月の光ありてこそ
高橋 憲幸投手(日本ハムファイターズ)
いただいた日:平成14年11月23日
いただいた場所:鎌ヶ谷・ファイターズタウン
今日は、ファイターズのファン感謝デーだというのに、朝、目を覚ましてみれば、今にも降り出しそうな、どんよりとした曇り空・・・。今も昔も、パ・リーグ党であることには違いありませんが、根っからの「熱血ファイターズ・ファン」というわけではないパパにとって、こんな天気は、決断を鈍らせるのに充分なものがありました。ここのところ、仕事もだいぶ忙しかったし、今日一日ぐらい、ゆっくり自宅で身体を休ませようか・・・。
でも、一昨年は片岡選手、昨年は田口選手と、パパは毎年、ファイターズのファン・フェスタで、ファイターズの選手から元気を分けてもらってきました。最近、肉体的だけでなく、精神的にもちょっと疲れ気味のパパにとって、やっぱりこれは、いいチャンスかも知れない・・・。パパは、いそいそと支度をすると、駅に向かいました。
平日とは違い、どこかノンビリとした空気の流れる車内で、パパは買ってきたスポーツ紙を読んでいました。
「ん? 高橋が武闘派宣言? あのノリさんが?」
新聞には、契約更改のニュースに併せ、来期への決意を語る高橋投手の記事がありました。
「そういえば、今年は一度も、ドームでノリさんの姿を見なかったもんなぁ」
高橋投手といえば、ファイターズの貴重な左腕セットアッパー。勝ち試合でも負け試合でも関係なく、黙々とマウンドに立ち、淡々と自分の仕事をこなす・・・という印象がありました。キラキラの若武者、井場が入団すると、それまで背負っていた14番をその若武者に譲り、これまた淡々と、マウンドに立ち続けました。今季、近鉄から柴田投手が移籍してきたことで、この立場も厳しいものになりましたが、脅かす方も脅かされる方もパッとしないまま、ペナントレースも終わってしまったのです。そんな彼が、来期に自分の選手生命を掛けている・・・。パパは、今日、どうしても高橋投手に会いたくて仕方なくなりました。
電車を乗り継ぎ、市川大野の駅に着いたのは、昨年よりもさらに遅いお昼過ぎ・・・。出掛ける人波は、昨年同様、ピークをとうに過ぎていたようで、無料送迎バスの車内も閑散としています。これまた昨年同様、数人のファンと静かな空気を乗せて、バスはファイターズ・タウンへと快調に走ります。毎年、この時期に見る風景が、バスの外を流れて行きます。
ファイターズ・タウンでしたが、これまた予想通り、熱烈な「本物・日ハムファン」でごった返しておりました。ステージでは、これまた例年通り、ガンちゃんが軽妙なトークを炸裂させ、ファンの大きい笑い声が響き、ブースでは、売り子さんと一緒になって、グラウンドを沸かせた選手が立っていました。サインをしてもらって、握手をして一緒に写真を撮ってもらって、おいしい食べ物を頬ばる・・・。多くのファンが笑い、そして楽しむ、いつもの「ファン・フェスタ」の風景が、そこにはありました。間違いなく、12球団で一番素晴らしい「ファン感謝」の行事が、今年もここにはありました。でも、高橋投手の姿が見つかりません。
そんなファンでごった返す勇翔寮への坂道を上がって行くと、今年もあちこちで「即席サイン会場」ができあがっています。藤島、厚沢、田中賢・・・。多くのファンが、今年も選手の前に長い行列を作っています。あれ? いないなぁ・・・。
他の選手にも、サインはしていただきたいと思っていました。でも、今日はまず、ノリさんにサインして貰いたい・・・。
少し不安になり始めたころ、寮の先の一番奥に、高橋投手の列がありました。そのすぐ横には、関根投手にサインを求めるファンの、長い、長い列がありましたし、高橋投手のそれは、そうした先発投手の列に比べると、それほど長いものでもありませんが、列の先頭でファンの差し出すものに黙々とサインを続ける高橋投手の姿は、例年通りでありました。
高橋投手にサインをいただくのは、今年が初めてではありませんでした。昨年も、一昨年も、それ以前も、彼は、笑うでもなく嫌な顔をするでもなく、黙々とサインをしていました。ファンも、整然と列を作り、淡々とサインを貰い、お礼を言うと次のサインの列へと去って行きました。高橋投手もファンも、当たり前のようにサインをし、サインをされて行きます。パパも、黙ってその最後尾に並び、カードにサインをしていただくと、そっと列を離れました。
