その2 通常の越冬と何が違うか?


 さて、無加温越冬の基本的な意義がわかったところで、いよいよ具体的に稚ザリの無加温越冬について考えて行くことにしましょう。
 アメリカザリガニやヤビーなど、一般的に「強健種」と言われているザリガニたちは、急な変化や大きな変化など、自然界での変化パターンを上回るような変化ペースが起こらない限り、ある程度までの変化には平然と順応してくれるものです。個体の販売価格や価値を維持したいという意図もあるからでしょうか? 最近、何かと「難しさ」「繊細さ」ばかりを協調する傾向があるようですが、基本的には、こうしたものに対する強さをを持ち合わせているからこそ、自らの棲息域を広げて行くことができたのだ・・・と考えれば、よほどの粗雑な管理や急激な変化などは論外ですが、常識範囲の穏やかな流れの範囲内であれば、あまり過敏になるのも善し悪しといったところでしょう。越冬自体も、成体(の、特に単独飼育)であれば、よほどの初心者でもない限り、クリアさせることは可能です。秋にしっかりと喰わせ、越冬へ入る直前と越冬明け直後での温度変化(いわゆる「上げ下げ」と称される不安定な水温の推移)を最少限度に食い止め、あとはエアーを絞って餌間隔も思いっきり開ける・・・と、たったそれだけのことですから、基本的な要領さえつかんでしまえば、何も困ることも迷うこともないでしょう。ちなみに佐倉ではこの時期、1ヶ月近く水槽の様子を見に行かないこともザラにあります。ですから、
越冬自体は決して難しいものではありません。越冬自体を「難しいもの」「面倒なもの」「危険なもの」と捉えて「それだったら、そんな方法を用いなくても別に手段はある」という方向に持って行ってしまうのは、本来、経験すべき季節間隔を自ら奪い取るという点で、厳密には本末転倒な考え方でもあるのです。少々厳しい言い方をさせていただくなら、飼育環境や体制を蔑ろにしてまで個体を買い集め、コレクションするために費用や時間を使うよりも、今、目の前にいる個体としっかり向き合い、生態や飼育環境の工夫や構築に知恵も費用も、時間も費やして行くのが、キーパー本来の「あるべき姿」であるように思えてなりません。そうしたことはともかくとしても、ヤビー・キーパーの中で、ごくまれにこうした季節間隔の設定を軽視する人がいるのは、フォームによって繁殖の成否が大きく左右されるアメザリなどのキャンバリダエ科諸種のように、季節の推移や設定を粗雑にすることによるしっぺ返しを経験していないことも多いのではないか・・・というのが、キャンバリダエ科系キーパーの何人もが口を揃えて主張している部分でもあります。実際、パラスタシダエだから季節感覚は関係ないだとか、通年繁殖でも全く問題が出ないということはあり得ません。キャンバリダエ科諸種のように、目に見えて上手く行かない・・・ということがないだけで、季節を守った繁殖よりも掛かりが悪かったり、あるいは、特にメス個体に対して強い負担が掛かったりする危険性は避けられないことでしょう。もし、本当に通年繁殖で問題ないのであれば、すでに自然棲息下でもって、それができる棲息域へと勢力を拡大していなければおかしいですし、そこで、同じ状況が起こっていなければおかしいわけです。そういう意味で考えれば、私たちキーパーは、愛するザリガニのために、まずは、そういう環境を整えてやる努力をしてやるべきだ・・・ということになりましょう。そして、そういう努力の中の1つである越冬という作業も、とても大切で、そして、知恵と工夫を凝らしながら臨めば、充分に作り得る環境だ・・・ということです。
 このように、
決して難しくも危険でもない越冬ではありますが、もちろん、成体と稚ザリでは、いくつか違いがあります。厳密にいえば、成体と稚ザリの違いというよりも、単独飼育と混育の違い・・・といった方が意味的にはフィットするかも知れません。生物学的には全く同じ生き物でも、活動スイッチのオン、オフの基準となる温度や環境には、本当にごくごく僅かな「ズレ」が存在するからです。それでなくても稚ザリの場合、成体よりもよく喰い、そして脱ぎます。喰う可能性も喰われる可能性も、成体よりはるかに高い上に、成体とは比較にならない飼育密度で収容されているわけですから、トラブルが起こった時のダメージも、成体の比ではありません。となると「喰わせ」と「上げ下げ」以外にも、いくつかの違いがあると考えるべきだということになります。それは、一体どういう内容のものなのでしょうか?
 まず、一番大きな違いは「間隔を多少空けるものの、投餌作業自体は水温に関係なく継続させる」という点です。成体の単独飼育などになりますと、12月ごろから2月中旬くらいまで、ほとんど投餌ゼロの状態で過ごさせることも決して珍しくはありません。でも、稚ザリの水槽でそれをやると、明け抜きをするころには、相当数の個体がいなくなっているはずです。冬の間に喰い合ってしまうからです。
 これでもって「ザリガニは、若い段階であると、低水温耐性が強く、活動温度帯が広い」と言い切ってしまうのは、かなり危険です。確かに、ガス欠としか思えない事例もゼロではありませんが、現実に、入り抜きの段階で単独飼育環境を用意した個体は、少々餌飛びをさせても、よほどでない限り死ぬことはありませんから・・・。従って、ザリの年齢と活動温度帯に関する何らかの法則性などが解明されているわけでもなく、今回の技法が、その法則性に沿ったものでないことは間違いありませんが、いわゆる「経験則」として、1ケタ台の水槽内においても、摂餌や脱皮、共食いなどが起こるということと、それに起因するトラブルや個体数減耗などを避けるための策を講じるということになっているわけです。実際に観察してみると、個別収容の稚ザリでも、同じ温度帯における活動状況には微妙な違いが観察できますので、こうした現象にお気付きの方も多いことでしょう。いずれにしても、動き回る個体がいるということは、喰う個体がいるということであり、喰う個体がいるということは、餌を与えておかなければ問題が起こる・・・ということになるわけです。成体と稚ザリの越冬における最も大きな相違点であり、大半のトラブルの発生源と、越冬成否の鍵は、この部分にあるといってもよいでしょう。