Route-11  脱皮スペースの考え方


 脱皮は、いつも「予定通り」「狙い通り」に進むとは限りません。外的、内的関係なく、様々な要因が微妙かつ複雑に影響し合う中で脱皮は行われるものですから、思わぬトラブルが発生することも日常茶飯事です。脱走や酸欠などを除けば、最も多い死因の1つであるとされる脱皮トラブル・・・。これをいかに減らせるかが、キーパーにとっては大切な課題であるといえましょう。これからの「実戦応用編」では、実際に起こる可能性が高い様々なトラブルを想定しながら「いかにトラブル発生を防いで行けるか?」「トラブルが起こった際、いかに対処すれば、ダメージを最小限度に食い止められるか?」の2点を突き詰めて行きたいと思います。まずは、脱皮の「舞台」となる、実際の脱皮スペースについて具体的に考えてみましょう。



 個体が脱皮するためのスペースに関して、本項Route-3では「全長の1.5〜2倍程度の直径を有する、障害物のない平坦なスペース」という大雑把な表現をとっていますが、毎年、春と秋の脱皮シーズンが近づくたびに「飼育中の個体は○cmなのですが、この場合、具体的にはどれくらいのスペースなのですか?」というご質問を多くいただきます。また、以前、当サイト内にて「Tスペース」をご紹介したところ、「抽象的ではなく、もっと詳しい説明をして欲しい」というメールを多くいただきました。脱皮を成功させるために最重要ともいえる要素の1つである、こうした脱皮スペースの問題について、実際に図を挙げながらご説明してみましょう。



 少々大き過ぎるイラストで恐縮ですが、失敗の少ない安全な脱皮スペースを考える上で最も一般的とされている2種類の考え方を挙げてみました。右側が一部の雑誌記事でも取り上げたTスペース(ブリーダーによっては、T字スペースまたは縦スペースと呼ばれる場合もあります)、左側が円形スペース(同じく丸スペースまたはフル・スペースとも呼ばれます)といわれる考え方です。一般的に、水槽(または繁殖用タタキ)の基本セッティングをする際、収容個体数に見合ったスペースを用意するのが普通です。脱皮は、身体を横たえ、頭胸甲と腹節の間から抜け出ることによって行ないますが、その抜け出し方に準じて設定したのが、Tスペースです。個体の中央付近、頭胸甲と腹節の間を支点に、新しい個体の総全長(ハサミまで合わせた大きさ)を直角に設定し、全体としてT字のスペースを確保しよう・・・というのが、Tスペースの基本的な考え方です。「T」という文字を用いているといっても、もちろん厳密なT字型である必要はありません。この程度の大きさに合わせたスペースで・・・というふうに考えればよいでしょう。個体がどちら側に横たわるかまでは予想できるはずもありませんし、反対側に抜け出ていても、他方向に方向転換する動作は見せてくれますので、「T」という形状に固執するのは逆にマイナスです。
 一方、大型個体や老成個体、バーンスポット罹患などで脱皮時のパワーや離脱に不安がある場合には、どういう横たわり方をしても相応のスペースが確保でき、障害物などによって抜け出にくくなることのないよう配慮してやらねばなりません。これが円形スペースの考え方で、一般的には、対象個体の総全長を半径とした円形状に障害物のない脱皮スペースを用意するものです。元々、アメリカ南部の養殖現場における経験的技術から出てきた考え方で、もちろん、これについても「絶対に円形でなければならない」ということはありません。台形だろうと方形だろうと、同じような大きさの平坦なスペースを、収容個体数に見合うだけ用意してやろうというものです。
 円形スペースの場合、水槽内で設置するのは、かなり厳しい場合があり、また、どちらかというと現実的ではありません。実際、こうしたレイアウトは、広い底面積を確保できるタタキやトロ舟などを用いる場合でこそ効果が出るものだといえましょう。そういう意味で、水槽飼育が主体である観賞魚雑誌などでも取り上げませんでしたが。「考え方」だけでも踏まえておくことができれば、水槽飼育でもきっと役に立つ場面が出てくるだろうと思います。ただ単に「広いスペースを設ければよい」というだけでは、脱皮失敗を完全に追放できるわけではありません。実際、何も配置しないまっさらな状態で複数個体の飼育を行うと、脱皮でのトラブルが起こる以前に、相当深刻なテリトリー争いが起こってしまう場合も少なくありませんし、脱皮段階でのトラブルも避けにくくなる危険性が出てきます。
 個体の大きさだけでなく、状況や状態にまで配慮したスペース立てをし、個体の様子をじっくりと観察しながら対応して行く細やかな心遣いこそ、「脱がせ上手」への第一歩である・・・といえましょう。




Route-11の最終目標

第1点 脱皮スペースは「広ければよい」というわけではない
第2点 飼育個体の性質や状況に合わせたスペース立てが有効