個体群型と突然変異型
ちょっと前置きが長過ぎましたね。ごめんなさい。それでは、さっそく解説へと入って行きましょう。
まず、最初のページでも触れましたが、この2つの言葉や、そうした区分方法は、あくまでも便宜的観点から発生した言葉で、生物学的にオーソライズされた言葉ではなく、ましてや、個体同士の比較をする上での価値的相違を示す言葉でもありません。ですから、個体群型と突然変異型とは、あくまで「発見時における傾向の違い」を示すだけの言葉であり、少なくとも「個体群型ではなく突然変異型だから珍しいし、そういう個体だからこそ高価格である」ということは絶対にありません。そのことだけは、最初に踏まえておく必要があります。
また、これと同じような区分方法として「一時出現型」「体色操作型」という言葉もありますが、これらはいずれも、個体の持ち得る元々の資質による体色を示す言葉ではありませんし、ともするとペット業界特有の「使えるものなら、何でもかんでも価値にしちゃえ」的な傾向を強く持っている言葉ですので、あえてここでは触れません。
元々、すべては「突然変異」から始まっている?
白、青、ベタ赤、白ヒゲ・・・。現在、アメリカザリガニには実に様々な体色の個体が存在しています。中には、ちょっと餌質を変えたり与えなかったり、環境をいじったりしただけで体色が変わってしまうような、ある種の人為的な作用に起因する個体もいなくはありませんが、それらを除いても、本当に様々な体色の個体に私たちは出会うことができます。当然、こうした個体については、その出自や理由、背景などが気になるところですが、その強さや奇抜さなどに関わらず、基本的にこれらの個体は、(人為変化を除いて)ほとんどすべてが、何らかの「突然変異」をきっかけにして登場してきていることは間違いありません。発見個体数や発見頻度などから考えれば、この考え方には少々首を傾げる方もいらっしゃるかも知れませんが、状況はどうあれ、現在、日本にいるアメリカザリガニにおけるノーマルな体色は、成体の場合、あくまでも濃赤色〜黒赤褐色が基本なのです。これが、棲息地域によって基本的な体色が異なる傾向を持つサワガニなどと根本的に大きく異なる部分です。
体色の相違を何とか個体の価値に結びつけたい・・・というスタンスの方からすれば、すべての体色相違事例を突然変異という形で1つにくくってしまうよりも、地域差や特殊価値などという新たなカテゴリーを設けて、突然変異個体と分離させた方が好都合だ・・・ということになります。しかし、アメリカザリガニは日本の在来種ではなく、しかも、持ち込まれたのは昭和2(1927)年という、極めて新しい時期のものですから、生物学的に見て何らかの格差や変化傾向が発生してくるには、あまりにも時間の単位が小さ過ぎるのです。何千、何万年という時間軸の中で起こってきた相違であれば、こうした可能性についても真剣に考えてよいでしょう。しかし、生物学的な時間軸の中で「ン十年間」という単位は、それこそ「瞬間」にも満たないような短い時間の単位です。このような極端に短い時間軸の中では、種差はもちろん、地域差を語ること自体、現実的ではありません。ですから、白も青も白ヒゲもベタ赤も、あくまで「突然変異」をきっかけにしている・・・と考えるのが妥当だということになりましょう。そういう意味で「個体群型の個体は、突然変異の個体ではない」という言い方は、ある意味正解であり、ある意味不正解だ・・・ということになります。
2つの違いは「発見段階の違い」
それでは、これら2つの違いは、どう説明すべきなのでしょうか? 元々同じ出自のものだという主張を取りながらも、なぜ、2つのグループに分けて考えるのでしょうか? そこで、両者の違いをわかりやすく判断できるようにするため、簡単な図を作ってみました。
上の図をご覧下さい。中心で上下にまっすぐ伸びる赤丸の流れが、いわゆる「通常の累代」を意味しています。そして、突然変異の例として、白丸と青丸という2つの流れを作りました。この図をご覧いただくと、たいていの方が「なるほど、白丸の流れが個体群型の流れで、青丸の流れが突然変異型の流れだな・・・」と考えられるのではないかと思います。
