Route-8 脱皮したぞ!
水槽の中にいる「脱ぎたて」の個体を初めて見た時の喜びは、キーパーにとって、誰にも忘れられない素晴らしい思い出であることでしょう。透明感のある、ひと回り大きくなった真新しいボディーを、まだ完全に固まりきっていない胸脚で懸命に支えている、どこか頼りなげな姿は、感動的ですらあります。「やったぁ、個体を無事に脱皮させることができたぜ!」というその達成感も、キーパーとしての喜びを、より一層大きなものにしてくれることでしょう。
しかし、個体にとっては、そんな感動など味わっていられる状態ではありません。体内の各器官の働きも万全には程遠い上に、そのフニャフニャな外殻は、全くといっていいほどその役割を果たしていないわけです。少なくとも、外殻が完全に固まるまでの間は「一歩間違えれば即アウト」であることには違いありません。こうなれば、キーパーも、ここで喜んでしまうのは少し早いわけで・・・。
ここでは、こうしたことを踏まえながら、脱皮直後の個体の動きと、キーパー側の注意点などについて考えてみましょう。
個体の種類や大きさなどによっても多少の違いはありますが、脱皮直後のザリガニは、そのほとんどが古い外殻のそばでじっとしています。これは「好きでじっとしている」というよりも「動きたくても動けない」というのが実際のところでありましょう。現に、脱皮直後の個体をすくい上げてみるとわかるのですが(この行為はかなり危険ですので、個体を無事に脱皮クリアさせたければ、絶対にやらないで下さいね!)、脱皮直後の外殻の硬さですと、自分の体重を支えられるかどうか・・・程度の荷重までしか持ちこたえられそうにありません。退避行動も、大抵が腹部と尾扇を使った緊急退避行動であり、そうした事実が「胸脚などといった機能を用いた退避が充分にできない」ということを如実に物語っています。
こうした状況で個体に急激な動きを強いると、その個体に掛かってしまうストレスは、通常時の比ではありません。一気にコンディションを崩して死んでしまうこともありますし、いつまでも状態が良くならず、結局斃死してしまうこともあります。また、せっかく上手く脱皮ができ、脱皮直後には無欠損状態であったにも関わらず、それから半日経ってみたら胸脚が取れてしまっていたり、エラが飛び出してしまっていたり・・・というトラブルも、決して少なくはありません。「脱皮は上手くできたのですが、その後、個体が元気にならずに死んでしまったんですが・・・」という御質問の大半は、たいていの場合、この段階での管理ミスによって引き起こされるものであると考えてよいでしょう。厳密な数字で表すには問題もありましょうが、脱皮後、少なくとも24時間程度は、脱皮の瞬間と同じくらいの高危険度な時間帯なのだと認識しておいて間違いはありません。
こんな時に、キーパーがどういうことを避け、どういうことに留意すべきか・・・ということは、もはや語る必要すらないことでありましょう。
ここで、Route-5で取り上げたグラフをもう一度御覧いただきたいと思います。特に注目いただきたいのが、脱皮前後の食欲レベルについてですが、脱皮後半日くらい、グラフで見れば矢印Dまでの間、たいていの個体は食欲を示しませんし、餌を投入しても、触角を動かす程度で、それ以上の反応を全くしないケースがほとんどです。
この時期、個体の胃袋にはデーンと胃石が陣取っており、空腹感を持たないのは当然のことですが、仮に食いしんぼうの個体がいたとして、餌を食べに動き回ろうとしても、このフニャフニャな身体では、思うように動けるわけがないのです。個体からすれば、まずは、何をおいても自分の外殻を固め、外敵から防御できる状態にまで戻ることが第一ですし、脱皮直後は、まずこの作業に全力投球するわけです。じっとしているのは「何もしていない」のではなく「一生懸命作業をしている」ということを、キーパーがわかってあげなければいけません。
こうなれば、キーパーとして、まずは個体が「安心してじっとしていられる」、つまり、外殻の固め作業(外殻へのカルシウム供給活動)に没頭できる環境を用意することが最も大切です。無用な刺激はもちろんのこと、余計な蛍光灯点灯なども、避けるに越したことはありません。少しでも早い回復を目指し、直ちに万全な栄養供給をしてあげたい気持ちもわかりますが、この段階でのカルシウム供給は胃石から行われますし、そのために胃石が用意されるわけですから、下手な投餌は、かえって余計な刺激になってしまう危険性もあるのです。この時期に数日間餌が与えられなくとも、個体は、まず死にません。とにかく静かに、そしてはやる気持ちを抑えながら、個体が自ら動き回り始めるのを待つ・・・。これが、この段階でキーパーが取るべき「最良の方法」であるといえましょう。
Route-8の最終目標
第1点 脱皮後の欠損発生やエラ飛び出しは完全なキーパー側の管理ミス! 要注意!
第2点 自ら動き回るようになるまでは、個体がじっとしていても大丈夫な環境を用意