その6 生きているから、呼吸したい!
〜溶存酸素量の問題〜
当たり前の話ですが、ザリガニは「生き物」です。生き物である以上、これまた当たり前ですが、呼吸をして生きています。こうした当たり前のことを、今さらどうして取り上げ直さなければならないのか・・・。これはひとえに、ザリガニの呼吸に関する「大きな誤解」があるからに他なりません。ここでは、その「誤解」を含めた、ザリガニ飼育と酸素の関係について考えてみたいと思います。
よく、児童向けの飼育書などを見ると、「ザリガニの水槽には、背中が隠れるくらいの水を入れる」「水が深すぎると死んでしまうので、必ず陸地を作る」などという記述があり、中には御丁寧にイラストまで付けて説明しているものがあります。日本人にとっては馴染み深い飼育方法ですが、実はこの方法、ザリガニにとっては非常に過酷なものなのです。
と申しますのも、ザリガニの呼吸方法は、魚と同じく基本的にエラ呼吸であり、水中に溶けている酸素を取り込む形の呼吸こそが、彼らの呼吸形態だからです。あくまでも渇水時などの緊急措置的な手段として、直接大気から酸素を摂取できるようにはなっていますが、それとて種によって大きな能力差があり、比較的高度な耐性を持つアメザリやヤビーですら、エラが乾いてしまうと生きることはできません。ましてや、水に対する依存度が高いマロンなどになりますと、かなり早い段階で深刻なトラブルが発生することが多いようです。JCCが、結成当初から一貫して「エアレーション体制による完全アクアリウム」での飼育を推奨しているのには、こうした理由があるのです(もちろん、要因は別にも数々挙げられるのですが、今回は割愛します)。
では、どれくらいが「飼育に適する溶存酸素量」なのか? ということになりますが、ハッキリと言えることは自然な状態である限り、高過ぎて困ることはないということです。「過ぎたるは及ばざるが如し」の言葉通り、確かに酸素も「溶け過ぎ」は問題ありましょうが、酸素はもともと水に溶けにくい気体ですから、我々が通常使うようなエアレーション・システム程度では、ザリガニに負担が掛かるほどの酸素を溶け込ませることはできません。それだったら、水が回り過ぎ、水流の強さとして負担が掛からない程度に充分なエアレーションを施してやって、常に必要な酸素を摂取できる環境にしておけば、個体も存分に呼吸ができることになるわけです。となれば、結局は「充分なエアレーションを施しましょう」ということで、この項の内容はおしまいでしょう。
ただ、これだけで終わらせてしまうのは芸がないので、念のため、簡単な許容量と危険時の信号について、軽く触れておきたいと思います。
現在飼育されているザリガニの中で、溶存酸素量の面から最も強いとされているのは、前述の通りアメザリとヤビーで、1ppmくらいまでであれば、何とか生き延びることが可能だとされています。もちろん、一部では、0.5ppmまでを許容する大胆な養殖場もあるようですが、原則として1ppmを切ると、かなりの確率で落ちる個体が出ると考えて下さい。これらのザリを見ていますと、3ppmを切るくらいから、魚でいう「鼻アゲ」に似た行動をとるようになります。パターンとしては「水面に上がってきて横たわる」という形が最も多く、こうした行動が見られた場合は、水中の酸素量が極めて不足しており、危険な状態であると考えていいでしょう。
なお、水に対する依存度が高いマロンやユーアスタクス系諸種などは、5ppmを切っても危険だといわれます。また、種に関わらず、稚ザリも水に対する依存度が高いという点で、同様のレベルが限界だと考えてよいでしょう。いずれにせよ、我々キーパーくらいの飼育体制では、溶存酸素量自体を測定する機会もさほどないですし、相応のエアレーション・システムさえ導入しておけば、5ppmを割り込むということもないでしょうから、数値で調整するという作業も、あまり必要ではないといえます。
人間も酸素ボンベを装着すれば水中で生き延びることが可能です。しかし「それで残りの生涯を暮らせ」といわれると、きっと困ってしまうことでしょう。余命を全うできない可能性だって、かなりの割合であり得るはずです。やはり、人間は大気から直接酸素を取り入れた方がいいわけで、ザリガニも人間同様、水によるエラ呼吸という「自然の形」を準備してあげることが、キーパーに課せられた「必要最低限のルール」であるように思えてなりません。