これぞ「大宮魂」
〜 常磐線のEF81 〜
(常磐線 松戸にて)
関東のファンにとって、電機といえば、それはすなわち「直流機」でありました。交流機などは身の回りに一輌もいませんでしたし、唯一目にすることができた常磐口のEF80.EF81といった交直流機も、ブドウ色あり、流線型ありの直流機グループに比べれば、余りにも無個性でありました。旧型電機が続々と淘汰される中で、対象をこうしたカマに変えるファンも中にはいましたが、それでも、せいぜいEF80の、最後まで残ったスカート装着29号機とか、変形窓の37号機とかがやっと・・・。個性のなさではEF65PFと張り合うほどのEF81を追い回すファンなど、まず考えられないことでした。
1985年に賑々しく開催された科学万博「つくば'85」・・・。広大な筑波山の麓には、近未来を予感させるパビリオンが立ち並び、連日、多くの見学客で賑わいます。こうした人々の輸送に対応するため、電車のみならず、12系や14系などの波動用客車を用いた臨時列車が、連日運転されました。ファンにとって、これ以上嬉しいことはありません。そして、その最たるものが、天皇陛下がお運びになるための御召列車だったのです。
ファンにとって「御召」といえば、ロクイチでありました。首都圏に住むファンの特権でありましょうか、国体だ、植樹祭だ、御静養だ・・・と、年に何回かは目にすることができました。でも、やっぱり「御召」は「御召」でありました。「カッコいい」とか「凄い」とか、そんな無粋な言葉では、もったいなくて表現できようはずがありません。神々しいものであり、鉄道マンの「心意気の結晶」であり、そして「走る宝石」でありました。走り去った後に、独特の「余韻」と、感謝の気持ちさえも感じさせるものがあったのです。そんな素晴らしい列車の先頭に、あの無個性なパーイチが立つなんて・・・。ファンの心境は複雑でした。筑波に行くには、あまりに短すぎる直流区間・・・。ロクイチを走らせるためには、どこかでカマ替えをせねばなりません。ブルトレはおろか、貨物でさえカマ替えなどしない常磐区間で、ロクイチを本務機に使うのは余りにも不合理でありました。おまけに、往路区間の線路構造上、今回ばかりは原宿宮廷駅からの出発ができず、異例ともいうべき上野からの発車・・・。これでは、ロクイチの走れる距離はさらに短くなってしまいますし、やっぱり現実的に考えれば、最初からパーイチしかなかったのです。
「パーイチかぁ、せっかくのお召が台無しだよなぁ・・・」
「81号機が大宮に入ったって。まさかブドウ色になるわけもネェよ・・・」
ファンは、口々にこの現実を嘆きました。
ところが、大宮から帰って来るというスジを見ていたファンは、思わず息を飲みました。確かに、色は変わっていません。でも、これ以上にないほど、いや、新製機でもここまでこないだろうというほど、綺麗な輝きを放ち、車輪だけでなく、すべてのパーツがキッチリ磨き上げられていたのです。そして、栄光のロイヤルエンジンの「証」として、サイドには眩いばかりのシルバー・ラインが施されておりました。
「す、すげぇ・・・」
自分のため以外には、一銭のお金すら払いたくないというセコい人間が増えた世知辛い世の中、こうした列車が走るたびに、やれ無駄だ、やれ無意味だ・・・と、必ずそういう声が挙がるものです。そういう人間からすれば、こういう化粧直しなど、無駄の最たるものなのでありましょう。でも、大宮工場の職員は、鉄道マンとしての、そして自分たちのプライドとして、最高の仕事をしてくれたのです。カマを磨くとはどういうことか? 丁寧な仕事をするとはどういうことか? プライドを持って仕事をするとはどういうことか? そして、単なる食い扶持稼ぎのためだけではなく、多くの人を感動させる「芸術」としての仕事とは、どういうことか・・・ということを。決して無駄ではない「感動」、そして、それをキッチリと仕上げた「男の大宮魂」が、そこにはありました。そう! この輝きは「塗料の輝き」ではなく「魂の輝き」だったのです。これを「無駄」だと吐き捨てる人間には、決して見ることのできない「男のプライドの輝き」だったのです。
かくして運転当日、1号編成の先頭には、ロクイチに勝るとも劣らない風格と威厳を持った「パーイチパーイチ」の姿がありました。「無個性」という言葉など、遠い彼方に逃げ出すほどのオーラを放ちつつ、こればかりはいつも通りの、少々甲高いモーター音を響かせながら、軽やかに通過して行きます。1号御料車では、これまたいつも通り、我々に手を振って下さる陛下のお姿があり、1号編成独特の6軸ボギー音を残しつつ、列車は走り去って行きました。
「綺麗だった・・・な」
「パーイチも、悪くないモンだ。やっぱすげぇよ、大宮工は・・・」
ファンたちは、それこそ愛娘を嫁に出すオヤジのような目で、立派になったその後ろ姿を、いつまでも、いつまでも見つめていました。
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