その1 無加温である必要性


 アメザリ、ヤビー、マロン、レッドクロウなど、「夏型」という区分をされるザリガニの、水槽飼育における繁殖シーズンは晩春から夏にかけてであり、年1回繁殖のパターンであれば、ゴールデン・ウィークごろまでに交接・産卵を経て、7月上旬ごろには完全な独り歩き状態に持ち込むのが一般的です。一方、ニチザリやウチダなど、繁殖活動自体を秋から始める「冬型」のザリガニについても、「どのタイミングで交接や産卵を行なうか?」という違いこそあれ、やはり、稚ザリの孵化は春から初夏にかけてになるのが普通です。要は、暖かい時期にできるだけ充分に育成させ、より体力のついた状態で厳しい冬を迎えさせようという生活の知恵なのでしょう。実際、これであれば、越冬前の段階で計算上は最低5〜6回の脱皮を終えており、第一成長個体群でTL5センチ程度まで育ってくれているはずで、そのまま通常通りの越冬になだれ込ませても、何ら問題はありません。
 しかし、実際には、すべて同じタイミングで繁殖活動を行なっているとは限りませんし、複数回の交接・抱卵・産卵がなされる場合もあります。
飼育事例としては最も多いはずであるアメザリについても、種としての基本的な繁殖シーズンは晩夏から秋に掛けてであり、加温飼育などではなく、あくまで彼らの生態に沿った飼育を行なうキーパーであれば、産卵から採仔までの作業は秋に行なう・・・という考え方が一般的でしょう。実際、アメザリの場合は、真冬でも水路に網入れをしてみますと、これでちゃんと越冬できるのかと心配になるほどの小さい稚ザリを見つけることができます。
 ところが、人工的な水槽飼育の状況下では、こういう季節的な動きを軽視どころか、ほとんど無視に近い状況になっているケースも少なくありません。そして、このような時、冬場を圧倒的に加温状態で乗り切ってしまうケースが多いはずです。何をおいても安全ですし、春までの間、確実に育て上げることができますから・・・。「高温クリア」などは、まさにその方法を活用したものです。また、意図的に加温していなくても、部屋の温度が常に暖かければ、実質的な加温状態であるといえます。
 確かに、こうした厳しい季節を加温状態で乗り切るのは安全で、しかも、高温クリアである程度の大きさまで一気に仕上げてしまう方法も、テクニック的にはアリなのですが、必ずしもこの方法、すべてにおいて有効であるとは限りません。
加温状態や環境設定などを読み違えますと、思わぬトラブルが発生する危険性もあるのです。特にここ数年、ショップに出回っている国産ブリードの成体の動向を見ていると、どうも「育て急ぎ」の個体が多く出回っているようで、そのためであろう突然死や脱皮失敗などの事例が頻発した時期がありました。これは、1990年代前半のザリブームの時にも同じような傾向が見られ、比較的簡単に繁殖のできる種類に集中して発生するのが特徴です。これは、こうした育成技術を熟知していない素人上がりのブリーダーが増えてきたことと、変な「第一成長個体群」信仰のようなものが生まれてしまったことなどが原因ではないかと思っておりますが「早く育つ個体=優良個体」という認識が、少し歪んだ形で定着してしまったように思えてなりません。第一成長個体群の個体が「強い」のは、あくまでも「自然の状態、自然の成長ペース」で育ってこその話であって、バンバン脱いでくれるのをいいことに、高温・高栄養でブロイラーよろしく「促成栽培」するようでは、成体になってから障害が出ない方がおかしいといえましょう。独り歩き開始後の高温クリアは、最長でも孵化後3ヶ月くらいまでで抑えておく方が無難です。
 さて、通常の繁殖であれば、冬を迎える前の段階で、ある程度までは大きくなっており、枯れ葉や枯れ枝、岩などの陰に隠れて、じっと越冬することができます。しかし、通常の春仔でも、三番手以降のブービー級個体になりますと、越冬モードに入る前の段階でも、3〜4センチに満たない個体が出てきてしまうことも避けられません。さすがにここまで遅い個体ですと、冬をくぐらせるのは少し勇気がいりますが、いずれにしても越冬前で、それが5センチ未満であることは決して珍しくないわけです。だとすると、こうした小さい個体を、落とすことなくしっかりと越冬させられるかどうか・・・が、今後の交配計画にとって非常に大切なことになるわけですね!
 体色重視で個体を作るか作らないかは別にして、基本的に、育て急ぎにはマイナス面が多いこと自体はおわかりいただけていると思いますので、実際にどうすればいいかについて考えてみましょう。
 無加温越冬とは、読んで字のごとく「ヒーターなどで加温しない状態での越冬」を意味します。単にヒーターを入れないのではなく、結氷しない程度の屋外または半屋外などに意図的に置いて、かなり低い水温を経験させようというものです。一般的には10度台前半から1ケタ後半の水温・・・ということになりましょうか? こうした状況から、このことを「寒ざらし」と呼ぶブリーダーもいて、これこそが、強い青を最もハッキリと見極められる方法である・・・という人も少なくありません。また、昔から、アメザリ系ブリーダーの間では「種親にするなら秋仔」という俗説があり、これは、今でも頑なに信じ、実践されているブリーダーも数多く見受けられます。理由について尋ねると「春仔より秋仔の方が性格が穏やか」「秋仔の方が繁殖時の掛かりがいい」などと答える人が多いのですが、実際にザリガニの場合、生物学的に見て、個体の「性格」など語れようはずがありませんので、時期的な成長度合いが、翌々年の繁殖時期にマッチすることや、冬を越させることでの残存数の違いなどから見た「こいつらは性格が穏やかだ」という感覚が、こうした俗説を支えているのではないかと思います。「生物学的には何の裏打ちもない」なんてことをいいながらも、自分の水槽下でも、確かに同じ条件下で繁殖を繰り返してみると、春仔よりも秋仔の方がいい親になっているケースが多いのにはビックリ! 5年、10年と愚直にザリと向かい合ってきたこうしたブリーダーたちの「眼力」には改めて驚かされますが、
繁殖時期を揃えたり、フーセンなどのオーバーペース個体を避け、丈夫で強い個体に育てたいと思っているキーパーのみなさんにとって、秋仔の無加温越冬のテクを身につけることができれば、かなり有効な武器となるはずです。
 累代繁殖や好みの個体育成などといったことを考えず、ただ、好きな個体を買い求め、水槽で眺めて楽しむということでしたら、わざわざこんなことまでする必要もありませんが、やはり長期的な視点からザリガニと向き合い、繁殖や育成などを考えて行くのであれば、やはり、越冬や温度などの要素を無視するわけには行きませんし、だからこそ、累代繁殖などで長期飼育を目指している多くのキーパーやブリーダーが、最終的には冬場にわざわざこういう環境を作ってまで、狙った個体の育成プランを立てているわけです。