Route-2 脱皮の流れ
脱皮を順調にクリアさせるためには、その時期さえ知っておけばよい・・・というわけでもありません。そこで、「今、自分の個体がどうなっているか?」ということを知っておくためにも、具体的な方法へと入る前に、脱皮全体の流れについておさらいしておくことにしましょう。
ザリガニは、脱皮によって成長します。となれば、新しい外殻は、古い外殻よりも大きくなければなりません。しかし、新しい外殻は、古い外殻の内側で作られるものですから、物理的に、古い外殻よりも大きい殻を作ることは不可能なはずです。これは、一体どういうことなのでしょうか?
これについて、最もわかりやすい例として使われるのが「風船」です。風船は、空気によって膨らむものですから、しぼんだ状態ならば、小さい風船の中に大きな風船をしまうことは可能です。ザリガニの脱皮も、結局のところ、これと同じであると考えてよいでしょう。ザリガニも、最初はフニュフニャの新しい外殻を作ります。その上で古い外殻を脱ぎ捨て、新しい外殻を膨らませるのです。ちょっとウソっぽく聞こえる話ですが、原理的には、これが一番正しい説明です。
もちろん、風船と外殻では、その硬さからしても、イマイチ関連性を感じにくいことでしょう。「殻が膨らむ」といわれても、イメージ的に上手く湧かないかも知れません。そこで、これについて、もう少し説明を加えることにします。
ザリガニの新しい外殻が、古い外側の内側に作られることは、すでに説明しました。そして、それが最初はフニャフニャであることにも触れました。これは、殻の中に、硬さを維持するカルシウム分が含まれていないタメなのです。つまり、脱皮直後の段階ですと、ザリの外殻は「未完成」な状態だ・・・ということになるのです。確かに、最初からキンキンに硬い殻を作った方が安全ではありますが、これでは、脱皮をするたびに小さくなってしまいますから、実質的に成長することができません。
では、カルシウム分をどうやって付け加えて行くのか・・・という問題点にぶつかりますが、ここでザリは、まさに「生命の神秘」ともいえる不思議なからくりを使っているのです。以前、別のコーナーでも取り上げたことがあるのですが、せっかくですので、再度触れることにしましょう。
カルシウム分は、主として餌から摂取しますが、いくら頑張って補給したとしても、外殻1つ分のカルシウムなど集めきれるわけがありません。しかも、ザリが棲息するのは淡水域・・・。カルシウム分が豊富に溶け込んでいる海水とは違って、水中からの摂取にも限界があります。そこで、ザリは、脱皮後に用済みとなる古い殻のカルシウム分を再利用するという方法を思いついたのです。新しい殻がほぼできあがり、いよいよ脱皮が近づいてきますと、ザリは、古い外殻のカルシウム分を血液に溶かし、一旦、胃袋に集めて結石化します。これを「胃石」といい、当然、かなり良質のカルシウム塊なのです。ニホンザリガニの場合、これを漢方薬として珍重していた・・・という歴史もあるくらいですから・・・。
ザリは、こうした形で古い殻のカルシウム分をおおかた集め終わりますと、いよいよ脱皮に入りますが、無事に古い殻を脱ぎ終わりますと、今度は胃袋の中に残った胃石を再び溶かし、血液に乗せて全身に運び、沈着させて行くのです。これで、新しい殻は硬くなる・・・という寸法です。昨今の「使い捨て社会」に生きる人間たちに見習わせたくなるようなリサイクル・システムですね!
長いこと飼育していますと、脱皮後のザリが、古い殻を一生懸命食べている姿を目にすることもあるでしょう。以前、これを見ていたある人が「こんなもんまで食べるんだから、ホント意地汚い生き物だ」と言うのを聞いたことがありますが、これも、いわば「生活の知恵」でして、古い殻に残ったカルシウム分を無駄なく活用するための一手段なのです。「意地汚い」どころか「見習わねばならない」ものだといえましょう。
さて、こうして作られる新しい外殻ですが、脱皮直後、そのままの状態では、フニャフニャ・シワシワで使いものになりませんし、古い殻よりも小さいままです。そこでザリは、自分を取り囲んでいる「水」を使うのです。実際には、観察によって確認できるものではないのですが、脱皮後、ガンガン水を飲みますので、これによって、いわゆる「水膨れ」の状態となり、フニャフニャだった新しい殻を伸ばし、ピーンと張って行きます。当然、そこには続々とカルシウム分が沈着して行きますから、殻が固まり終えるころには、ちょうど以前の殻よりもひと回り大きいものに落ち着くわけです。ザリは、犬とかイルカなどと比較して、「頭が良さそうな」という表現の使いづらい生き物ではありますが、こうしてみますと、なかなかどうして、凄い生き物だなぁ・・・と感心してしまいます。
ここの趣旨は「動物・知られざる世界」みたいなものではありませんので、ザリへの感動はこのくらいにして、話を続けましょう。
ザリの脱皮に関する動きは、これらのことから、大きく2点で判断することができます。1つは「外殻が軟らかくなったり、変色したりする」こと。これは、古い殻の内側に新しい殻ができていることや、古い殻自体がカルシウム分の不足によって変化するためで、日ごろから注意深く観察していると、容易に確認できるものです。青ザリなどを飼育していて「最近、青が綺麗に揚がってきたから喜んでいたら、いきなり脱皮した」などという事例は、まさにこの原理によるものです。また、古い殻が軟らかくなるのも、理由としては同じことです。「別の水槽に移そうと思って何気なく個体をつかんだら外殻がペコペコだったが、別の水槽に移したらその夜に脱皮して、殻もきちんと固まった」というような事例を聞いたことがありますが、これは、新しい水槽に移ったという影響で脱皮したのではなく、すでに脱皮直前の状態であった可能性が高いと考えてよいでしょう。
第2点目は「隙間」の発生です。これは、脱皮を見分けるサインとして最も有名なものですが、頭胸甲と腹節との間に1〜2ミリの隙間が発生する・・・というものです。元来、ここのところは、腹部を思い通りに動かすために、「隙間」とまでは呼ばないまでも、多少余裕のある作りになっていますが、日ごろから注意深く観察していれば、いつもとは違う状況になっていることに気づくはずです。個体によって大きな差があるため、一概に決めつけるわけには行きませんが、変色は脱皮1週間前〜10日前ごろより始まり、外殻の軟化が始まるのが3〜5日前ごろ、そして脱皮1〜2日前ころになると、隙間がハッキリと出てくるようになるのが普通です。飼育個体をよく観察し、こうした「信号」を見落とさないようにすることが、脱皮を成功させる大きなポイントとなるはずです。
Route-2の最終目標
第1点 脱皮の大まかなメカニズムを知っておこう
第2点 脱皮のサインを見落とさないよう、日ごろの観察をしっかりしよう