その3 胃石は「生活の知恵」

〜硬度(含有カルシウム)の問題〜



 飼育水の「硬度」という要素は、一般的な熱帯魚飼育においてさえも、あまり馴染みのあるものではありません。繁殖などを手掛ける上級キーパーは別として、よほど大きな変化、または急激な変化でもない限り、魚の方が順応してしまうからです。ザリガニの場合でも同じことで「いきなり、超軟水から、メチャクチャ硬い水に放り込まれた」などというケースでもない限り、まず問題はないといってもよいでしょう。
 しかし、やっぱり飼う以上は「長期飼育」を目指したいですし、できることなら繁殖だって手掛けてみたい・・・というのも、キーパーからすれば偽らざる真情でしょう。そこで、ここでは、特に対した問題ではないことを踏まえた上で、この問題について考えてみたいと思います。

 一般的な熱帯魚飼育では、主に「総硬度(GH)」と「炭酸塩硬度(KH)」が用いられ、地水の性質を知るための総硬度と、繁殖時の水緩衝作用を知るための炭酸塩硬度・・・というふうに、それぞれ使い分けるのが普通です。ただ、
ザリガニの場合、養殖文献などを見ても、そうした硬度の部分まで数値化して提示してあるものはほとんど見られません。ですから、種ごとの望ましい硬度数値については、今後、棲息水系の水質調査などをして行く上で、徐々に解明して行きたいと考えております。
 硬度(特に総硬度)に関係する飼育水の問題として、知っておいた方がよいものの一つに、「含有カルシウム分」というものがあります。カルシウム分は、ザリガニが外骨格を形成する上で必要不可欠なものだからです。甲殻類は、脱皮をしながら成長して行きますが、この時に、かなりの量のカルシウム分が必要であることは申すまでもありません。ですから「どうカルシウム分を摂取するか?」という点は、ザリガニに限らず、甲殻類全体にとって、大きな「命題」であるといえましょう。
 さて、数ある甲殻類生物のうち、ザリガニを始めとした一グループだけに、「胃石」という石を体内に作り上げるシステムがあることを御存知でしょうか? これは、脱皮の際に、古い殻からカルシウム分を溶かしだして一旦胃の中に貯蔵し、脱皮した後、それを再び溶かして新しい殻に再供給する・・・というもので、海水と比較して含有カルシウム分が少ない淡水に住む甲殻類ならではの「生活の知恵」だといえましょう。実際、古い殻を脱ぎ捨てたままにすることの多い海産甲殻類と比較すると、ザリガニを始めとした淡水甲殻類は、自分の脱皮殻を、実に綺麗に食べてくれます。見ていて気持ちのよいものではありませんが、これも立派な「生活の知恵」だといえましょう。
 このように、非常に重要なカルシウム分なのですが、養殖文献によれば、
飼育水の含有量は、1リットルにつき50ミリグラム以上が望ましいとされ、20ミリグラム以下になると、「ソフトシェル」といわれる甲殻の薄くて軟らかい個体になる・・・とされています。食用としては、こうしたザリガニに対する需要もあるため、意図的にそうした水質をセットする場合もあるようですが、飼育という観点では、当然ながら望ましいことではありません。pHと完全に比例するわけではありませんが、一般的に低pHの水は、こうしたカルシウムなどの含有量も低い場合が多いので、こういう場合には、念のために添加してやった方がよいでしょう。もちろん、pHの高い水なら絶対に大丈夫・・・というわけでもありませんが。
 一般的な熱帯魚飼育で、こうしたカルシウム分を添加する際、最も一般的な方法は「サンゴ砂」の使用で、底砂や濾過材として使用する方法がポピュラーです。しかし、実際の養殖文献で目にすることの多いのは、「石灰」の投入と「カキ殻」の投入で、石灰であれば粉末状態のまま、カキ殻であれば軽く砕いた状態で投入します。問題は「投入量」なのですが、池の場合ですと、1000平方メートルあたり石灰なら40キロ、カキ殻ならば20リットルバケツで5杯・・・とされています。残念ながら、水槽飼育に応用できる数値ではありませんね!
 従って、通常の水槽飼育であれば、
石灰の場合、適量を測定することが難しい上に、急激な水質変化をもたらしますから、基本的には使わない方がよいでしょう。また、カキ殻についても、「贈り物としていただいた生カキの殻を、シェルター代わりに1枚入れよう・・・」程度で充分なのではないでしょうか? 成分という点では、サンゴ砂でも変わりませんから、「濾過材の中に、サンゴ砂をひとつまみ・・・」という心づもりでちょうどよいと思います。
 最後に、このカルシウム分添加について、2つほど注意点を申し上げます。それは「変化はくれぐれも緩やかに」ということと、「種によっては、適合しない可能性がある」という点です。今から5年以上前、国内のある水産試験場で、マロンの試験飼育が行われていたのですが、その際、カルシウム分供給のために貝化石を投入し、上手く行かなかったことがありました。我々にも全然知識のなかった頃のことですから「それ見たことか! だからマロンは弱酸性の軟水じゃないとダメなんだ」と胃って、一気に軟水説へと走ってしまうキーパーもおりましたが、すでに御存知の通り、マロンの適正pHは7.0〜8.5ですので、ここでは、むしろ「カルシウム分自体の問題よりも、急激な変化または添加の方法論」こそが問題であった・・・と考えるべきでしょう。
 さらに、「有意義なものならば、どの種にも添加すべきか?」となると、一概には言い切れない部分があります。現在日本で飼育されているパラスタシダエ科諸種のうち、マロン・ヤビー・レッドクロウについては問題ありませんが、同じパラスタシダエ科に属していても、ユーアスタクス属の一部は、食虫植物の生えるような弱酸性・軟水域に棲息する・・・とされますし、キャンバリダエ科のうち数種は(あくまでも「飼育してみた感触」として)軟水系の方がよい・・・とも言われています。ですから、これらの種については、
個体のコンディションと相談しながら、添加の有無やその量などを考えていった方がよいでしょう。