クーナック

漆黒の鎧をまとった最強の「騎士」は
熱意あふれるキーパーの前に、やっと自らの心を開いてくれた!



(撮影:JCC本谷さん)

データファイル:「クーナック」
種 別
データ
  項  目  
        概    容        
英 名
クーナック
学 名
Cherax plebejus
Cherax glaber
Cherax preisii

種数については諸説あり、複数種が日本に来ている可能性があります
成体の
平均的体長

20〜25センチ程度
性成熟期間
(繁殖が可能になるまでの期間)
12〜24ヶ月(2+程度から)
成体の
平均的体色

黒色〜黒褐色
濃青色・青色・青褐色

自然棲息地
オーストラリア南西岸地域
西オーストラリア州南沿岸部内陸寄り
人為移入地
ありません
購入時
データ
インボイス・ネーム
(商品名)

ニュージェットブラック・ニュースターブラック、
クーナック、ブラックヤビーなど

販売個体の状況
東南アジア(ブリード)系
ヨーロッパ(乗り換え)系個体中心
成体主流(平成13年ごろより、若ザリの流通も徐々に増加)

輸入・流通量
不定期流通
流通量-中・流通頻度-時期的なムラあり

販売個体の状態
コンディション-まちまち
弱化個体-少

飼 育
設 備
データ
用意すべき水槽
(成体を単独飼育する場合)
60×45×45以上
温度調節装置
(関東地区を基準)
ヒーター - 必要なし
クーラー - 用意した方がよい

(セットしないことを推奨するものでありません)
送気・濾過装置
送気装置 - 複数種セットが必須
濾過装置 - 複数種セットが望ましい






いわゆる「エレクトリック・ブルーロブスター旋風」がひと息ついてきた平成6(1994)年から平成7(1995)年の始めごろに「ニュースターブラック・ロブスター」という名称で、突然、黒いザリガニが入ってきました。インボイスは、数回の輸入後「ニュージェット・ブラック」へと変わり、約1年半の間にわたってヨーロッパ便のみで断続的に輸入されましたが、輸入段階での個体価格(元値)が非常に高かったことや、販売前でのロスが大きかったこと、そして何より、長期飼育が全くできなかったことなどにより人気が上がらず、徐々に輸入量が減り、数年間、輸入がストップしたままの状態が続きました。
それ以降、ごくたまにポツリ、ポツリと入ってくる以外、しばらく動きのなかった本種が再び脚光を浴びるようになったのは、平成13年初頭ころ、東南アジア便での繁殖個体が出回るようになってからです。初輸入時のような「フル・アダルト(完全成体)のみ」の輸入と異なり、この写真のように、全長10センチ程度のミドルアダルト・サイズの元気な個体も続々と輸入され、同時に、個体価格もかなり下がってきました。平成14年夏には、プロのブリーダーによる国内における水槽飼育下での完全繁殖個体の出荷がスタートし、現在では、国内ブリードによるベビー個体も一部で扱われるようになってきています。
本種は、西オーストラリア南部に棲息している中型種で、全長20センチ程度とされていますが、過去の輸入実績から考える限り、フルサイズは24〜5センチ程度まで至る可能性が充分にあるだろうと思われます(初輸入時の個体計測記録では、23センチの個体を確認しています)。体型はヤビーによく似ていますが、サイズ的はヤビーよりも一回り大きくなり、レッドクロウに準ずる大きさまで育つと考えてよいでしょう。もっとも、成長スピードはレッドクロウになどと比べた場合、12〜3センチを越えて以降、かなり遅めとなるようなので、20センチオーバーまで育て上げるには、少なくとも3〜4年は掛かると考えていいと思います。小さいころはそれほどでもありませんが、ヤビーやレッドクロウなどと同様、成長するとハサミが肥大化し、オス・メスとも大きさ、太さともにかなり大きくなります。欠損のない完全成体になると、ハサミの大きさによって姿勢が反り返り気味に見える「のけぞり個体」も出てくるようになり、キーパーにとってはこれも大きな魅力であるといえましょう。
本種の魅力は、何といってもその「黒い色」ですが、他種同様、本種にもいくつかのカラー・バリエーションがあり、最も多い黒色以外では、黒褐色・濃青色・青色・青褐色などが知られています。個体によっては、稀に黒と濃青色とで縞模様、斑模様を発現させるものがおり、ショップでも「タイガー」「スポット」などと称されて異常な高値がつく場合もありますが、基本的には普通のカラーバリエーションの1つであると考えておけばよいでしょう。将来的に国内ブリードが一般化し、多くの個体が出回るようになれば、こうした個体もかなり普通に発現するものと思われます。
また、成熟していない段階の個体では、比較的褐色が強く出ている個体も少なからず存在しています。これについては、成長に従って黒色が強くなることが多いようですが、中にはそのまま褐色を残した体色で大きくなる個体もいますので、体色を気にするキーパーのみなさんは、このことを念頭に置いておくとよいでしょう。なお、本種の場合、一部のベテラン・キーパーさんから「コンディションが落ちてくると、体色が褪せたり変化したりする」という報告が出てきています。科学的な裏付けはありませんが、念のために注意しておくとよいでしょう。
本種は、学術的にCherax plebejus種、Cherax glaber種の2種を指すのが一般的ですが、文献によってはCherax preisii種を指している場合もありますので、今回は3種を併記することとしました。輸入段階でもたらされる付帯情報や、それに伴う文献での情報などから総合的に類推すると、現在、日本で最も多く出回っている個体は、最も広い棲息域を持ち、しかも現地の養殖施設とエリア的に重複するCherax plebejus種である可能性が大きいとも考えられますが、昨今では輸入ルートも多岐にわたっているので、一概に断定できない部分はあるといえます。





