学芸員のひとり言(その8)
市販帽子と選手仕様帽子


 野球帽のことを、なぜ「野球帽」というのかと申しますと、いうまでもなく「野球をする時に使う」からですが、こうした帽子にも、当然「プロ仕様」というものがございます。プロ野球帽を扱う当博物館といたしましては、この問題、避けて通るワケにも行きますまい・・・。ということで、市販帽子と選手仕様帽子の違いについて、少し気をつけて見てみましょう。

 

 ここに、マリーンズとホークス帽子の写真を2つ挙げてみました。それぞれ右側が市販帽子、左側が選手仕様帽子です。最近では、特にパ・リーグ球団を中心に、こうした選手仕様帽子も一部販売されるようになりましたが、ここでは、購入の可否ではなく、市中の帽子店などで広く購入できる帽子の方を「市販帽子」とさせていただきました。
 まず、形状についてですが、市販帽子に比べ、選手仕様帽子はかなり深め(縦に大きめ)に作られていることがわかります。これは、激しいダッシュやフィールディング・スローイング時にすっぽ抜けないようにするためで、同じサイズの帽子でも、かぶり比べてみると、ビックリするくらい深めにかぶれてしまいます。大きさが全く異なって見えるのも、そうした作りの違いに理由があると考えてよいでしょう。

 

 この「すっぽ抜けない」という要素、一挙手一投足が試合の明暗を分けるプロ選手にとっては、非常に重要な要素です。ここでは、南海ホークス帽子の裏側を見ていただきたいのですが、左側、選手仕様帽子の方は、押さえにも革製のしっかりしたものが取り付けられています。また、ツバの縫製も細かく、しっかりとした厚手の素材のものが取り付けられています。当然、選手仕様帽子にアジャスターのようなものはなく、すべて「センチ帽」になっています。



 次に、素材についてです。ここでは、中日ドラゴンズの選手仕様帽子(メッシュ帽)を取り上げてみました。私は被服を学んできた人間ではないので(というより、私が子どものころ、男は家庭科の時間自体がなかったんです!)詳しいことはわかりませんが、当然のことながら選手仕様帽子の方が厚手のいい生地を使っているように思えます。それでいて、思った以上に重くないのは、それだけいい生地を使っている証拠なのでありましょうか? 生地という点では、メッシュ帽でのメッシュ地部分を見てみると、その違いがハッキリわかります。市販帽子は、後ろ半分だけが、読んで字のごとくスケスケの「網」を使っているのに対し、選手仕様帽子の方は、この写真でもわかる通り「これってニット帽?」と見まがうほど、メッシュの編み目密度が高い生地を全面に使っています。「いい素材で、見栄えもよく、なおかつ高機能」という点を突き詰めた究極形が、選手仕様帽子なのでしょう。

   

 ちなみに、当たり前のことではありますが、球団ロゴは、同じ直刺繍でも、市販帽子と選手仕様帽子とでは、その品質が大きく違うものです。この写真では、左が選手仕様帽子、右が市販帽子の刺繍ですが、選手仕様帽子の方が、かなり丁寧に縫い込まれていることがおわかりいただけることでしょう。選手仕様帽子は、帽子の縫製後、専門の刺繍業者さんの手によって1つ1つ縫い込まれて行きますので、縫い方から糸の材質まで、市販帽子とは全く異なるものです。キメ細かい技によって織りなされたロゴに、ある種の「芸術的な香り」さえしてしまうところが不思議ですね・・・。


 最後に、コレクターとしての「価値」についてですが、「どちらが高価値か?」となれば、当然選手仕様帽子の方が高い評価を得るのが普通です。しかし、選手仕様帽子を球団関係者以外の人間が入手できるようになったのは、まだまだ最近のことで、これ以前の帽子になりますと、大半が、いわゆる「選手実使用」モノである・・・ということになります。こうなってしまいますと、「新品帽かサイン帽か」のところでも触れました通り、帽子の状態とは違った価値基準が発生してしまうので、比較が極めて難しいものになってしまいます。また、「選手仕様帽子」と「特注帽子」の判別がつかない方ですと「これは選手仕様だよ!」と言われても、それを鵜呑みにしてしまうことがありましょう。以前聞いた話ですが、ある帽子屋さんで売られていたタグなし帽が、いつの間にか「選手仕様」という扱いで、インターネット・オークションに出品されたことがあったそうです。売る方も買う方も、互いに区別がつかないまま、裏付けのない価値だけが独り歩きしてしまった・・・という、ちょっと悲しい事例ですね! そういう意味で、しばらくの間は、こうした選手仕様帽子も、市販帽子と同じものとして扱われるべきものではなかろうか・・・と思いますし、コレクター一人一人の考え方次第のこととはいえ、「選手仕様だから」ということで無闇に高価値化させることには、どうしても疑問を感じてしまうのです。



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