「ピンク」色を身にまとう個体が多く、赤ベースの個体を比較すれば安定度も抜群に高いため、その圧倒的なタマ数の多さもあって「桃色個体といえば、こうした作り方をするもんだ」と断言する人もいるほどです。
 ただ、オレンジベースの個体の場合、その作成過程の段階においても、こうした体色の仔が採れてしまうことが多いため、経験の少ないブリーダーが生産した個体の中には、必ずしも充分に完成した状態でない仔が混じってしまうこともあります。また、赤白のちょっとした掛け合わせでも、まるで絵の具の混ぜ合わせのように、ポッとこうした体色の個体が出てきてしまうことも少なくありません。「親の写真を見せられて、その仔を購入したら、脱皮を繰り返して育った個体は、ただのオレンジ個体だった」「育てて掛け合わせたら、ピンクどころかベタ赤の個体が出た」などというトラブル事例は、ほぼ、こうした理由に基づくものだと考えてよいでしょう。そういう意味でも、よほど実績あるブリーダーから購入する場合以外は、基本的に稚ザリでの購入は避けた方が賢明です。
 なお、桃色個体に関しては、現在、黒田雄成氏や石島隆一氏を中心としたブリーダー・グループが、埼玉県内の色抜け個体棲息地にて捕獲される個体群の中からピックアップした「青系色抜け個体」からの選抜交配による作出を進めています。色抜け青個体の場合、出てくるピンク色は、青色個体の地色よりも遥かにフレッシュなピンク色をしていますので、将来的にこれが成功しますと、非常にビビットなピンク色の個体になることが予想されますので、非常に楽しみなところです。





 上の項目でも触れた通り、この体色の個体は、見た目は全く同じでも、その出自(作出方法)によって全く異なる性格を持っていますので「同じ体色の個体を掛け合わせる限り、その色の仔しか出てこない」という、アメザリ繁殖の大原則は全く通用しません。片親のうちいずれかが不安定な形質を持っていた場合、仮に片方の個体が固定されていても、出てくる仔の体色はかなりバラバラなものとなってしまう可能性が高くなります。また、固定度とは別に、ベースの異なる親個体同士を掛け合わせた場合、体色は安定するどころか、全く予想外のメチャクチャな状況に陥ってしまうこともありますので、充分な注意が必要です。桃色個体のブリードを手掛ける人々の中で、こうした出自の問題(作出ベース個体の差異)まで踏み込んで手掛けている人は極めて限られているのが現状ですので「他のルートから購入したから安心」という要素も、ここでは全く通用しません。桃色にトラブルが多いもう1つの理由が、ここにあるワケです。
 こうした状況を考えれば、繁殖どうこうを考える前に、まず「より万全な、安定度の高い親個体」を入手するところから始めなければなりません。また、できることなら親個体のベースを確かめられる状態にしておくことも大切です。信頼のおけるブリーダーやショップであれば、こういう部分についての情報もしっかりと集めておきましょう。
 個体のみで、こうした付帯情報が集められない状態である場合、一度その個体同士を掛け合わせて仔を採り、その体色傾向をチェックしてみることで、完全ではありませんが、ある程度その個体のベース傾向を読み取ることができます。こうした方法によって、いくつかの親個体グループを確かめてから掛け合わせに臨んで行けば、失敗も比較的少なくなるはずです。そういう意味で考えると、本気で取り組んで行くためには、多少面倒なグループだといえましょう。
 掛け戻しについてですが、基本的にこのグループの場合「掛け戻し」という発想は成立しません。他色個体との掛け合わせも、ベース傾向を知らぬ状態で行なえばリスクが高まるだけですし、また、一度状況が変化してしまうと、元に戻すには、新たに最初から作出し直すのと同じ程度の労力がかかります。あくまでも、ベースが同じと思われる親個体をできるだけ数多く持ち、その上で順繰りに掛け合わせるなどの方法をとるのが最も安全です。桃色個体に本気で取り組む場合、そのためのストック用水槽もかなりの数が必要となりましょう。こうした状況もあって、一定以上の品質維持が求められるブリーダーほど生産に取り組みたがらない傾向もあり、これが、全体的にこのグループのタマ数が極端に少ない大きな理由でもあるのです。




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