学芸員のひとり言(その3)
「バッジ替え」の思い出


 1970年代ごろまで、子どもたちのかぶる野球帽はワッペン帽子が主流であったことは触れましたが、その当時、野球少年が自らのアイデンティティーを主張する一つの手段に「バッジ替え」というものがありました。「バッジ替え」という名称自体は、あくまでも私の住んでいる千葉県で使われていた言葉(ワッペンなのに「バッジ替え」ですから、やはり変かも知れませんね・・・苦笑)ですので、違った言い方をする地域もかなり多いと思いますが、要は「ワッペンの貼り替えという、野球帽のオリジナル・カスタマイズ」みたいな感じのものです。

 昔からある街の街中で古くから営業している帽子屋さんなどでいろいろ聞き歩いたところ、当時は、すでにワッペンが付けられた”完成品”の形で問屋さんから入荷してくる帽子の他に、帽子は帽子、ワッペンはワッペンで入荷してくるケースもかなりあったようで、特に1970年代前半ごろは、最初からワッペンがついていた商品は決して多くなかったそうです(ここらへんのことは、私自身、帽子業界の人間ではございませんので、確かではございませんが・・・苦笑)。
 こんな状態でしたから、当時の帽子屋さんの店先には、ワッペンが付いていない野球帽もたくさん並んでおりまして、帽子屋さんが自らワッペンを縫い付けた上で店頭に並べることも少なくありませんでした。そして、お客さんが自分の買う帽子を決めてから、そこで初めて、縫い付けるワッペンを決める・・・という方式もありました。それが、私たちの地域で「バッジ替え」と呼ばれる、子どもたちにとっては最高の”セレモニー”なのです。
 新品の野球帽を買ってもらえる・・・となった時、子どもたちは、帽子屋さんの店先に並んでいるワッペンの付いていない帽子の中から、まず、自分の一番好きな色合いの帽子を選びます。すると、優しそうな帽子屋のおばあちゃんが、奥から小さな紙箱を持ってきまして「じゃあ、何をつけてあげようかねぇ」と言ってくれる・・・。これが、子どもたちにとっては、至福の瞬間でした。
 その紙箱の中には、当時の球団のマークが無造作に放り込んでありまして、しかもそれが各球団2〜3種類ずつあり、子どもたちにとって、それは「宝箱」以外の何物にも見えませんでした。右側の写真が、その”箱”を再現してみたものです。箱のフタが開けられた瞬間、なんか妙に嬉しくなってしまうという気持ち、わかっていただけます・・・でしょ?(笑)
 子どもたちは、その宝箱を前に、ひとしきり悩んだ挙げ句、「じゃあ、これ!」とワッペンの1つを指さします。すると、その優しそうな帽子屋のおばあちゃんは、そのワッペンを取り出すと、針と糸を持ち出してきて、チョイチョイッと帽子に縫いつけて行きます。こんなわけで、世界に1つの「マイ帽子」ができあがる・・・という次第。
 こんな状態ですから、真っ赤な巨人帽子や、ブルーの阪神帽子なんていうものも平然と登場してしまうわけで、デザインのセンスや、商標権の有無などといった問題など、こうした帽子の前では、いとも簡単にブッ飛んでしまうのです。まあ「それだけ時代が大らかだった」ということになりましょうか・・・。

 ここでは、そんな中から「組み合わせ成功(?)例」として、南海ホークスの帽子を取り上げてみました。確かに南海といえば”緑”ではありますが、緑地に天ボタン・穴かがり・ツバが黄色というデザインは、ホークスの歴史上1度たりとも採用されたことないものです。ただ、こうして形になってみますと、メジャー・リーグのオークランド・アスレチックスを彷彿とされるデザインで、「これなら実際にかぶってみてもいいかなぁ?」という気分にさせられるのが不思議ですよね。最近は”レトロユニフォーム・デー”なども行なわれるようになり、ソフトバンクも南海のユニフォームで戦う日があったりもしますが、正式なデザインとして用いられたことがない以上、絶対に実現しそうもないものではあります。ただ、各球団も、こうした感じの取り組みを一度くらいやってくれたら面白いですよね!

 最後に、ワッペンを縫い付ける帽子の方にも触れておきましょう。
 帽子のカラーリングを見ればおわかりいただけますように、右の写真の左から順に、巨人、中日、阪急の帽子と思われます。ワッペン同様、これ自体が単体で売られることはまずなかったので、これを探し出すのは困難を極めましたが、廃業した洋品店の倉庫から奇跡的に出てきたものです。当時はこういう状態で帽子屋さんに入荷し、そのまま店頭にディスプレイされていたのでありました。私たちの住む千葉県ですと、当然ながら左端にある巨人の帽子が最も選ばれたことは申し上げるまでもありませんが、何といっても大切なのは”マーク”なワケですから、中には真ん中の中日帽子に巨人のYGマークを縫い付ける・・・なんてことも決して珍しいことではなかったのです。

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