12年目の「ドキドキ」
井上 祐二投手コーチ(千葉ロッテマリーンズ)
いただいた日:平成13年7月15日
いただいた場所:ロッテ浦和球場
「2軍なんてよぉ〜」という声はよく聞きますが、2軍の試合も、いいものです。明日のスターを目指す若武者たち、そして「あの栄光をもう一度」と、必死になって自らを鍛え直すベテラン選手たち・・・。それぞれの選手の「熱い想い」が、炎天下のグラウンドに交錯しています。1軍の「真剣勝負」とは、ひと味違った「気合い」を、ほんの数メートル手前から見つめることができるわけですから、嬉しくないハズなどありません。
最近、すっかり「迷コンビ」と化したパパとDスケくん。今日は、午前中の用事を済ませて、ロッテ浦和球場にお出かけ・・・です。
「里崎サンと川井サン、今日は活躍してくれるかなぁ・・・。ホントは、マリンで会いたいんスけどねぇ」
マリンでのサイン以降、すっかり2人のファンとなってしまったDスケくんは、彼の名付けた「夢のバッテリー」の動向が、気になって仕方ないようです。
「で、今日は誰のサインを貰うつもりなんですか?」
「今日は、井上さんに貰うことが一番だな!」
「えっ? イノウエ? 広島にいた、あのコーチの井上さんですか?」
「ウン! 一応選手のカードは持ってきてあるけどね。井上さんに貰えれば、それでいいんだ」
「カァ〜、また出たよ! オヤジ趣味が・・・」
Dスケくんは、すっかり呆れ返ってしまいました。
(そうかぁ、Dスケの歳からすれば、井上って言ったら、広島なんだ・・・)
パパは、球場への道を歩きながら、10年以上前の雄姿を思い起こしていました。
「南海ホークス、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、中条に代わり、井上。背番号12」
そんなアナウンスでグラウンドが大歓声に包まれる中を、ブルペンから真っ正面に視線を据えて、ゆっくりと登場してくるのが、このピッチャーだったのです。スタンドのファンは、よく知っていました。彼がマウンドに立つというのは、この日のホークスが「勝つ」ことを意味するのだ・・・ということを。
実際、彼の球には威力がありました。「クマさん」というニックネームを持つ、優しい顔を持った投手でしたが、球威や度胸は「百獣の王」とでもいうべき凄さがありました。清原、秋山のバットがむなしく空をきります。そして、あっという間のアウト3つ・・・。ふと気づくと、ベンチ前で選手や監督と握手を交わす「クマさん」の笑顔がありました。緑のユニフォームが、凛々しく感じられました。そして、南海ホークスのファンであったことを、何より嬉しく思う瞬間でもありました。「いいぞぉ〜イノウエぇ〜! またやっつけてくれぇ〜!」 スタンドのファンは、口々にそう叫び、彼の熱闘を讃えました。
時は流れ、あの「守護神」はいくつものチームを渡り歩き、今や2軍投手コーチとして、浦和のブルペンに立っています。そして、あの時、スタンドで大喜びしていた若い兄ちゃんは、髪の毛の薄いオッサンになっていました。
球場では、多くの選手たちが試合前の練習に入っていました。室内練習場との間の道路では、若い選手がファンに囲まれ、にこやかにサインをしています。
「やっぱ、これッスよ! この距離が、本当の距離なんです!」
選手とファンとが身近に接しられる2軍の試合・・・。少年時代、マリンで全く同じ経験をしていたらしいDスケくんも、彼なりの思い出に浸っているようです。
「あ、来ましたよ! 待ってたんでしょ?」
Dスケくんの声で顔を上げたパパの目に、あの懐かしい男の姿が飛び込んできます。ユニフォームは緑でなく、そしてグローブも持っていません。そして、あのころのようなアナウンスもありません。でも、パパは1人、10年前の兄ちゃんに戻っておりました。今の自分の年齢など忘れ、ダァーッと駆け寄ります。手には、12年前に毎日かぶり、球場へと向かった、古い緑色の帽子がありました。
「井上さん、すいません。ここにサインしていただけますか?」
「オウッ。ここね?」
井上さんは、手渡された緑の帽子を見ると、ニコッと笑ってペンを走らせてくれました。
「あ、ありがとうございましたっ!」
帽子を受け取った「元・兄ちゃん」は、最敬礼をして見送りました。あの時の喜び、あの時の悔しさを共に味わった帽子に、初めて「魂」が入れられた瞬間でした。心の底から「ドキドキ」した瞬間でした。
「嬉しいでしょ? 嬉しいだろうなぁ・・・」
Dスケくんが、最敬礼するパパに、そう声を掛けます。
「当たりめぇだろうよ。俺にとっちゃ神様みたいなピッチャーだったんだぞ。凄かったんだぞ! 清原なんてよ、かすりもしねぇでさ。秋山だってバークレオだって、そりゃあもう・・・」パパの「演説」は続きます。Dスケくんは、ハイハイと相槌を打っていましたが、多分、聞き流していたのでしょう。パパも、そのことは充分に わかっていました。だって、この感動は、あの時、緑のホークスを万感の想いで見送った人間にしか、わからないことでしょうから・・・。
若い選手たちがファンに囲まれながら続々と球場へ向かう姿をぼんやりと眺めながら、パパはペンとカードを取り出そうともせず、すっかりあのころの思い出に浸りきっていました。雲1つない浦和の空の下、ここだけが「昭和」でありました。
この日、いただいたサイン(パパ・マリーンズ分)
井上コーチ・高沢コーチ・高橋投手・横田投手・戸部投手・礒投手
塀内内野手・青野内野手・ダイ内野手・天野内野手・立川外野手・早川外野手
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