湿布薬の袋に見た、男・福浦のド根性
福浦 和也内野手(千葉ロッテマリーンズ)



いただいた日:平成13年4月22日
いただいた場所:千葉マリンスタジアム

 その日の試合は、いつも以上に盛り上がっていました。ミンチーの力投は、移籍後本拠地初勝利という結果をもたらし、小坂は、自身初の満塁ホームランでスタンドを沸かし、そして、故障から立ち直ってきた石井は、「貫禄」を見せつけるタイムリー・ヒット! スタンドにいた誰もが「今年のマリーンズは違う」と思ったに違いありません。メイも好調だし、ボーリックだって悪くない。ピッチング・スタッフも充実しているし、男、石井も帰ってきた・・・。福浦とのレギュラー争いも、いよいよ熱くなるぜ・・・と。
 何といっても、石井は巨人で大活躍した実績を持つ、全国区の金看板! 代打・石井がアナウンスされた時の大歓声が、それを如実に物語っていました。
 さて、今日御一緒したのは、友人であり、とりあえず後輩であるDスケくん。阪神、ロッテをこよなく愛し、少年時代は選手にサインしてもらいたくて、日夜マリンスタジアムに出掛けていた猛者であります。さすがに、大人になってからは「落ち着いて」野球を観るようになったそうですが、みもパパが「今度行ったらサインをしてもらおうぜ」なんて言い出したモンですから、もう大変! 過ぎ去りし少年時代の熱き想いが甦ったのか、アッという間に同行決定! 「オジサン野球少年」2人のできあがり・・・です。ところが、当日はみもパパの「遅起き」のせいでサイン会参加は締切に・・・。「サインは欲しいけど、ゆっくり寝たい・・・なんて、甘いんですよ!」サイン集めでは大先輩のDスケくんの、厳しい「指導」に、みもパパはシュンとしたのでありました。
 試合が終了してから2時間も経つと、球場の周囲は、ひっそりと静まり返ります。先ほどまで熱い歓声に包まれていた球場は、しっとりと夕闇に照らされ、長いかげを地面に落としています。観客はもちろん、選手も関係者もほとんどが家路につき、幕張の浜からは、肌寒ささえ感じられる潮風が流れてきます。球場の出口で選手にサインをしてもらおうと待ち続けていたファンも、1人、2人と帰って行きます。
 みもパパとDスケくんは、この時、川井投手と里崎捕手からサインをしてもらっていました。パパはカードに、Dスケくんは選手名鑑に・・・と、サインしてもらうものは違っていましたが「オジサン野球少年」2人にとって、そんなことは一切関係ありません。川井投手も里崎捕手も、家路を急ぎたいところをわざわざ止まって下さって、にこやかに応じて下さっていたのです。
「いやぁ、里崎サン、絶対いい! 川井サンも絶対いい! もう今日から、絶対応援しちゃいますよ。2人で組んだら、夢のバッテリーで決まりッスよ!」・・・Dスケくんも、久しぶりのサインゲットに、顔を紅潮させています。パパも、まさしくそんな思いがしていました。
 試合が終わってから、選手の荷物をどんどん積み込んでいたトラックが、次の遠征地へ向けて出発するころになると、もう、残っているファンもほとんどいなくなりました。「それじゃあ、そろそろ俺たちも帰ろうか・・・」
 そんな時、出口に1人の選手が姿を見せました。福浦選手です。残っていたわずかのファンから、一斉に声が掛かります。「福浦さぁん、サインしてくださぁ〜い!」
 彼は、車に向かいかけましたが、その声を聞くと、荷物を置いてこちらに近寄り、ファンの差し出すものに次々とサインをし始めました。さぁ大変! パパは自分の金色サインペンを、もうしまい込んでしまっていたのです。「Dスケ、その緑のペン、俺に貸せ!」
 パパは、Dスケくんの持っていた緑のペンを奪い取ると、カードと一緒に差し出しました。ところが、返したいただいたカードには、上半分がかすれたサインがしてあったのです。今日使い始めたばかりの新品サインペンなのに・・・。
 パパは、かばんの中から改めて金色サインペンを取り出すと、再び列に並びました。やっぱり、綺麗なサインが欲しいから・・・。でも、その時、サインをしている彼が持っている袋がチラッと目に入ったのです。それは、病院で診察した後に出してもらう、湿布薬の袋でした。「そうか! 彼は、どこかが痛いに違いない・・・」 パパは、列を離れ、ペンとカードをしまいました。そして彼は、全員にサインをし終えると、軽い笑顔を残して、去って行きました。
「おいDスケ、福浦って、どっか故障してたっけ?」
「いやぁ、そんな話、聞いたことないッスねぇ・・・」
「そうか・・・今日もスタメンで出てたしな・・・」
 パパは、それ以上、福浦選手のことに触れませんでした。話題に挙げるのが、申し訳ない気がしました。
 年間140試合もする野球選手のことです。身体のどこも痛くない・・・なんて、あろうはずなどありません。でも、戦う人間は、「痛い」なんて泣き言をいってられるヒマもないのです。ましてや、キャンプ中から騒がれ続けてきた、彼にとって最大のライバルである「男、石井」の戦線復帰・・・。少々痛かろうが、そんな姿を見せられようはずもありません。
 試合終了後、多くの選手が次々と帰って行く中、彼は、必死に練習していたのでしょうか? それとも、痛む身体を必死にケアしていたのでしょうか? とにかく、最後の最後まで球場に残り、必死に「何か」と戦っていたのです。このかすれたサインも、隠すように持っていた湿布薬の袋も「男、福浦和也」のド根性を物語っているに違いない・・・。パパは、そう思いました。そして、ミーハーな気分でカードを差し出し、それがかすれていたからといって、もう一度並んでサインしてもらおうとした自分が、ちょっと情けなく思えました。
「頑張れ福浦! 負けるな福浦! 俺は応援するぜ!」
そんなことを考えながら帰りのバスに乗り込んだころ、幕張の街には、もうすっかり夜のとばりがおりていました。




この日、いただいたサイン(パパ)
里崎捕手・川井投手・福浦内野手


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