満ち足りた負け試合
池田 親興投手(元阪神タイガース)



いただいた日:平成15年1月13日
いただいた場所:東京ドーム

 真冬の東京ドーム・・・。こんな時期外れの寒い中、パパは22番ゲートの前に立っていました。なぜかって? それはこの日、パパが一生懸命南海を応援していたころの選手が数多く出場する、マスターズ・リーグの東京vs福岡戦が行われるからです。
 プロ野球のペナント・レースがオフになる晩秋から翌年早春に掛け、全国津々浦々の球場で開催されるプロ野球マスターズ・リーグ。札幌・東京・名古屋・大阪・福岡の5チームが、各40試合ずつ、熱い戦いを繰り広げます。心ないファンに「スピードのカケラもない爺さんリーグ」などと揶揄されるこのリーグですが、とんでもない! 30〜40代の投手は、140km超のボールをビッシビシ投げてきますし、60歳を超えた「往年の名選手」たちも、ひとたびバットを握れば、唸るようなスイングを見せてくれるものです。そして何より面白いのが、試合自体が「真剣勝負」だということ・・・。何かのエキシビション・マッチのような緩いムードは、微塵も感じられません。「男の闘い」に生きてきた勝負師たちが、自らの「生きざま」を再び見せる場・・・なのでしょう。
 ただ、そこは「マスター」たちの集団・・・。単に「闘う姿」を見せるだけでなく、いかにしてお客さんを楽しませるか・・・という点でも、マスターぶりを遺憾なく発揮します。超一流の技を持っているからできる「子ネタ」の数々。目の肥えた、野球を知っているファンだからこそ理解できる、玄人の技・・・。一級品の腕を持った団員しか演じ切れないとされる「ピエロ」の姿に通じるものを感じました。野球を「若さ」や「スピード」だけでしか語れないとするなら、この感動は一体何なのだろうか・・・? 「爺さんリーグ」と揶揄する人にこそ、この試合、このプレーを観てもらいたい・・・。パパは、そう思いました。
 さて、マスターズ・リーグで何が嬉しいかといえば、やはり「多くの選手たちが、気軽にサインしてくれること」でしょう。試合前の時間、あちこちでフェンスを挟んだ「即席サイン会」が開かれています。現役当時であれば、近寄ることすらできなかった名選手たちが、にこやかに近づいてきては、次々と差し出されるものにサインをして下さっています。サインの行列に並んでいるのも、黄色い声援を送りそうな若い女性ファンよりも、どちらかといえば「往年の野球少年、野球少女」の方が多いのは、ま、当たり前のことかも知れません。
「やっぱり、みんな思い出と一緒に生きているんだなぁ・・・」
 そんなことを考えながら、東尾投手にいただいたばかりのサインを眺めていると、目の前に並んでいた観客たちから、一斉にサインを求める歓声が挙がりました。ふと、顔を上げると、ひと昔前、甲子園を沸かせた阪神のエース、池田親興投手がフェンスのすぐ向こうを歩いているではありませんか! 懐かしい阪神の帽子をかぶったファンなどは、今にも涙を流し出さんばかりの上気した顔でサインを求めています。同じころ、僻み半分、羨ましさ半分で阪神の快進撃を眺めていた南海ファンにとって、あまりにもまぶしい投手その人でありました。池田投手は、そんな歓声に気づくと、にこやかに近寄ってきてサインをし始めました。笑顔あふれる阪神ファンに混じって、おずおずとサインの列に並ぶ南海ファン・・・。いくら、彼が、その後福岡に移転したホークスの一員になったといっても、そして、いかに彼が、今のホークスを担当する解説者であったとしても、パパにとって「池田投手」とは、やっぱりキラキラした、阪神タイガースのピッチャーなのでありました。
 用意していたホークス時代のカードを差し出すと、彼は、にこやかな表情のままペンを走らせて行きます。カードを返していただき、お礼を言ったパパの先には、いつも「すぽると」でダイエーファンの気持ちを代弁してくれる、あの笑顔がありました。

 試合は、山本、岸川、藤本、小川といった南海戦士を数多く擁する福岡ドンタクズが、東京ドリームズを相手に、手に汗握る大接戦! 西武球場で、後楽園球場で、そして川崎球場で光輝いていた、あのころの南海ホークスが、次々と心の中に甦ってきます。結局、デストラーデと森博という、考えてみれば当時から天敵だった旧西武勢に打たれ、そしてこれまた西武のエースだったナベQに144km豪速球でトドメをさされるあたりまで、どこまでも西武にやられ続けていた往年の南海ホークスとそっくり同じなのでありました。
「ドモ、アリガトゴザイマス。明日マタ、ホームラン打チマス!」
デストラーデ選手のヒーローインタビュー・・・。そして、それを恨めしそうに眺めながら帰り支度をするホークスファン・・・。何から何まで、あのころと同じ・・・。すべてを忘れ、すべてを賭けて野球観戦に没頭していたころの自分と同じ姿が、そこにあったのでした。

「あぁ〜あ、負けちゃった・・・」
 すっかり陽の沈んだ水道橋の街を、のんびりと水道橋駅へ向かって歩きます。この姿も、あのころと同じでありました。真冬の冷たい風が、頬を横切ります。でも、あのころよりもなぜか嬉しく、なぜか満ち足りた、心のホッカリ温かい、負け試合の帰り道でありました。



この日、いただいたサイン
東尾修投手(西武)・高橋慶彦内野手(広島)・池田親興投手(阪神)
岸川勝也外野手(南海)・山本和範外野手(南海)



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