気品と風格の差
〜 東海道本線のEF58 〜



(東海道本線 東京にて)


 新生日本の創造に意気上がる戦後の復興期、東海道本線の王者として君臨し、数ある名門特急の先頭に立って疾走した名機EF58 。時代は流れ、次々と登場する新型電機に王座を譲った彼らは、晩年を荷物列車や団体列車の牽引という地味な仕事で過ごしましたが、それでも最後の最後まで、その気品を汚すことなく輝き続けました。第一線を退き、ごく一部のカマだけがイベント用などとして余生を送っている今もなお、多くのファンの心をとらえて離しません。
 そんな晩年のEF58にとって、東京圏での南の玄関口は汐留駅であり品川駅でした。いつしか、名実ともに東京の表玄関である東京駅では、滅多にその姿が見られなくなり、そして忘れ去られて行きました。その少々くたびれた車体は、閑散とした臨時ホームや、フォークリフトが忙しく走り回る荷物ホームの風景の中にすっかり溶け込んでしまっていたのです。
 そのころ、夕方から夜更け、そして早朝から昼前までと、東京駅に1日2回やってくる「夜行列車発着タイム」には、いつもEF65PFの、少々渇いた汽笛が聞こえていました。ブルートレイン・ブームで、ホームには連日多くの子どもたちが詰めかけ、そして機関車の前に群がっていましたが、そんな子どもたちよりも少しだけ昔から機関車に狂っていた、少しだけ背の高いファンは、その「ヘッドマークをつけたかっこいい機関車」に心を奪われる子どもたちと、同じ感動を共有することはできませんでした。「もっともっとカッコよくて、もっともっと気品のある機関車が、もっともっと人間らしい息づかいをしながら走っているんだよ」・・・と、どこか吹っ切れない想いで、その味気ない機関車を眺めておりました。
 もちろん、子どもたちにとって「かっこいい機関車の写真を撮る駅」といえば東京駅・・・。汐留や品川を知らない子どもたちに、EF58の存在や美しさを伝えるのは、大変難しいことでした。いや、会えたとしても、ヘッドマークが付いていなければ、目を向けることもしなかったことでしょう。
「結局、看板付いてりゃ、なんでもいいのさ。SG拭こうと、旧客牽こうと、関係ないのさ・・・」
子どもたちの姿を見ながら、ある中年ファンがつぶやきます。事実、そうだったでしょうし、それだからこそ「ブーム」だったのかも知れません。いつしか、背の高いファンたちの足は、東京駅から遠のくようになりました。

 その日は、朝から雨が降っていました。高層ビル群が雨露に霞むような、そんな夕方にも、ホームには次々とブルートレインが入線し、多くの少年たちのフラッシュを浴びながら、多くの「旅人」を乗せて大都会を後にしていきます。出会いと別れ、そして憧れと誇り・・・。どこのホームとも違う、独特の「空気」が流れます。いつもと変わらない、でも決して日常ではない時間が、今日もゆっくりと流れて行くのです。
 ただ、その日の東京駅は、いつもと少しだけ違いました。12番線ホームの先端には、すこし背の高いファンたちが、カメラを持って立っていたのです。目の前の10番線ホームには、熊本行きの「みずほ」が長い編成を横たえていましたが、カメラを構えるそぶりすら見せません。彼らの視線は、ただただ、11番線の先ばかりを見据えておりました。
「ヌマ座もう帰っちゃったの?」
「今、神田に引き上げられてるよ。11番しかあいてる道がないから、もう来るだろうよ」
「カマはゴハチでしょ?」
「さっき来たばっかだからカマ番見てないけど、浜ガマだよ」
 そんな、少年ファンにとっては少々難解な会話が交わされる中、神田方から独特の低い汽笛が聞こえ、そして、明るく輝く大きな1つ目玉が見えてきました。
「ヨシ来た! PFと並びになるねぇ」
 次々とシャッターが切られる中、ゴハチがお座敷列車を従えて「みずほ」の横を通り抜けて行きます。機関車も、そして客車も、隣の「特急」よりも遥かに年老いた、そしてくたびれたものでした。EF65PFの前に集まっていた子どもたちが、すっかり慌てながら、ワケもわからずフラッシュを焚いて行きます。古い機関車と客車は、ゆっくりと、都会の闇の中へと消えて行きました。
 東京駅には、またいつもの時間が戻ってきます。子どもたちも、何事もなかったかのように、再びヘッドマークをつけた機関車を撮り始めています。少し背の高いファンたちは、そんな風景を眺めながら「元」王者の優雅な余韻に浸っておりました。
「カッコよかったなぁ・・・」
「気品があったよね・・・」
「このPFも、思い出になる日が来るんだろうかねぇ・・・。懐かしいなんて思う日が来るんだろうかねぇ」
 少々長い発車ベルが鳴り響いた後、少々渇いた汽笛を残して、目の前のEF65PFもゆっくりと、都会の闇の中へと消えて行きました。ホームには、満足感いっぱいであろう子どもたちの姿が、まだちらほらと残っていました。

 


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