その5 熱すぎず、冷たすぎず・・・

〜適正水温の問題〜



 淡水棲の水生生物は、海水棲のそれよりも、水温変化に対し強健だ・・・と言われます。確かに、棲息域の水量に圧倒的な違いのある両者のこと、この適応能力に差が出るのは当然のことですし、逆に「適応能力があるからこそ、淡水域に進出することができた」といっても、まんざら間違いでもないでしょう。
 しかし、すべてにおいてそれが通用するとは限りません。海水棲でも、たとえばタイドプールなどで暮らす生き物は、40度近い水温でも平気なものが少なくありませんし、高緯度地域に住む淡水魚などは、ちょっとした水温上昇で、すぐに死んでしまうのも数多く見られるからです。ザリとて同じこと。水温という点では「魚よりも強健」とされることの多いザリでも、その種の棲息する環境によって、適温や適応能力には、大きな違いがあるといってもよいでしょう。

 さて、現在日本で飼育されている主なザリガニについて、その飼育水温レンジを簡単にグラフ化してみたのが、このグラフです。下限を0度にセットしてしてある種もいくつかありますが、あくまでも「凍結しない範囲」ですので念のため。
 これを見る限り、やはり
ヤビーとアメザリが「最強健種」であることがわかります。その気になれば、夏のクーラーも、冬のヒーターも必要ないわけで、そういう意味では、最も飼育しやすい(少ない設備投資で済む)種だといえます。反面、低温に弱いレッドクロウや、高温に弱いマロンやタンカイ・ウチダ、日ザリなどは、何らかの形で水温管理が必要な種であるといえます。
 問題は、このグラフの数値範囲。これをみると、「この範囲なら大丈夫!」と受け止められがちですが、実は
この数値範囲、「かろうじて生き延びられるであろう上・下限範囲」ということで設定してあります。個体のコンディションや幼・成体などの違いによっても、多少ズレるケースはありますが、基本的には、これを下回ったり上回ったりしますと、生きては行けません。当然ながら「夏は上限いっぱいまで上がり、冬は下限いっぱいまで下がる・・・」ようでは、長期飼育などと土台無理な話です。
 比較的低水温に強い種についても、今回はそれぞれ0度近くまでグラフをセットしましたが、大半の種が、こういう時期、深場に移ったり巣穴にこもるなどといった、何らかの「避寒策」を講じるものです。そういう意味では、どの種も5度程度が、一つの下限かも知れませんね。

 では、どれくらいが「飼育に適する温度範囲」なのか? ということになりますが、それぞれの上・下限数値から5度程度内側の範囲で考えればよいのではないか・・・と思います。ヤビーですと、やはり10度前後から28度程度まででしょうし、高温に強いレッドクロウでも、さすがに32度以上になると、ちょっと不安です。「低すぎる方が安全か?高すぎる方が安全か?」という点については、どちらも同じくらい危険ではあるのですが、高水温の場合、水の傷み方が速くなることや、無用なバクテリア類が増殖しやすいなどという点で、
より危険度は高いといえましょう。
 ここまでは、水温の上・下限にばかり目を向けてきましたが、範囲内であっても、場合によっては好ましくない状況が発生するケースもあります。いわゆる「日格差」というもので、これが5度以上になりますと、餌食いなどが不安定になったり、不意な脱皮を引き起こしたりします。意図的に脱皮させる場合ならばまだしも、こうした形で個体に不要な負荷を掛けることは、決して望ましくありません。特に春・秋などは、
急激な水温上下のないよう、設置場所などにも留意が必要です。
 繁殖させる時、そのきっかけとして水温変化を活用する方法は、ザリガニ飼育でもよく知られています。一般的には、春先に水温を高めにセットしてやることで、交尾・産卵を促す・・・というやり方をとりますので、年中使える方法ではありませんが、ヤビー、マロンで18度程度、レッドクロウで24度程度に引き上げてやるようにします。冬眠終了後、脱皮を待って行うのが普通で、急激な変化を避け、最低でも1日(24時間)程度はかけて、ゆっくりと引き上げてやりましょう。前述の通り、この方法は、あくまでも「春先」に行うものです。夏場や初秋などに、水温を下げる形で設定してしまうと逆効果になりますので、充分注意して下さい。

 なお、春の繁殖活動促進には、この他にも日照(光照射時間)調整という方法がありますが、これについては、別の機会に触れることとします。