薫風自南来
〜 EF65 113号機(高崎機関区) 〜



(成田線 酒々井-成田 にて)

その昔、カマだけを必死になって追い回していたころ、ファインダーの中で気になるのは、全体の構図とシャッターの切り位置だけでした。「陰がはいらないだろうか?」「頭とケツは切れずに入るだろうか?」「シャッタースピードから見て、露出と焦点距離は充分だろうか?」・・・そんなことだけをチェックして、あとは、カマがやって来るのをひたすら待つばかりでありました。確かに、東海道筋のSGゴハチを追っていたころは、冬場の噴き具合が気になりましたし、雪が降れば降ったで、いつもとは違うカマの姿を拝めることに喜びを感じましたが、それ以外の季節となると、もはやどうでもよかったのかも知れません。「路傍の花」の美しさを愛でる心の余裕もなかった・・・とでも申すべきでしょうか?
悠々自適の「元カマ屋」は、珍スジを追うのでもなく、貴重な1ショットを必死になって追うのでもなく、ただ、誰もいない線路際に立ちます。のんびり、1人の時間を楽しみながら、誰にも邪魔されず、誰の邪魔もせず、ゆったりと「いつものカマ」を待ちます。1人しかいないから、場所取りを気にすることもなく、1人しかいないから、思うがままに場所を動いて、そのたびごとにファインダーを覗きます。
桜の季節が過ぎ、花粉症の話題もひと段落するころ、車のラジオからは、今年のビアガーデン事情があれこれ語られていました。もう、社会は夏の戦いへと駆け抜け始めているのです。
そんなあくせくした時代の流れを背にしつつ線路際に立ち、ファインダーを覗いていると、あのころには気づかなかった、緑の鮮やかさが飛び込んできました。風は東から南へと向きを変え、爽やかな夏の香りを運んできます。寒くもなく、暑くもない万緑の線路際で味わう贅沢なひと時・・・。やがて、遠くから聞こえる踏切の音・・・。
のんびりとカメラを構えると、いつも通りの少しくたびれたカマが、車輪を軋ませてゴロゴロと通り過ぎて行きます。心なしか軽やかに見えるのは、荷が少ないからだけでもないようです。

 


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