その1 なぜ、軽視されてきたのか?

〜水について、突き詰められなかった理由〜



 ひと口に「いい水」といっても、何を基準に見たらよいのかがハッキリしなければ、どうしようもありません。水についてよく語られる「おいしさ、冷たさ、透明さ」では、人間の基準になってしまうからです。
 水生生物を飼育する際に使われる「飼育水の三要素」とは、一般的に
「水質・水温・酸素量」を指します。それぞれの水生生物に関する飼育マニュアルでは、これら3つの要素について、それぞれ理想値・許容値を挙げ、その実現・維持のための方法論を説くのが普通です。
 しかし、ザリガニの場合はどうか・・・というと、これらのいずれもが、ほとんど触れられないまま、現在まで流れてきました。これは、ザリの場合、そういった飼育マニュアル類のほとんどが、簡便さこそを命とする「子ども向け」であったこともありましょうが、
ザリガニ(特にアメザリ)自体が「ここに挙げたそれぞれの要素に対し、極めて高い順応性と許容能力を持っている」ためであることも間違いありません。確かにアメザリの場合ですと、水面に出ることができて、しかもエラさえ湿っていれば、極端な話、溶存酸素量ゼロの水でも生きて行けるのですから、「こういうことに触れなくても大丈夫」という考え方に流れて行ってしまっても、仕方ない部分はあるのです。そして、この部分こそが、長年にわたり「子どもたちのお友だち」として親しまれ得た直因なのかも知れません。
 ただ、それはあくまでもアメザリでの話。翻って考えれば、昨今のザリ飼育界では「アメザリ以外の外産種飼育」が主流となりつつあり、また、それらの中には「飼育水に対する許容範囲のかなり狭い種が存在している」ということも、紛れのない事実なのです。こうした種の個体を、アメザリと同じような感覚で飼育すれば、
長期飼育ができないことなど、むしろ当たり前だといえましょう。
 例年、秋口から春先にかけて、数多くのショップに「ニホンザリガニ」が並びます。価格も手ごろで、それなりに小さいサイズの個体ですから、ちょっとした物珍しさも相まって、結構よく売れるようです。しかし、そうした現象の陰で、そのほとんどの個体が、本来受けるべきケアをされないまま、無為の死を遂げて行くという事実があることを、我々は看過すべきでありません。本来、清澄な湧水を持ち、常に一定以上の温度には上がらないという環境にしか住めないニホンザリガニが、下手をすればアメリカザリガニの棲息域以下の厳しい環境にさらされた時、我々は、それでも彼らに「生き延びよ」と言えるでしょうか?
 ザリガニだって、立派な飼育生物です。物でもオモチャでもありません。棲息している環境があるのならば、それを再現する努力を傾けるのが、キーパーとして最低限の礼儀なのではないでしょうか? だとすれば、一つぐらいは「それっぽい」飼育マニュアルがあってもいいはず・・・。今回の主眼は、ここにあるといっても過言ではありません。
 アメリカザリガニやヤビーは、全世界に棲息するザリガニの中でも、屈指の強健種です。ですから、いちいち深く考えなくても、それなりに上手くいってしまうケースは、いくらでもありましょう。でも、それに甘えるのは、キーパーとして望ましい姿勢ではありません。そこで、あえて忠実に「水質・水温・酸素量」という3つの要素から、ザリにとっての「いい飼育水」というものを掘り下げて考えて行きたいと思います。