「万能」の哀しみ
〜 東海道本線のEF65PF 〜
(東海道本線 浜松町-田町にて)
自分の能力に限界を感じた時、半ば言い訳混じりで使う格言に「天は二物を与えず」というものがあります。本来の意味で考えれば「天は、それぞれに役割を持ってこの世に送り出している。だから、自分を全智全能と思わず、謙虚に生きよ」という意味でしょうから、これを逆手にとって責任回避をするのは、少々卑怯な気もしますが、自分ができないことを正当化するのには、確かに恰好な意味合いにも取れるものですからねぇ・・・(苦笑)。
一方、世の中とは狭いようで広いもので、そんな言葉を使って逃げ回らなくともよいくらいの、抜群な才能を持った人がいるものです。学級委員長でテストはいつも100点満点、おまけに毎年必ずリレーの選手に選ばれ、バレンタイン・デーにはチョコの山・・・みたいな、そんな人でしょうか? こういう人間に限って、これまた性格も温厚なモンですから、とりあえずみんなは仲良く付き合うものですが、みんなが、心のどこかで、彼に対するジェラシーの炎を燃やしている・・・とまぁ、こんな感じなのでありまして(苦笑)。
昭和50年代における国鉄機関車の世界で、そんな「三拍子揃った」名機中の名機といえば、やはりEF65PFでありました。ブルートレインの先頭に立つも良し、長大な貨物列車を牽かせるもまた良し・・・。取り回しがよくて故障知らずで、軸重もメチャクチャ重いワケじゃない・・・。ですから、よほどの亜幹線や側線でもない限り、短距離から長距離まで、それこそ直流の架線が引かれているところなら、どこへでも出掛けて行きました。EF65の1グループでありながら、100輌以上新製されているわけですから、並の形式よりは大きな所帯なのです。北は東北口の黒磯から、南は関門口の下関まで、それこそ、いつでもどこでも、あらゆる列車の先頭で、このカマの姿を見ることができました。
ところが、先ほどの例ではありませんが、才能があり過ぎるのも考えものでして、こうまであちこちで活躍されると、ファンの目も心なしか冷淡になるものです。ひと昔前の「デデゴイチ現象」と同じく、あちこちで旧型機を淘汰し、機関区に陣取るPFの姿に、反感さえ覚えるファンもありました。カメラを構えて待っていた列車の先頭にPFの姿を認めると、露骨にイヤな顔をしてカメラを下ろす人も多くありました。
「チェッ、PFかよ。今日はついてねぇなぁ・・・」
「待ってて損した。今日はもう、帰ろうぜ!」
そんなファンの溜息の横を、申し訳なさそうに通り抜けて行くのが、当時のEF65PFに課せられていた役割だったのかも知れません。時代は流れ、最近では、このEF65PFに対しても、少しずつ、廃車の波が押し寄せていると聞きます。あれほどの勢いで鉄路を席巻したカマも、流れ行く時間にだけは、逆らうことができなかったのでしょう。
毎週土曜日、14:00ちょうどに東京を出る、伊東行きの「サロンエキスプレス踊り子」号は、臨時列車にしては運転日も多く、おまけに当時、東京区のEF58が頻繁に充当されたスジでありました。運がよければ、ロクイチがサロンの前に立って、オシャレな看板を掲げながらファンの前を颯爽と駆け抜けてくれました。品川から東京までの引き上げには間に合いませんが、14:00という時間は、学校が終わってからダッシュで駆けつければ、ギリギリ間に合う時間だったのです。ファンも、すっかり活躍の場が狭まってきていた東機ゴハチに会いたくて、土曜の昼下がり、三々五々、集まってきます。
今日も、定番ポイントとでもいうべき田町のホーム北端には、カメラを構えて東機ゴハチを待つファンが数人おりました。
「今日は、ロクイチ入ってるかなぁ?」
「いや、さっき見たけど、中にいたよ」
「12か14の爺さんコンビだといいなぁ・・・」
「俺、あとロッパだけ撮れれば、全制覇なんだけど・・・」
「ゲニヨンかパッパならベストだなぁ」
「パッパは昨日の創臨で出払ってるよ」
「それにしても今日は人出が少ねぇなぁ・・・イヤな予感するよ」
などと、たわいもない話をしながら、通過時刻を待ちます。
やがて、遠くのカーブから列車の影が見えた時、そこにいたファンは皆、凍りつきました。
「ゲ、今日はPFじゃんかぁ・・・。クソッたれが・・・」
「来てる鉄ちゃん、少ねぇはずだよ・・・」
一斉に落ちるテンション・・・。そして、近づいてくる無機質な音と、恨めしそうな視線・・・。
大都会の晴れ渡った空の下を、天から二物を与えられた「超万能」機関車は、軽やかに、でも、心なしか寂しげに通過して行きました。同じスジで、看板も客車も同じ・・・。違うのは、カマの姿だけでありました。むしろ、性能はこちらの方が数段上でありました。なのに・・・。
鉄ちゃんたちは、カメラをしまうと、口々に不満をこぼしながら、米原ゴハチが担当する荷36レを撮るべく、次のポイントへと散って行きます。燦々と明るい陽射しがふりそそぐ昼下がりの田町駅ホームには、気だるい空気だけが残っていました。
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