しかし、それは少し、違います。正解は青丸と白丸ではなく、突然変異型の個体は「A」(グループ1)を、個体群型の個体は「B」(グループ2)を示しているのです。
「えっ? どうして? 青丸のAが突然変異型であることは理解できるけど、同じAでも白丸の方は、その後に次々と同じ体色の個体が出てくることをみれば、どう考えても個体群型の個体でしょ?」
きっと、そういう意見が出てくることでしょう。でも、その考えは、この言葉の本質的な意味を根本から履き違えてしまっている何よりの証拠なのです。
ここでは、便宜上、丸の色を白と青にしているので、そのことが白色個体と青色個体を連想させることにより、そういう先入観が生まれたのかも知れません。しかし、基本的に青色個体は、個体群型として出てくるケースがほとんどです。この丸の色は、その個体の体色を表しているわけではないことをご確認いただいた上で、話を進めて行きましょう。わかりやすくするために、青丸Aの個体も含め、体色変異は、すべて「白色」という意味合いで考えて下さい。
まず、グループ1の個体ですが、こちらはそれぞれ同じ体色変異を起こしているものの、青丸Aの個体と白丸Aの個体とは、少し意味合いが異なります。前者(青丸A)の個体に出現した色素異常などの変異は、その次の代に受け継がれていません。これは、その変異が一過性または個体起因の限定的なもの、あるいは何らかの後天的な要因による変化であったことを意味しています。
一方、グループ2の方はどうでしょうか? こちらは、白丸Aの個体が起こしてしまった体色変異を3代目まですべて受け継いでいます。まさに「白丸Aの個体が出現したことをきっかけにして、その先はすべてその特徴を受け継いでいる」状態であるわけですね。
ここまで説明した上で、改めて上の図を見ながら「Aの位置にいる突然変異型」と「Bの位置にいる個体群型」との違いについて考えてみることにしましょう。ここまでの説明をご覧いただくことで、元々、すべては「突然変異」から始まっている・・・という最初のタイトルの意味は、だいぶご理解いただけたのではないかと思います。
最初、何らかの理由によって体色を発現させるための色素異常と見られる変異を起こしてしまった個体は、まず、次の代へと移る段階で、1つの分かれ道に出会います。それは「その変化(異常)が、次の代へ受け継がれるかどうか?」ということです。異常を起こした原因が、この図でいう「青丸A」のようであった場合、つまり、その個体のみの一時的な異常であった場合、その棲息地の個体は、再び通常色の個体ばかりとなります。もちろん、異常が起こるからには、それなりの理由や原因、そして背景があるはずですから、再度、あるいは比較的頻繁に、何らかの理由で同じ異常を持った個体が出てくることも充分考えられますが、その出現はあくまでも限定的であり、常に「たまに出てくる」程度の状況が続きます。
一方、異常が「白丸A」のようであった場合、その後の個体は、(少なくともそうした個体同士の仔であれば)基本的にその状況を受け継いだ個体ばかりになって行きます。この図にあるように「一気に変わる」という極端さこそないにせよ、徐々に、全体におけるそうした個体の比率は上がって行きましょうし、そうした状況の中から、ある特定の条件が揃い、加えて一定の時間が経過すると、その棲息地には「体色の置き換わり」が起こるであろうことも充分に考えられます。「青ザリが棲息する地域の一部には、本当に青ザリしかいないところがある」というのは、その典型例の1つだといえるでしょう。
それでは、実践的なケースとして、これらの変化を「白色個体」に置き換えて考えてみることにします。青丸も白丸も、赤丸以外のすべての丸が、白い体色をしている・・・と頭の中に思い浮かべながら、再度、上の図を見てみて下さい。
外観上は、青丸も白丸も、白丸Aも白丸Bも、すべて同じ「白」です。外からは一切見分けがつきません。すべて「同じ白ザリ」となるわけです。
ところが、外見が同じだからといって、これらの個体を種親として繁殖に用いた場合、すべて同じ結果となるでしょうか? 答えはもちろん「No」ですよね?
