Route-5  栄養をつける(1)


 脱皮は非常に高いリスクと、膨大なエネルギーを使うものです。ザリの脱皮を少しでも順調にクリアさせてやるためには、充分な栄養供給をしておく方がよいことは、申し上げるまでもないことでしょう。長期飼育を実現しているキーパーの多くは、すでに自分なりの「ローテーション給餌」体制を確立していることが多いので、栄養に関するさほど大きなトラブルは発生しないものですが、それでも、意外なところで問題は発生してしまうものです。この項では、こうした状況を踏まえ、「脱皮」という点に特化した栄養供給の方法について考えてみましょう。



 ザリガニは脱皮をする際、胃の中に「胃石」というカルシウム結石を作ります。詳しいメカニズムは別コーナーを参照していただくとして、海水と比較して水中に溶け込んでいるカルシウム分が少ない淡水域に棲息するザリガニならではの「生活の知恵」です。脱皮にとって、この胃石の存在は必要不可欠なのですが、「胃に作られる」という要素が、個体にとっては別の問題を引き起こします。そう、「食欲の減退」です。人間でいえば「喰うに喰えない状態」とでも申すべきでしょうか?
 ザリは、種や個体によって大きな違いはあるものの、脱皮4〜5日前ごろ、早い個体であれば1週間前ごろより徐々に食欲が落ちて始め、脱皮前後1〜2日は、ほとんど餌を摂取しなくなるのが普通です。これは「脱皮に全勢力を傾けるため」であることも間違いありませんが、「喰いたくても喰えない」というのも、一つの真理でありましょう。脱皮の兆候がハッキリと見られるようになるのは、これまた種や個体によっても違いますが、だいたい脱皮2〜3日前ごろからです。普通のキーパーは、この段階になって初めて「あ、脱皮が始まりそうだ! 栄養をつけてやらなくちゃ!」となるわけですが、これでは充分な供給はできません。では、どうしたらいいのでしょうか?


 このグラフは、表題にもあります通り、脱皮期間中の一般的な食欲の動きについて示してみたものです(前述の通り、これは個体差の大きい要素ですので、期間などはあくまでも参考程度ということで御了解下さい)。脱皮後の動きにつきましては、後項でこれと同じグラフを用いながら触れて行きますので、今回は、脱皮前に限定して進めて行きましょう。
 グラフでは、だいたい6日前ごろから食欲が徐々に落ち始めています。食欲の減退は、必ずしも胃石の形成だけに起因するものではありませんので、この段階で「胃石ができあがっている」とするのは問題がありますが、体内では、脱皮後に使う真新しい外殻ができあがり、いよいよ本格的な脱皮モードに入る時期であると考えてよいでしょう。この時期、一部の個体に、体色の微妙な変化が見受けられる以外、外見上の大きな変化はないのが普通です。
 この時期、つまり「矢印A」の段階以降は、ザリもいよいよ新しい外殻へ供給するためのカルシウム分を古い外殻から溶かし始めて行きます。もちろん、摂取する餌からも積極的に取り込んで行きますが、時間が経つに連れて食欲はどんどん落ちていってしまいますから、この時期から慌ててカルシウム分の多い餌を与え始めるのは、少々手遅れである感も否めません。ですから、こうした栄養分は「矢印A」の段階以前から充分に供給しておくべきだ・・・ということになりましょう。少々厳しい言い方になりますが、栄養供給は、ここまでの段階で、すでに90%以上達成されているようでなければいけないと思います。春脱皮であれば越冬明け直後から、秋脱皮であれば水温が下がり始める夏の終わりごろから、それぞれ意識して供給しておくと、脱皮の成功率は大きくアップするようです。
 では、この時期までに、一体どういう餌を与えておけばよいのでしょうか?
   どの時期においても「バランスのよい栄養供給」という鉄則は、決して崩れるものではありませんが、キーパーの動きを総合すると、心持ち動物質寄りのローテーションを組むことが多いようです。特に、「カラ系」といって、冷凍ブラインシュリンプや冷凍エビ、冷凍ミジンコなど、外殻の構成要素に近い餌をローテーションに組み込むキーパーが多く、実際の脱皮経過からみても、悪くない方法だと思います。
 ただ、クリルなどの場合、餌自体の酸化・劣化という心配があるほか、最近大型魚飼育でよく用いられる冷凍エビなどの場合、病原菌持ち込みなどという問題を指摘する声も少なからずあるようです。特にテナガエビの場合、かなり汚れた河川から採取されたものが使用されているケースもありますので、同じ淡水甲殻類の餌として用いるには、多少心配な場合もありましょう。現在、こうした冷凍餌につきましては、数社から販売されていますので、ザリ飼育の場合、こうした要素にも充分配慮して選ぶようにしたいものです。
 さて、脱皮が近づくに連れ、どの個体も、食欲は目に見えて落ちてきます。「矢印B」の段階がこれに当たります。「最近、ウチのザリが餌を食べないんですが、病気ですか?」という御質問メールが来るのも、(その直後に脱皮したということを前提に)こうした時期であるケースがほとんどだといえましょう。この時期、個体によっては体色が変わり始めるため、ベテランのキーパーになりますと「よし、来たぞ! そろそろだ」と感じ、それに向けた準備に入って行くのですが、個体の中には、まだこの時期、頭胸甲と腹節との間に出きる隙間が広がっていないものも多いので、経験を積んでいないキーパーの場合、この兆候をキャッチできないケースも少なからずあるものです。この際、いつも通りの投餌量のままですと、残餌もかなり出るようになりますが、底砂の汚れが好ましくないこの時期、残餌をガンガン出すというのは好ましくありません。様子を見ながら、徐々に減らして行きましょう。日ごろから各々の餌に対する反応をよくチェックしておき、食欲に合わせて、反応の高い餌を与えてやるようにする工夫が大切です。



Route-5の最終目標

第1点 個体が脱皮モードに入る前に充分な栄養供給をしておこう 
第2点 脱皮直前期は、食欲を重視したローテーション構成で回そう