学芸員のひとり言(その4)
過渡期のあだ花”刺繍地ワッペン”


 子どもたちのかぶる野球帽の球団マークは、1970年代中盤ごろを境にして大きく変化します。それが”ワッペンマーク”から”刺繍マーク”へのシフトですが、その過渡期、ホンの僅かな間だけ”刺繍地ワッペン”なるマークを施した野球帽が出回っていました。ワッペンに区分すべきか刺繍に区分すべきか迷ってしまうこの球団マーク・・・。今回は、そんな”刺繍地ワッペン”の特徴や明暗を取り上げてみることにしましょう。

 ”刺繍地ワッペン”帽子とは、読んで字の如く「刺繍を施したワッペン(またはシール状の刺繍)を縫い付けたり接着させたりして仕上げた帽子」のことを指します。パッと見た感じでは、直刺繍の帽子と見分けはつきません。従来のワッペン帽子に比べれば格段に豪華で、カッコよく見えたものでした。

   


 上の2枚の写真をご覧下さい。いずれも阪急ブレーブス・黒赤Hロゴ帽子のマークを拡大したものです。右と左とで”H”の横棒の形が少し異なりますが、今回、ちょっとその部分には目をつぶっていただく(苦笑)として、刺繍全体のイメージをよくご覧になっていただきたいと思います。右側の帽子が、いかにも「直接ガツガツ縫い付けました」みたいな感じになっているのに対し、左側の帽子は、妙にロゴが浮き上がっているようにお感じにはなりませんでしょうか? そう! 同じ刺繍帽子に見えますが、右側が直刺繍、左側が刺繍地ワッペンの帽子なのです。
 左にある近鉄のBロゴも刺繍地ワッペンです。このワッペンは、いわば「刺繍したものを貼り付ける」形となっているので、初期の平べったい刺繍に比べると、まるで最近のニューエラ社製帽子のようにマーク全体が立体的に見えますよね。ただ、元々別々になっているものを貼り合わせるワケですから、どうしても貼りムラが出てきてしまいます。このBロゴも、よぉーく見てみると所々に白い貼りムラが見えてしまっているのがおわかりいただけますでしょうか? 実は、こうした部分こそがこの方式の最大の弱点なのです。確かに、新品の時こそ非常に高級感があってカッコいいものの、刺繍自体が直接縫い付けられていない分だけ、非常にモロいのが実情・・・。何度もかぶり、洗濯などを繰り返しているうちに、糸がドンドンとほつれてしまうことも少なくありませんでした。また、刺繍を貼り付けた台座自体の接着が不充分ですと、かぶっているうちにロゴの部分全体がペラペラとめくれ始めてくる・・・なんてこともあったのです。子どもたちにとって、マークは”何よりも大切な勲章”ですから、ここのところがみすぼらしくなることは、何よりもガッカリさせられることでありました。
 この方式は、当時のすべてのメーカーが採用していたワケではなく、特定のメーカーに限られたものでしたし、その後、直刺繍の帽子でも、これくらいの立体感を持ったものが出始めてきましたので、こうした刺繍地ワッペンの帽子は、結局、方式として定着することなく、人知れずひっそりとその姿を消して行きました。1980年代後半以降の野球帽で、この方式を採っている帽子は、今のところ確認できていません。
 なお、直刺繍帽と刺繍地ワッペン帽との見分け方ですが、マークの反対側、帽子の裏側(内側)から覗いてみるとすぐにわかります。直刺繍帽は、たいていの場合ガッツリと縫い付けられている様子が裏側から確認できますので・・・。もし、気になるようでしたら、ぜひ帽子の内側から確認してみて下さいね。なお、最近のニューエラ製帽子などは、内側から見ても刺繍の様子が見えませんが、これは直刺繍をした後、さらにその内側に”当て布”を1枚かませている形をとっているからです。いわゆる”刺繍地ワッペン”とは異なりますので、念のため・・・。

 最後に、なんとも判断に迷う変わりダネ・・・を1つ(苦笑)。
 これは1970年代に販売されていたと思われる中日ドラゴンズの帽子ですが、そのものズバリ”刺繍を施したワッペン”を縫い付けた帽子です。考えようによっては、まさにこれこそが”刺繍地ワッペン”そのもの・・・ということになると思う(笑)のですが、他の球団でこうした帽子を見つけることはほとんどできていません。この時期は、今のように意匠権や商標などの問題が厳しくなかったこともあり、大手以外にも全国津々浦々のメーカーでこうした帽子が作られていましたから、中にはこうした“チョイと高級”なワッペン帽子も作られ、出回っていたのでしょう。これはこれで、なかなかおもしろいことではないかと思います。



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