Route-12  緊急事態発生!


 前項でも触れましたが、脱皮は、いつも「予定通り」「狙い通り」に進むとは限りません。自分としては考え得る限り充分かつ万全な準備をしたつもりでいても、目の前で起こる脱皮の失敗に右往左往したり、茫然自失になってしまう方も多いことでしょう。もちろん、こうしたことを防ぐためにいろいろと考えて行かねばならないことはたくさんありますし、今後もそうしたことに関してはできるだけ細かく触れて行きたいと思っていますが、毎年毎年、脱皮シーズンになるたびに「今、目の前で脱皮が上手くできていない個体がいます。どうしたらいいですか? 大至急教えて下さい!」というようなメールが激増することから、今回はちょっと順番を変えて、こういう時のことについて考えてみたいと思います。



 まず、最初から非常に冷酷なことを話さなければなりませんが、ザリガニが脱皮に失敗した際、そのザリガニを救う道は事実上ゼロに等しい・・・と考えるのが、基本的には最も理に適っていると思われます。よく「脱ぎきれないで必死にもがいているので、手助けしてあげたいと思うのですが」とか「そういう時には、どこの部分をどうサポートしてあげれば上手く脱げますか?」というお尋ねをいただくことがありますが、実際、それでキーパーが手を加えることで上手く脱げるケースは皆無に等しく、仮に上手く行ったとしても、それはたまたまの偶然だった・・・ということ以外の何物でもありませんし、その技法が一般的手法としてすべてに通じることもありません。確かに、ザリガニには危機に対応した”自切”という行為があり、そういう状況でも生き延びることができることがありますが、それはあくまでも通常状態下での話で、脱皮の段階では、それすら上手く機能しないケースが大半です。「自切面から丁寧に外してあげたつもりなのに、結局死んでしまった」なんて話は、枚挙にいとまありません。
 この項目をご覧になった時、みなさんは何か具体的に”ここをこう引っ張ってやると、上手く脱げますよ”的な記事内容を期待されたかと思いますし、ネット上の様々な記事を拝見していますと、中には極めてもっともらしく、そのような”テク”を説明しているところもありますが、そんなテクは、あくまで”たまたまの産物”であり、そんな錬金術のような技法は、最初から存在していないのです。非常に残念かつ非科学的な話ですが、このような事例が発生した時に私たちキーパーができることは、ただただ”祈る”ことしかない・・・と言っても過言ではないでしょう。強いて言えば「その個体に対して少しでも静かな環境を維持させる」ことしかありません。それで個体が死んでしまうのであれば、それがその個体の”宿命”であり、そういう宿命に導いてしまったキーパーの、それまでの行動や飼育体制に問題があったのだ・・・ということになると思います。脱皮失敗の大きな原因の1つに、バーンスポットなどの甲殻病による殻の癒着などがありますが、冷静に考えれば、そもそもそうした病気を起こしてしまったこと自体が、すでにアウトだったということになりましょう。仮に何ら病気などを持っていなかったとしても、大型のオス個体などの場合、そのハサミの大きさが許容範囲を越えていたということで脱ぎきれなかった・・・なんてケースもあり、それはそれで”宿命”なのです。なんか、とてもイヤな感じの内容になってしまいましたね。ホントごめんなさい。

 さて、脱皮自体が失敗してしまった場合はともかく、脱皮自体は上手く行っても、身体の一部分だけが脱ぎきれなかった・・・なんて場合は、いったいどうしたらよいのでしょうか? 死んでしまったのならともかく、生きているからには「何とかしてやりたい」「何か方法はないのか?」と思ってしまうのも偽らざる気持ちですよね?
 ただ、こうした場合にも、基本的には「そのまま見守る」ことしか方法はない・・・ということになりましょう。右の写真は、バーンスポットの発生によって上手く脱げなかった白ザリの写真です。この個体は、脱皮前から両側の第1胸脚にバーンスポットができていて、とりあえず脱皮自体は上手く行ったものの、片方の第1胸脚は自切し、もう片方の第1胸脚は脱ぎきれないまま残ってしまった・・・という状況です。正直、こうした状態であれば脱皮自体が上手く行かないはずなのですが、とりあえず身体の部分が上手く脱げた分だけ”強運”だったといえるでしょう。すでにご存知の通り、摂食や身体のクリーニングといった日常生活での作業は主に第2・3胸脚がその役割を担いますので、第1胸脚が機能しないとしても、繁殖や縄張り争いなど以外に個体が困ることはありません。
 脱皮が完了し、死ぬことなく徐々に甲殻が固まり始めると、こうした個体はこれまた徐々に動き回るようになり、餌も食べるようになってきます。見る側からすれば非常に痛々しく思うのですが、甲殻の硬化が完了すれば普通の個体と変わりなく動き回るようになるので、余計「何とかできるかも知れない」なんて思わされてしまうかも知れません。しかし、その部分だけが脱げなかったということは、冷静に考えれば、その部分に何か重大な問題が発生していたことを意味します。せっかく脱皮を成功させたというのに、そういう形で手を加えることによってその個体に新たな問題や負荷を発生させ、結果的に個体を死に追いやってしまうこともないとは言えないのです。
 脱ぎきれずに残った古い殻に癒着などの問題を起こしていなければ(原因が甲殻病ではなく、単純な物理的問題か個体の体力的問題だったならば)、こうして残ってしまった外殻は時間が経つうちに少しずつ脱げて行くはずです。当然、硬化は済んでいますから、新しいハサミは若干いびつな形にはなりましょうが、生きて行くには何ら問題ありません。また、仮にそのまま脱げなかったとしても、癒着しているのは古い殻と今回の脱皮でできた新しい殻だけなので、清潔な環境と充分な栄養を維持して甲殻病の進行を抑えつつ次の脱皮を待っていれば、次に脱ぐ時に自切をするか、その内側にできた新たな殻が問題なく現れてくれるはずです。いびつな形についても、(その個体の大きさにもよりますが)2〜3回程度の脱皮で元に戻ると考えてよいでしょう。
 結局、脱皮が上手く行かなかった時、私たちにできることは「ただただ祈り、ただただ見守る」という、ただそれだけのことしかありあせん。だからこそ、こうした状況が起きないように万全な策を考え、着実にその策を講じておくことが何よりも大切なのです。




Route-12の最終目標

第1点 脱皮という作業自体は、個体の側にすべてを委ねるしかない
第2点 一部が脱ぎきれないとしても、それに手を加えるのは禁じ手