老雄のたたずむ昼下がり
〜 上越線のEF16 〜



(上越線 水上機関区にて)


 昭和文壇の巨匠、川端康成をして、その世界に感嘆させられた三国峠の風景・・・。「トンネルを越えたら、そこは雪國だった」という珠玉の名文が生み出された、まさにその場所を、老雄は最後の働き場所にしていました。
 切り立った山々が間近に迫る水上の駅に、老雄たちの根城はありました。徐々にキツつくなり始めた勾配を、フーフー言いながら登ってきた機関車たちがこの駅に着くと、老雄は、まるで当たり前のように手を繋ぎ、少しガラガラしたモーター音を唸らせながら、野太い汽笛を残して、山越えへの道へと消えて行きます。時には夜行列車の先頭に立ち、時には長大な貨物列車を手助けして、ジリジリと陽光が照りつける暑い夏も、強烈な吹雪が襲いかかる寒い冬も、彼らは山道へと走って行きました。
 駅から出た踏切で聞こえる、彼らのジョイント音は、まさに「圧巻」でありました。貨物列車であれば、たいてい本務機は高崎二区あたりのEF15たちでありましたから、軸数はEF16と全く同じ2CC2・・・。おまけに、それに繋がる貨車たちも、2軸のトラから6軸ボギーまで、多彩な顔ぶれが続いて行きます。「タタ、タタタ、タタタ、タタ」という独特の音が2回続いた後、カモレ独特の不規則な軸音が、警報機の無気質な音に共鳴して行きます。そして、最後の「タンタンッ」っという車掌車の音が目の前を通り抜けると、あとは赤い2つの後尾灯が、どんどん小さくなって、トンネルに消えて行くのでした。こんな独特な余韻が、彼らが去った後には残っていたのです。
 時代の波は、そんな山奥の街にも、そして峠越えの道にも容赦なく襲いかかりました。補機を必要としない大出力を持った最新鋭機関車の登場は、多くのファンを喜ばせた反面、老雄の最期を、これまた多くのファンが惜しみました。駅で、トンネルの出口で、そして、雄大な山々をバックにした線路際で、老雄は多くのファンのカメラに収められました。特に、雪の降りしきる夜の水上駅で、夜行を牽いたゴハチと手を携え、煌々とライトを灯しながら出発を待つ「名シーン」は、多くの誌面を飾り、ファンの目に触れて来たはずです。事実、そこに写るのは、あちこちの峠にチャレンジし、そして征し続けてきた、壮大で勇猛な老雄そのままの姿でありましたから、ファンも魅力を感じないわけには行かなかったのです。
 ある昼下がり、そんな老雄たちの猛々しい男らしさをカメラに収めた後、帰りの電車が来るまでのちょっとした時間を見て、老雄の「根城」に足を運んでみました。そこには、心の温かい職員のみなさんにケアされながら、長い風雪を耐え抜いた傷だらけの車体を休める老雄の姿がありました。ひとたび本線上に躍り出れば、あれほど雄々しく、そして力強く驀進するカマたちが、まるですべての喧噪から解放されたかのように、静かに、そしてひっそりとたたずんでいます。パンタを下ろし、時の流れに我が身を任せつつ静寂を楽しんでいるかのようなその姿は、本線上にいる時とはまるで違った「重み」と「凄さ」がありました。
 ある昼下がり、そんな老雄たちの猛々しい男らしさをカメラに収めた後、帰りの電車が来るまでのちょっとした時間を見て、老雄の「根城」に足を運んでみました。そこには、心の温かい職員のみなさんにケアされながら、長い風雪を耐え抜いたボコボコの車体を休める老雄の姿がありました。ひとたび本線上に躍り出れば、あれほど雄々しく、そして力強く驀進するカマたちが、まるですべての喧噪から解放されたかのように、静かに、そしてひっそりとたたずんでいます。パンタを下ろし、時の流れに我が身を任せつつ静寂を楽しんでいるかのようなその姿は、本線じょうにいる時とはまるで違った「重み」と「凄さ」がありました。

「よぉ〜、このカマ、砂箱大丈夫かよぉ〜。一昨日、砂出なくて参ったでよぉ」
「まぁた詰まったかよぉ〜。こないだ直したばっかだけどよぉ。またダメだったら、仕業明けにもう1回見るでぇ、声掛けてくれや・・・」

 油まみれの服を着た職員と一緒に出て来た機関士がそんな話をしながら、ひときわ重装備の12号機に乗り込み、職員とかけ声を掛けながらパンタを上げます。少々バラついたコンプレッサーの音が回りに響きわたると、老雄の体躯のあちこちから「パワー」がジワジワと滲み出てきます。この場所で、何百回、何千回と繰り返された「命の灯る瞬間」なのでした。
 駅へ戻り、電車のボックスシートに身を沈めていたら、隣のホームに長い貨車を率いたEF15が滑り込んできました。あきらめきれずにホームに飛び出て、雪まみれの機関車を眺めます。
「いよいよこれから山越えだな・・・」
 上り電車が間もなく発車しようかという時、短い汽笛が何度か聞こえると、彼ら独特の1つ目玉に煌々と光を湛えた12号機の姿が、はるか遠くから近づいてきました。発車ベルにせき立てられ、渋々と車内に戻り、窓を開けて補機の連結風景を眺めます。
 ベルが鳴りやみ、電車が静かに動き出した時、大きな音とともに、隣の貨車たちが揺れました。老雄が老雄を支えながらの山登りがスタンバイしたのでしょう。山あいの小さな町にある駅では、毎日、当たり前のように繰り返された光景なのでありました。

 


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