たとえば、片親を通常色個体にして掛け合わせた場合、少なくとも白丸Aと白丸Bの個体は、2代目で確実に1/4は白色個体が出てきます。そう! いわゆる「メンデル通り」というパターンです。しかし、これが青丸の個体だった場合はどうでしょうか? この場合、2代目はおろか、何代掛け合わせても白色個体は出てきません。あるいは、異常の理由が特殊なものであった場合、次の代で突然、白色個体が出てきてしまうという可能性もあり得ます。よく、「ネットオークションで買った個体をそのまま繁殖させたのに、元の色が出てこない。詐欺ではないか?」「白ザリの体色遺伝はメンデルの法則通りといわれているのに、ウチの個体はそうなっていない。だから、メンデルの法則通りという考え方はウソだ!」というような話が聞かれるものですが、こういった性質の話は、まさに、売る方も買う方も、こういう根元的な体色に関する状況を踏まえていないことから生まれているのだと言えましょう。つまり、「外から見ただけでは、その個体がその体色を身にまとっている本当の理由はわからない」ということです。「白ザリ」といっても、実に様々な「違う白ザリ」がいるワケです。ザリガニの体色に主眼を置いて繁殖に取り組もうと考える場合、この部分は、きちんと理解しておかねばなりません。
この問題は、決して今に始まったことではないのですが、改めて今の状況を見つめ直すと、ザリガニの体色に関しては実に様々な価値化がなされ、また、それに沿った「実態を伴わない血統至上主義」が少なからず見られるのも事実です。しかし、残念ながら、そうでない性質を持った個体も一緒くたにされているのも実情だといえましょう。ザリガニの「体色」に関するトラブルは、結局のところそうした部分から生まれているのです。
(1)(2)(3)
ここまでご説明を差し上げた上で、今一度、改めて最初の写真を見てみることにしましょう。
解答編・・・というワケではないのですが、これらの個体を上の図に当てはめてみますと、左から順に(1)が「青丸A」の個体、(2)が「白丸A」の個体、(3)が「白丸B」の個体となります。つまり、これら3個体のうち、個体群型の個体は(3)だけだった・・・ということになります。正解のない意地悪問題のようで本当に申し訳ないのですが、要は「ちょっとした体色や体形の違いでもって、個体の出自を含めた判断をすることは絶対にできないし、こうした外見上の理由だけで、その個体の価値自体を語ることには、最初から無理がある」ということなのです。つまり、先ほどの写真だけで、突然変異型や個体群型の違いが本当に見分けられたと考えるとすれば、そちらの方が大問題だ・・・ということになりましょう。「見分けなどつかない」というのが、本当の正解なのです。様々な場所で、様々な価値化やこじつけが行なわれていますが、これが、厳然たる事実です。
ちなみに、(1)の個体は平成4年8月に茨城県水海道市(現常総市)で1匹だけ捕獲された個体で、非常にしっかりしたオフホワイトの個体で、通常の飼料を与えても体色の変化は見られず、最後まで白い体色を維持していましたが、別の白個体メスと掛け合わせたにも関わらず、生まれてきたのは通常色個体ばかりで、通常色個体メスと掛け合わせた採れた仔については、その後3代まで追いかけて、とうとう白色個体は1匹も出てきませんでした。(2)の個体は、昭和63年に木更津市の養鯉池から出てきた個体のうちの1匹、(3)の個体は、今でも千葉と神奈川のブリーダーさんが維持している、(2)の直系個体(いわゆる「木更津直系」と呼ばれる個体)となります。体色的には(1)と(2)の方が近い関係のように見えなくもありませんが、実際には(2)と(3)が直接的に関係を持っているワケです。「色の受け継ぎ」という部分で一般的に語られている説が、いかに根拠に乏しいものであるか・・・ということも、これで一目瞭然なのではないでしょうか?
「価値」を示す性質の言葉ではないという事実
観賞魚に限らず、ペットの世界では、特に体形や体色などに関し、とにかく何らかの「価値化」をして行きたい・・・という意図が非常に強く働いてしまう傾向があります。もちろん、同じ個体であっても、ちょっとした「価値」がつけば、販売価格は大きく上がって行きますから、できることなら、そうした価値を生み出したいと思うでしょうし、もし、それらしい用語があるとすれば、それを最大限活用したいという心理が働くのは、ある種の人情だろうことも想像に難くありません。しかし、そうした傾向が強まった結果、その理由付けをより確かなものとするため、充分な検証作業を行わないまま、ほんの数十回、数年間程度の飼育や繁殖作業などによる結果だけを見て「○○は△△である」という考え方を定説化させて行く場合があります。
「白ヒゲは、突然変異の個体の方がより確実に遺伝する」
「青ザリは、すべてメンデルの法則通りに遺伝する」
これらは、「ザリ通」と呼ばれるショップやキーパーなどの間で、まるで常識でもあるかのように語られる話ですし、そうした実態なき定説に乗っかって、ネットなどでは高値取引がされることもあるようですが、これらはいずれも、すべて「確実とは言えない」話ばかりです。いくらまことしやかに、説得力を持って語られようと、その通りになる場合もあれば、その通りにならない場合もあるワケです。あくまで、「その個体」を実際に育て、繁殖に用いてみて、その結果でもって素性を判断して行くのが、その個体を知る唯一の方法なのではないでしょうか? こういう作業を経ずして、こうした情報ばかりを鵜呑みにした結果、「色が全然出てこない!これは詐欺だ!」と騒ぐのは、売る方のお粗末さ以前に、買う方のお粗末さを自ら露呈することにもなるように思えてなりません。
このように「突然変異型」と「個体群型」とは、その個体の「その時の状況」を示す言葉であり、少なくとも「個体の価値」を示す言葉ではありません。要は、この区分方法は「どういうカタチでこの体色の個体が発見されているか?」という「傾向的な状況」を示すだけのものであることを知っておくことが大切です。ここが、ザリガニとグッピーとの最も大きな違いです。今に始まった話ではありませんが、実態のない血統論や遺伝説を振り回し、個体を高価値化しようとする傾向に関しては、あくまで冷静に受け止めることが大切であるように思います。
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