Route-10  社会復帰のタイミング


 脱皮が無事に終了し、少しずつでも餌を食べるようになってくると、今度はどうやってコミュニティ・タンクに戻そうか・・・という部分に、多くのキーパーが頭を悩ませます。脱皮前から注意深く観察し、丹念にケアしつつ無事に脱皮をクリアした個体が、最後の最後になって襲撃を喰らい、あえない最期・・・となってしまっては、それこそ「悲しむ気にすらなれない」虚脱感に襲われるものです。小学生時代、遠足から帰った小学校で「遠足は、自宅の玄関に着いて、初めて終わったと言えるのです。おうちに着くまではまだ遠足の最中です。だから、いつもより気をつけて家に帰って下さいね!」なんていう校長先生の挨拶をよく聞いたものですが、まさにそれと同じようなものでしょう。フィニッシュを綺麗に決めて、脱皮という一連のイベントを無事に終了させるため、最後のポイントについて考えてみましょう。



 まず、単独飼育の個体であれば、この項目でご説明する内容は、さほど大きなものではありません。要は脱皮後、いつもより静かな環境を作ってあげて、少しずつ食欲が上がってくる個体を眺めてあげればよいだけのことですから・・・。しかし、現実には、少々欲張って個体を多めに買ってきてしまっていたりとか、脱皮後ただちにペア組みさせたいなど、何らかの形で複数飼育のパターンで取り組んでいるキーパーさんの方が多いことでしょう。となると、やはり大半の場合、こうした「戻し」の作業をしなければならず、当然、そこでのトラブルを回避する方法を考えなければなりません。



 さて、ここでもう一度、先ほどの図に登場してもらいましょう。何度も申し上げます通り、種や個体によっても違いはありますが、矢印Eの部分から徐々に上がり始めてきた食欲は、矢印F、つまり脱皮後遅くとも4日目くらいまでには、概ね元に戻ってくれます。脱皮直後の怯えや拒食がウソであるかのように、猛烈な食欲を見せる個体もいて、すっかり驚かされた経験をお持ちの方も少なくないことでしょう。ガツガツ食べる個体を前にしつつ、脱皮の成功に美酒を傾けたくなるような気持ちも、わからなくはありません。
 しかし、現実には、この段階で「終了」ではないのです。食欲が急激に上がるのは、それまで胃の中を「占領」していた胃石が溶けてなくなったからであり、「食欲が上がった」というよりも「食べ物を蓄えることができるスペースに空きができた」という程度のものだといえましょう。科学的な裏づけは何もありませんが、アメザリ・キーパーの多くが「カラーバリエーション系の個体は、ワイルドの赤ザリよりも早く立ち上がる」と口を揃えるのも、よくよく考えてみれば、理論的にこれと相通ずる要素があるといえましょう。脆弱な甲殻の改良個体と、鍛えられた分厚い甲殻のワイルド個体とでは、胃石のでき方も違うだろうからです。もちろん、確かめたわけでもありませんし、統計的な数値データがあるわけでもありませんから、あくまで「推論」の域を出るものではありませんが、いずれにせよ、脱皮後1〜2日経って、まるで何かに憑かれたかのように喰いだす個体が結構出てくるのは事実です。この食欲にすっかりだまされて、ポーンと複数飼育の水槽に戻してしまうと、往々にして手痛いしっぺ返しに遭うことがある・・・ということなんですね!
 脱皮は、多分多くのキーパーさんが考えている以上に大きな「変身」です。外回りはもちろん、身体の中身もゴッソリ脱ぎ替えてしまいます。見た目が大丈夫であったり、食欲が戻ったとしても、100%完調になったとはいえない部分も多いものです。ストレスに起因すると思われる変色事例も、寄せられる内容から判断すると、脱皮後3〜4日でも発生しているだろうと充分考えられます。これらのことを考えれば、「もう大丈夫」と判断してから、さらにひと呼吸おくくらいの余裕はあっていいのではないでしょうか? 4日目でほぼ完調に戻ったと判断して、とりあえずあと3〜4日、つまり、脱皮後1週間くらいは様子を見るくらいの配慮をしておけばベストでしょう。図に「7日後」まで入れた本当の理由は、そういうことだったんです。ずっとこの図をご覧になっていたみなさん、お気付きになってました? どんな個体でも、さすがに1週間も経てば完全にクリアできているはずですし、逆に1週間経っても甲殻が固まらなかったり、動きがヨタヨタしている場合には、何らかのトラブルが起こっている証拠です。戻すとか戻さないとかいう前に、別の解決策を考えなくてはいけません。
 一般的に多くのキーパーさんは、個体を戻す判断基準を「甲殻の硬さ」で決めていることが多いようです。もちろん悪いことではありませんが、ベストな判断方法ではありません。外殻自体は48〜72時間で固まりきったとしても、すべての機能が元通りのレベルで稼動しているかどうかは、ハッキリしていないのです。脱皮シーズンになると、よく「水槽の中で一番強い個体を脱皮のため別の水槽に移したら、脱皮後戻したところ一斉に攻撃され、立場が逆転してしまった。一体どうして?」というようなお尋ねをいただきます。もちろん、これには様々な要素が考えられますので、一概に「これ!」と断定することはできませんが、どんな強い、そして大型な個体であっても、脱皮直後の不充分なコンディションでは、自己主張をできるような状態ではないのです。一旦退避姿勢をとってしまうと、攻撃する側は、自ら主張するテリトリーの外に出るまで、攻撃の手を緩めることはありません。その結果、先ほどの質問にあるような状況が起こり得てしまう可能性は、充分以上に考えられるのです。やはり、個体を元の水槽に戻そうという場合には、かなり余裕を持って個体を養生させてから・・・ということになりましょう。ペア組みなどの場合で入れ方を失敗すると、オス・メスの強さが逆転してしまうこともあります。ペア組み用として考える場合、やはり脱皮は1ヵ月前くらいまでに終わらせておいた方がよいでしょう。卵を産むメスの場合、栄養の点から考えてもなおのこと大切です。
 個体を戻した時、最低でも数日間は、丹念に観察することを絶対に忘れないで下さい。「こいつはここの親分だから・・・」と安心していると、翌朝、無残な骸を水槽中央で晒している場合もあるものです。水槽内での強さに関係なく、しっかりと状況を見極め、明らかに状況がよくなかったり、行動パターンが変わっているようでしたら、トラブルが起こる前に再隔離する必要があります。そのためにも、日ごろから水槽内の状況や、個体ごとの立場、位置づけなどをしっかり把握しておくのは、複数飼育を行なうキーパーとして必要最低限の作業だといえましょう。




Route-10の最終目標

第1点 急に上がってくる食欲に惑わされず、余裕を持った水槽移動を
第2点 触ってみた感覚だけで、硬化状況を安易に判断をするのは危険