その8 「きれいな水」の定義

〜飼育水設定の問題〜



 第7項までで、ひと通りザリガニと水の関係についてご説明をしてきましたが、その後、佐倉に寄せられた飼育水に関する多くのご質問から「ザリガニにとってきれいな水とは、一体どんな水?」ということを、もう一度考えてみたいと思います。

 マロンなど一部のザリガニについて「本当にきれいな水を用意し、万全な濾過を施したのに、長生きさせることができない。どうして?」という主旨のご質問は、今でも決して少なくありません。その一方で、換水はおろか、ほとんど足し水程度で、マロンやクーナック、そして一部の難関種を平然と長期飼育し、繁殖などまでクリアさせているキーパーもいます。これは、一体どうしてなのでしょう。
 たとえば、オーストラリアのユーアスタクス系諸種は、その大半がかなり水にうるさく、いわゆる「きれいな水」でないと飼育できません。ちょっとでも水質が変わると、いとも簡単に状態を落とす事例も少なくはないのです。しかし、現地に行ってみますと、そこは意外と川底が見えないほどのコーヒー色であったり、ほとんど泥水としか思えないような、とんでもない濁水であったりします。テレビの天然水CMに出てくるような「ほとばしる清冽な水」とはかけ離れた印象の水に愕然とすることもありますが、少なくともそこに棲息しているザリガニにとっては、それこそが「きれいな水」の厳然たる姿なのです。
 もちろん「ほとばしる清冽な水」のような地域に棲息しているザリガニもいます。ブルーマウンテン周辺に点在するユーアスタクス諸種の一部やアパラチア山脈麓地域のキャンバリダエ科諸種など、まさに「清水」のようなところで生きていますから、その点で考えればジャストミートだということもできましょう。
 では、なぜ先ほどのような「本当にきれいな水を用意し、万全な濾過を施したのに、長生きさせることができない」という現象が起こってしまうのでしょうか? もちろん、水槽が常に騒々しい場所に置かれていたり、収容個体数が多すぎたり・・・など、水以外の原因で長生きできないケースも多々ありますが、仮にその原因を「水」だけに絞ったとすると、往々にして起こるのが、
私たち人間とザリガニとの「きれい」という認識と基準の違いによるものだ・・・といわれています。
 私たち人間は「きれいな水=澄んだ水」という思い込みをしがちですが、実際にはそうでなく「個々のザリガニにとって無用、または好ましくない成分が含まれていない」水こそが「きれいな水」であるわけです。ですから
「きれいな水でないと生きて行けないザリガニ」とは、「澄んだ水でないと生きて行けないザリガニ」ではなく、そうした無用な物質、あるいは好ましくない物質に対する許容度が低いザリガニである・・・というように理解すればよいでしょう。特に底層棲のザリガニの場合、「澄んだ水」というのが、ある種のストレス要因になる場合もあり、どちらかというと神経質な個体が多いといわれるマロンの場合、「見られる」ストレスを軽減させるために、あえて水面に蓋状の覆いを掛けたりすることもあります。また、繁殖期になりますと、種類によっては、ある方法を用いて「濁水」の環境を作り、そこで繁殖させることによって成果をあげているプロ・ブリーダーのケースがあります。さらに、クーナックの繁殖では「水質や水温などと同等か、あるいはそれ以上の比率で重視し、適切な策を講じることで成功に行き着いた」という事例もあります。実際、マロンにせよクーナックにせよ、コンスタントに繁殖されている方の水槽を拝見しますと、確かにしっかりとした工夫がなされています。
 さて、きれいな水にするという意味で、濾過の利いた水が好まれるのは、ザリにとって無用または有害な物質を除去できるからですが、それなら「何でもかんでも除去すればよい水になるか?」というと、もちろん、そうではありません。究極の「何も含まれていない水」である蒸留水(精製水)の場合、ちょっとした拍子で水質が急変しますので、そのまま飼育に使うことはまずないといってよいでしょう。ディスカス飼育などの経験をお持ちであればご理解いただけると思いますが、ROシステムなどで水を精製する場合、必ずその後で「適切な物質を適量加えて、水を作り直す」という作業を行なうものです。ザリガニの場合、その「適切な物質を適量加える」肝心な内容が未だ解明されていないため、そのパターンで水を作ることができませんが、将来的には、(透明度も含めて)そうしたことが少しずつ現実化してくるものと思われます。
 飼育・観賞という面で考えれば、濁水環境も行き過ぎると問題になってしまいますが、
「きれいな水を作る」という点では、私たち人間の基準でなく、あくまでザリガニの基準で考えることが大切だといえましょう。実際に「いい濁水」を作るのは、澄んだ水を作るよりも遥かに難しいことで、ここの加減をマスターできるようになれば、まさに「怖いものナシ」なのですが、「澄んだ水=きれいな水」という発想は、時として大きな勘違いを起こす危険性を持っていることを自覚し、その上で「ザリガニにとって本当にきれいな水」というものを用意してやる努力をしなければなりません。その種にとって必要であれば、観賞に影響の出ない範囲で、ある程度の「濁水」を用意してやるのも1つの方法なのです。