「流通時期や流通個体量にムラが多く、価格変動も大きい」と評されることの多い本種ですが、それでも輸入開始当初に比べれば目にする機会は増えていますし、よりコンスタントな流通状態になってきていると思います。それだけ、状態も安定してきていることは間違いありませんし、輸入ルートが大きく変わって以降、入手時のコンディションは格段に向上しました。全体的に見ればまだまだ充分とは言い切れませんが、ザリガニ類に対して造詣の深い一部のショップでは、本種の特性を熟知した上で、かなり気をつかったストックをして下さっており、こうしたショップ関係者の努力もあって、とても元気な個体を入手することも不可能ではありません。しかし、本種の場合、コンディションが悪化した場合の立て直しは非常に難しく、また、そのスピードも速いので「異常に気づいた時には手の施しようがないほど重篤な状態だった」というケースも少なくありません。そういう意味で、しっかりした知識やストック技術を持ったショップを選び、しかも、できるだけ早めに自水槽へ導入することは「鉄則」と言い切ってもよいくらい大切なポイントであるといえましょう。特に本種を購入する場合、それが実績のあるショップであれば、少々の値段の高さは「安心料」と考えるくらいの割り切りが必要です。
飼育自体は、本種の棲息地環境から類推しても、一度馴らしてしまえば決して難しいものではないはずですし、実際、長期飼育や繁殖に成功しているキーパー諸氏の多くは、かなり簡素なシステムで飼育しているものです。ただ、突然死や導入1カ月以内の衰弱死事例は未だに多く聞かれますから、やはり、他種と比べるとセンシティブな部分はあるわけで、それだけ注意が必要だといえましょう。許容範囲を越える水質悪化や有害物質の混入はもちろんですが、仮に許容範囲内であっても、急激な水温・水質変化などには注意したいところです。
さて、本種の長期飼育及び繁殖に成功しているキーパー諸氏の場合、海水混和やミネラル系添加剤の利用で大きな成果を収めているケースは少なくなく、中には「汽水環境で飼育することこそが長期飼育の秘訣」と断言する方もいるほどです。実際、本種の棲息するオーストラリア西南部は、場所によってかなり硬度が高く、地中塩分の溶出によって淡水域でありながら相応の塩分が含まれる水系が存在していますから、これは決して間違いではありませんし、海水や添加剤に含まれている何らかの成分が本種にとって非常に有益に作用していると考えてよいでしょう。しかし、一部メーカーの特定製品の中には「全く効果が出ない」あるいは「かえって状態が悪化した」という報告が相次いでいる製品があるのも事実です。もし、こうした添加剤などを使うのであれば、ザリガニに対する販売実績があり、信頼できるショップなどで相談し、実際に投入による効果が出ている製品を利用するようにしましょう。
本種の棲息域はマロンの棲息域に近いので、本来であれば比較的冷涼で清澄な水域であるはずですし、水温も低めに抑えた方が安全なはずです。もちろん、マロンと同じく18〜25度程度の範囲内で維持できればベストでしょうが、不思議なことに適正温度レンジを越えることによるダメージは、マロンほど派手に出ないことが多く、本種の斃死事例として「水温」を挙げる人は意外と少ないのが実情です。これこそが、マロンよりも過酷な環境で棲息している本種の強靭さを証明する何より大きなポイントでしょうが、水質さえ適切であれば、水温の方は、それほど神経質にならなくてもよいのではないでしょうか? マロンの推奨値である18〜25度程度を1つの努力目標に、上下3〜5度くらいまでの誤差を許容範囲に置きつつ、急激な上下を避けるようにする・・・という感じでいいと思います。できればクーラーは装備したいところですが、経験に基づいた適切かつ充分な管理をしてやることで、クーラーなしの長期飼育に成功しているキーパーも少なくありません。
本種の棲息状況から考えると、酸素濃度に関してはかなり厳しい状況でも対応できるはずなのですが、実際の飼育事例を総合すると、不思議なことに「溶存酸素量低下に対する反応はかなり早い」または「送気不足だとたちまち状態が悪化する」という説を唱えるキーパーが多いという事実にぶつかります。耐性とか適応力とかに関係なく、酸素量は少ないよりも多い方が好ましいわけですから、しっかりした送気システムを用意しておいてマイナスはありません。
