Route-9  栄養をつける(2)


 脱皮がとりあえず終了し、心配された胸脚の欠損やエラの飛び出しなどもなく、落ち着いた状況でじっとしている姿を見ますと、キーパーはホッと胸をなで下ろす反面「さて、今度はどうやって餌を与えて行ったらよかろうか?」と、頭を悩ますことになります。確かに、脱皮直後に最も大切なのは、充分な栄養よりも「ストレスのない静かな環境」であることは間違いないのですが、「脱皮」という一連の行動をトータルに考えれば、脱皮後の甲殻硬化段階で充分な栄養を得ることが非常に大切な条件の1つであることは間違いありません。
 となれば、キーパーにとっては「いつ、どのタイミングで、どんな餌をどれくらい与えたらよいか?」という点が最大の関心事になることでしょう。この部分は、種や個体の状況によってもかなりの差が出る部分ですので、一概に「何時間経ったら、この餌をこの量だけ」と申し上げることはできませんが、ここでは、様々な事例を総合しながら、投餌の開始タイミング、そして、脱ぎ捨てた古い外殻の扱いについて考えてみたいと思います。




 ここで、Route-5や8で取り上げたグラフをもう一度御覧いただきたいと思います。この項で注目いただきたいのは、矢印Dから矢印Eまでの間、食欲レベルがオレンジ色で示されていることです。
 ザリガニ(というよりも淡水甲殻類の多く)が、脱皮後、自分の脱ぎ捨てた殻を食べることは、非常によく知られています。これが、海水域に比較して含有カルシウム分の少ない淡水域に住む甲殻類の「生活の知恵」であることはすでに申し上げましたが、実際、古い殻に含まれていたカルシウム分は、かなりの量を「胃石」として再利用しておりますので、むしろ、それ以外の付帯栄養分を摂取するという点が大きいのかも知れません。いずれにせよ、ザリガニにとっては非常に「いい餌」でありまして、特殊な事情でもない限り、脱皮後の殻は取り除かず、食べさせてあげた方がよいでしょう。早い個体は脱皮後半日、遅い個体でも脱皮翌日あたりには殻を食べ始めることが多く、オレンジ色で示したのは、その期間を示します。大きい殻ですと、すべて食べ終わるのに数日を要する場合もありますが、殻を食べているのは、体内の胃石がある程度解消したことを意味しますので、こうした動きを見せれば、翌日からは投餌を開始しても構わないと思います。
 さて、ここで問題になってくるのが「じゃあ、脱いだ殻を食べない場合はどうしたらいいか?」ということでしょう。実際、脱皮シーズンを迎えるたびに、これに関する御質問を数多くいただきます。確かに、脱皮後1日経ち、2日経っても個体が殻を食べないようであれば、心配にもなりましょう。しかし、前項でも申し上げました通り、この時期に数日間餌が与えられなくとも、個体は、まず死にません。とにかく静かに、そしてはやる気持ちを抑えながら、個体が自ら動き回り始めるのを待つ・・・。これが、この段階でキーパーが取るべき「最良の方法」であるのです。私はたいてい、「しばらく様子を見られてはいかがですか?」と答えさせていただくことにしています。脱皮後、個体が殻を食べない原因には、キーパー側がこれを待ちきれない・・・という要素が少なからず含まれていると思うからです。「過ぎたるは及ばざるが如し」の好例とでも申しましょうか?
 餌を欲しくなれば、個体は自分で探すものです。そして、目の前には、彼らにとって完璧とでもいうべき、非常に高質の餌が転がっているわけですから、キーパー側が慌てて別の餌を投入したりしなければ、半数以上の個体が、全部食べるとまでは行かなくとも、古い殻に対して何らかの反応を示すものです。
 用水路や川などで、自然棲息の個体が脱皮をするシーンを御覧になった方ならおわかりだと思いますが、彼らが脱皮後、一番最初にやることは「古い殻から離れること」です。彼らにとって「脱皮できる場所」とは、即ち「周りからも見通しが利く、非常に危険な場所」であり、そんなところでチンタラするのは、自殺行為に等しいものがあるからです。私も、こうしたシーンは、過去、2回ほど目にしましたが、いずれも脱皮後数分で、それこそ「こんな状態で動いて大丈夫なんかい?」と思うほどの状況で、ヨタヨタとその場を去って行きました。彼らからすれば「厳しい弱肉強食の自然界で、まずは身の安全の確保する」ことが最優先であり、自分の脱ぎ捨てた外殻は「食べたくない」のではなく「食べたくても食べられない」のが実情なのかも知れません。実際、こうして残された殻に他のザリやエビなどが群がっているシーンも、実によく目にするものです。
 水槽という環境は、(単独飼育である限り)外敵に襲われる心配がない・・・という点で、少なくとも自然棲息環境よりは安全であり、その分だけ、個体は安心して殻を食べられるのだ・・・ということになりましょう。外殻は、待ってでも食べさせるだけの「価値」を充分に持った餌であり、これをキーパーの判断でわざわざ避けるのは、もったいないことです。一般的に、外殻の硬化は48〜72時間程度で完了します。そして、個体自身も、その間は餌をとらなくても充分なだけのエネルギーは持っていますので、殻を食べなくとも、まずは数日間、反応を待ってみるのが妥当だと思います。
 もちろん、個体の中には、頑固に食べない個体もいるものです。統計を取ったわけではないのですが、厳しい自然環境で身に染みて育ったためか、いわゆる「ワイルド系」の個体に、こういう「脱ぎ捨て」形の個体が多い・・・と指摘するベテランキーパーさんもいるほどです。ですから、どうしてもダメなようでしたら、それはあきらめる以外に方法はありません。脱皮後4〜5日しても、全く反応を見せなかったり、あるいは、殻に見向きもせずに、一生懸命餌を探すような素振りを見せるようであれば、まずは一番反応の低い餌から与えてみるようにしましょう。その上で1・2日間様子を見、それでも殻に対して反応がないようであれば、そこで初めて、殻を取り出すようにします。外殻は、非常に良質な餌であり、ほぼ完璧といってよい「栄養源」です。個体のためを思えば、できるだけ食べさせてやるよう努力することが、キーパーとして大切なことだといえましょう。




Route-9の最終目標

第1点 脱皮殻を食べる個体であれば、それが摂餌OKのサイン。翌日から与えてみよう
第2点 脱皮殻は最高の「栄養源」。すぐに食べなくとも慌てず待ち、食べさせる努力を