Route-7 脱皮の瞬間、私たちは・・・
脱皮が秒読みの段階になりますと、個体はいよいよ脱皮すべき場所に陣取り、動きが極端に鈍くなります。そして、うずくまっているかのようなポーズから横倒しになったかと思うと、隙間がみるみる広がり、何度も休みながら、古い殻を脱いで行きます。そして、真新しいボディーの登場・・・。初めて一部始終を観察した時の感動は、どのキーパーにとっても、忘れられないことでありましょう。さぁ、こうした瞬間やその直後といった時期、私たちキーパーは、どういう点に気を付けておいたらよいのでしょうか?
脱皮の瞬間というのは、キーパーにとって、それこそ「手に汗握る」瞬間です。脱皮自体に掛かる時間は、種類や個体、大きさや状態によっても様々ですが、せいぜい10分程度・・・。運良くその場に立ち会ってしまいますと、それはそれは大変なものです。「頑張れ、頑張れ!」と無意味な声を掛けながら、それこそ個体の外殻に穴が開いてしまうのではないか・・・というくらいの視線で個体を見つめます。さながら「分娩室の外で出産を待つ父親」みたいなもんでしょうか?
脱皮自体の流れは、どの種もさほど大きな違いはありません。単純に横臥し、頭胸甲と腹節との間の隙間を広げ、そこから新しい体を抜いて態勢を整え、あとは新しい甲殻の硬化を待つ・・・。それだけのことです。それなのに、なぜ「脱皮は、ザリガニにとって非常に大切であり、かつ危険なもの」といわれるのでしょうか?
確かに、過程自体は単純であり、短時間で済むものです。しかし、その過程の1つ1つに「失敗即アウト」という条件がついていて、なおかつその時点では、外敵に対する防御システムが全く働かない・・・とすればどうでしょうか? これが、脱皮の段階で我々キーパーが目をつけなければいけない点なのです。
「失敗即アウト」を避けることは、この段階の工夫だけですとどうしようもない要素があります。「栄養供給が不充分で、しっかりした甲殻になっていなかった」「奇形や病気などによる甲殻癒着で、古い殻を完全に抜けなかった」などが、それにあたります。そして「脱皮する充分なスペースがない」「水や底砂が汚れ過ぎている」という要素もありますが、これは「あくまでも脱皮モードに入る前に片付けておくべき問題」であり、今まさに脱皮をしている状態ですと、直しようがありません。でも、そうでない場合もありましょう。
こうした要素の中で、最も大きなものが「脱皮途中の個体にストレスを与えない」ということです。これは、外敵に対して無防備な状態である脱皮中のザリを安心させる・・・ということも含みます。「ザリに心がある」という言い方までしてしまうと異様ですが、とにかく静かな環境で、誰にも邪魔されず、ひっそりと脱皮できるよう、こちらが気を使わねばなりません。そして、そうした要素の中には、我々キーパーが「観察する」という点すら含まれていることを忘れてはならないでしょう。
不思議なことに、何度も個体を脱皮させ、何年も飼育を続けていれば、脱皮の瞬間など、否が応でも目にするものですが、狙って観察しようとすると、結構難しいものです。また、個体によっては「人前」でも平然と脱ぎ捨てる「ド根性」の持ち主がいたかと思えば、すっかり恥ずかしがってしまって、脱皮の行動を中止してしまう個体すらいます。個体を安全に脱皮させるためには、この「中止」というパターンだけは絶対に避けなければなりません。とにかく「そっと」、とにかく「ひっそり」と・・・。ある程度の経験を積むまでは、これが「鉄則」であると考えていいでしょう。蛍光灯も、できればつけないでおく方が個体は安心しますし、必要であれば、布や発泡スチロール板などで、水槽をぐるっと覆ってしまい、外からも中からも、互いに見えなくしてしまうのも1つの方法です。さすがに「やりすぎ」という声が聞こえてきそうですが、脱皮に対して神経質な個体の多いマロンなどでは、「いつまでも脱皮しないんで試しにカーテンで覆ったら、次の日には脱皮していた」という事例も、少なからずあるのです。ですからこの要素、ザリにとっては、我々人間が考えている以上に大きなものである・・・と考えてよいだろうと思います。
Route-7の最終目標
第1点 脱皮を挟んだ前後1日間程度は「見ない・触れない」の勇気が成功の秘訣
第2点 必要であれば、蛍光灯も消しておこう。布などで覆うのも1つの作戦