もとより、ガンちゃんのような軽妙さも、他の若手投手のような華やかさもありません。でも、決して途中でサインをやめたり、ファンの声に気づかない振りをして走って逃げることは絶対にありませんでした。毎年、イベントが終わっていても、ファンが何かを目の前に差し出してくる限り、本当に黙々と、ペンを走らせていました。今年も、きっとそうでしょう。
「そうだ! これが、彼の仕事なんだ・・・」
ハムのファン感謝デーといえば、ガンちゃんのような選手が絶対に必要です。でも、彼だけで感謝デーは成り立ちません。決して目立たない、でも、絶対になくてはならない・・・。そんな「損な」役回りを、必死になって勤め上げている選手も、チームには、そしてファンには絶対に必要なのです。ガンちゃんや他のヒーロー選手たちが、ファンの歓声や拍手を浴びる時間、ステージから遥かに離れた会場の隅で、黙々とサインし続ける選手も、絶対に必要なのです。それは、試合と同じ・・・。どんな勝ち星もセーブもつかない試合展開でも、文句の1つも言わずに打者と向かい合い、そして討ち取らなければならない。いつも「討ち取って当たり前」であり、たまさか試合に勝っても、ヒーローは打者であり抑え投手であり・・・。それでも、翌日にはまた、ブルペンで肩を作る・・・。こんな役割を担いながら「常に冷静」でいられることが、どんなに難しいことなのでしょうか。真の「武闘派」でなくして、こんな辛い役回りができるのでしょうか・・・?
パパは、もう一度、貰ったばかりのサインを取り出して眺めました。そこには、カード内容に合わせ、わざわざ「14」と書いてくれたサインが輝いていました。こんなところまで、ちゃんと見ながらサインしてくれている・・・。笑顔以上の「嬉しさ」が、パパの中にこみ上げてきました。
「なんか、42番のサインも欲しいなぁ・・・」
パパは、そんな高橋投手の「今のサイン」が欲しくてたまらなくなりました。新聞記事で「来季は力強さを増してマウンドに戻る」と心に期した、背番号42の高橋選手に、サインをして欲しくなったのです。パパは、下りかけた坂道を引き返すと、もう一度、列に並びました。
「すいません、ここに42番のサインをいただきたいんですけど」
「あ、でもこれ裏だよ」
「ハイ、すいませんが・・・」
いきなり、カードの裏側を差し出された高橋投手は、少し怪訝そうな顔をしましたが、カードをひっくり返すと、すぐに状況を察して、軽い笑みをたたえながら大きくサインして下さいました。
「ありがとうございますっ!」
高橋選手は、軽い会釈をしてくれると、すぐに、次のファンの色紙を受け取り、ペンを走らせました。
パパは、のんびりと坂道を下りてくると、球場のスタンドに陣取りました。グラウンドでは、例によって岩本監督率いるファイターズが、中360日の先発、奈良原投手を立てて、アマチュアチームと熱戦を繰り広げておりました。そんな景色をぼんやりと眺めているだけでも、心の垢が、どんどんと落ちて行きます。「ここには、日光がある・・・。あぁ、やっぱり来てよかった・・・。」
燦々と輝く日光のようなガンちゃんと、たった一人で暗闇を照らす高橋投手・・・。昼には昼の、夜には夜の光があって、人の心は豊かになるのです。月は太陽を真似できないように、太陽も、月を真似することなど決してできない・・・。2つの光が、自分らしく輝いてこそ、人は、豊かに暮らせるのです。
「今年は冬眠期間やと思うて、来季は最初から行きまっせ!」
ガンちゃんは、ファンの前で、高らかにこう宣言しました。そしてもう1人、ファンの前で高らかに宣言こそしないものの、来季に期している選手がいることを、パパは知っていました。「太陽と月・・・。この2人が、自分なりの「最高の光」を放った時、ファイターズは必ずや首位戦線に躍り出てくることでしょう。
来年、最後となる東京ドームのマウンドに、高橋投手がいつも通りの顔をして上がり、いつも通りに淡々と打者を討ち取ってくれる姿を信じて、パパは、帰りのバスに乗り込みました。ギュウギュウ詰めのバスの中には、今年も、満足感でいっぱいの笑顔があふれていました。
この日、いただいたサイン
阿久根内野手・田中賢内野手・木元内野手・金村投手・厚沢投手・清水投手・建山投手
隼人投手・藤島外野手・島田外野手・高橋憲投手・佐々木投手・関根投手・伊藤投手
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