養殖種ではないため、具体的な適正pH数値は示されていませんが、実際に本種の長期飼育を実現し、何度も繁殖を手掛けられているベテランのキーパーさんによれば、pHはおおむね7.5〜8.5であろうとのことでした。ただ、これはあくまでもその水槽におけるデータであり、その方の調査によって、日本へ個体を供給している生産施設における水質も、かなりまちまちであることは確認されています。汽水に近いところから、少なくとも南米系のワイルド・シクリッド類が無理なく生き延びられる水のところまで、かなり広い範囲で本種の長期ストックと繁殖に成功しており、必ずしも「水の硬さ」が必要絶対条件とまでは断言できないのも事実でしょう。もちろん、日本国内での飼育事例を総合する限り、硬めの水で飼育した方が圧倒的によい結果が出ていますので、本種が生存するために必要不可欠な「何らかの成分」が明らかになるまでの間は、それが含まれているであろう「硬めの水」で飼育する方が無難です。
現地では、乾季(渇水期)にあたる夏期、かなり深い巣穴を掘って生活しているため、水槽飼育下ではストレスが起きやすい・・・という考え方があり、実際、環境の急変によって自切を起こして死んでしまう事例もなくはありません。しかし、水槽内のレイアウトを工夫し、光を避けて落ち着ける場所を用意することで、長期飼育を実現させている事例も数多く報告されていますから、「落ち着けて、かつ水に澱みがない」という2つの要素をともに満たせるよう、各々のキーパーが知恵を絞って、より良い環境を準備したいところです。
餌に関しては、他種と比べると多少偏食傾向を見せる個体が多いようで「喰いが細い」「すぐ飽きてしまう」「配合飼料を全然食べてくれない」という声はよく出てきます。その反面、全く選り好みせず「ヤビーやアメザリと同じローテーションで回している」とおっしゃるキーパーさんもおりますので、必ずしも、本種の特徴として「この餌しか食べない」というパターンではないはずです。すべての事例に当てはまるわけではありませんが、偏食や拒食の多くは、飼育する側の投餌体制に問題があるものなので、必要に応じて餌抜きを掛けたり、上手にコントロールしながら様々な餌に馴らしたりといった工夫はしておくべきでしょう。実際、養殖文献などでは、餌質によって個体の成長や生残率に重大な影響が出ることを示しているものもあるので、気をつけたいところではあります。
水質の変化を少しでも穏やかにするよう、水槽はできるだけ45〜60センチのものを用意しましょう。水槽内に特徴を持ったスペースを複数設けるのであれば、長期飼育を目指す場合、単独飼育でも60×45×45水槽を最低ラインとして考えておいた方がよいと思います。繁殖を視野に入れた飼育をする場合、75〜90センチ以上の水槽を用いる方がよいでしょう。
繁殖は、渇水期に巣穴の中で交尾・産卵し、降雨量の増加する秋から春にかけて孵化・育成が行われるのが普通で、基本的に年1回となりますが、実際の国内水槽飼育事例においては、いずれも春から秋にかけてデータが挙がっています。季節は逆ですが、北半球と南半球とは季節が反対になること考えれば、時期的には合っていることになります。今後、国内繁殖事例が増えて行くことで、徐々に秋繁殖へと移行して行くと考えてよいでしょう。データを総合すると、抱卵期間は約1カ月程度であると思われますが、マロン同様、稚ザリの残存率向上だけでなく、水温・水質の調整や繁殖への持ち込み方、神経質になるメスへの対応方法など、まだまだ工夫を重ねなければならない要素も多く、今後の展開が注目されるところです。養殖種ではないため、詳しい文献が少ない上に、国内での累代繁殖事例が少ないため、確定的なデータはありませんが、生後1年間の成長スピードは、ヤビーとほぼ同じ速さであるようなので、状況によっては1+程度で性成熟するかも知れません。しかし、前項でも触れました通り、ある程度大きくなってからの成長スピードはかなり緩やかになるようですので、確実に繁殖を目指すのであれば、2+程度の個体を選んだ方が無難でしょう。サイズ面だけではなく、ペア組みにも時間を掛けて、じっくりと馴らしてから臨んだ方が、成功率も上がるようです。