そして、おじさんは現れなかった
〜 東海道本線のEF58 〜
(東海道本線 品川にて)
EF62への短いバトンタッチがあったとはいえ、荷物列車の終焉は、すなわち東海道スジのゴハチ終焉を意味しました。かつて、SGをビンビンに吹き上げながら颯爽と表街道を駆け抜けたカマたちは、運用が終了したそれぞれの機関区の留置線から、若い機関車に手を引かれ、死出の旅へと出ていったのです。
東京機関区で運用を離脱したカマたちは、ファンにとって「定番スジ」である試6569レで、新鶴見区のPFに引きずられながら、大宮工場へと向かうのが普通でした。水切り・鎧戸の端正なカマたちが、一日、そして一日と去って行きます。向かいの東海道線下りホームから、迎えのPFを待つゴハチを眺めるファンの心境は複雑でした。
「このシーン、どっかで見たことねぇか?・・・」
「え?」
「やえもん・・・だよ。火の粉噴いて、大騒ぎされて、スクラップにされそうになるじゃん」
「そうだよ! 連れて行かれそうになるんだ」
みんな、子どものころに読んだ、名作「きかんしゃやえもん」の一シーンを思い浮かべていました。確かに、用済みとなったやえもんが、工場でスクラップにされるために、連れて行かれそうになるシーンがあったのです。
でも「やえもん」と1つだけ、違うシーンがありました。
嘆き悲しむやえもん、そしてそれを見ていた周囲の人たちの中から、1人のおじさんが登場してくるのです。それは、交通博物館のおじさんでした。こんな貴重な機関車を壊すのはもったいない・・・と、おじさんは解体に待ったを掛け、やえもんは、土壇場で解体を免れるのです。やえもんは、みんなの手できれいにされて交通博物館に運び込まれると、そこでいつまでも、いつまでも子どもたちの友だちでい続ける・・・という、ハッピーエンドとなったのでした。
新鶴見方から、出区してきたPFがやってきました。一旦ゴハチの前で停まります。係員の旗の合図で、少しずつ、少しずつゴハチに近づいて行きます。「やえもん」なら、ここでおじさんが登場するはず・・・。でも・・・。
ファンたちが固唾をのんで見守る中、緑の旗が前後に振られ、PFは、そろりそろりとゴハチに近づき、そして、静かな連結音が構内に響きました。おじさんは、まだ姿を見せません。
昼前の品川駅・・・。乗客の姿もそう多くはなく、大都会の真ん中で、ふと、静かな時間が流れます。ゴハチ独特の軽快なモーター音も、血沸き肉躍るSGのスチームもありません。聞こえてくるのは、PFの無機質なモーター音だけ・・・。埃に汚れ、くすみきったゴハチは、ただひたすら黙り、PFの後ろにじっとしていました。
そして、信号が青へ・・・。それまで雑誌を読んでいた運転手が、姿勢を直して前方を指さすと、短く、甲高い汽笛を残して、試6569レは消えて行きます。おじさんは・・・、とうとう現れませんでした。
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