贅沢な試し撮り
〜 田端操車場のEF80&EF64-1000 〜



(田端操車場にて)


 別の項目でも触れました通り、当時の田端操は、機関車ファンたちにとって「サロン」であり「たまり場」でありました。土曜や日曜の午後になりますと、各々、狙いを定めた撮影ポイントで「ひと仕事」をしてきたファンたちが、三々五々集まってきます。ある人は途中で買ってきたパンで腹ごしらえをしながら、そしてある人は使い終わったレンズの手入れをしながら、今日撮ってきたカマの話をしたり、翌日の狙った仕業に入るカマの予想をしたり・・・と、様々な情報交換をしながら、ノンビリした時間を過ごしました。彼らがこの場所に集まるのは、もちろん、目の前に様々なカマたちが停まっているからですが、毎週のように顔を出すようになりますと、その光景にも見慣れてしまうもので、滅多なことではそうしたカマにカメラを向けることはありません。パンタが上がっていないこともあるのですが、ファンにとって、この場所にたたずむカマたちは「1つの風景」以外の何物でもなかったのです。
 こんな状態でありましたから、ほとんど毎週通っていたにも関わらず、意外なことに、ここでの写真はそう多くありませんでした。当時、関東地区で運用に入る見るほとんどすべてのカマがここに集っていましたので、ブドウ色のEF15から最新鋭のEF64-1000まで、それこそ当たり前のように停まっていたのです。ゴハチの3台並びやEF15&EF80の「路線別古豪揃い」など、仮に今揃えれば、「ン千人」のファンを集めそうなシーンも、ここでは日常茶飯事でありました。
 アルバムの片隅に残っていた1枚の写真には、廃車間近の田端区EF80と、EF15に代わって上越路の主となった長岡区のEF64-1000が並んで写っていました。今でこそ羨ましいような「並び」ですが、当時の状況を考えれば、何の変哲もないコンビです。わざわざフィルムに納める理由が思い当たりません。一体、どうしてこんな写真を撮ったんだろう・・・? 確かめようもない謎を抱えながら、この写真は再びアルバムへと収められたのです。
 この謎が解けたのは、ふと、引き出しに残っていたネガを整理していた時でした。偶然にも捨てられることなく残されたネガを眺めていると、その中の1本に、品川で撮ったと思われるロクイチ&シナ座の映像が映っていたのです。周りが真っ暗であるところを見ると、きっと三脚を立て、バルブで撮ったに違いありません。そして、そのフィルムの一番前に刻み込まれていたのが、この写真だったのです。
「そうだ! これは、レリーズでシャッターが降りるかどうか試しに撮った写真に違いない・・・」
きっとその日も、出撃前のひと時を、いつも通りに田端操でノンビリしていたのでしょう。日ごろ、バルブ撮影などをすることはほとんどありませんので、念のためにレリーズの調子を試したくなったのかも知れません。そうでなければ、少なくとも当時は珍しくも何ともない並びの、おまけにパンタ下げ同士のカマにカメラを向けることなどあり得なかったのです。あくまでも、「たまたまそこに並んでいた」・・・という、それだけのことでした。
 時は流れ、あれほど常磐路を闊歩したEF80は現役を退き、新時代の到来を象徴するピカピカのロコだったEF64-1000にも、秋風が吹き始めています。互いに全く異なる場所を生き場所とし、全く異なる雰囲気と、全く異なるスタイルを持った2つのカマが、こうして互いに並ぶ姿も、今思えば実に貴重なものであったのかも知れません。試し撮りの対象に・・・など、今であればとても考えられないことでしょう。

「幸せとは、過ぎ去って初めて、気づくものである」・・・とは、実に言い得て妙な言葉です。あの時、そんなに凄いカマたちが目の前に並びながら、誰一人として、カメラを向けようとはしなかった・・・。誰一人として、凄い幸せの中にいるとは思わず、パンを食べたり、お喋りに興じてしまっていたのです。「幸せ」とは、やはり時が流れないと気づかないものなのかも知れません。


 


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